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『The Oldest Story of Today …』 - 「白(塩)」と「黒(石油)」の人類史

地球上の生命は海で生まれました。人間も含め陸上で生きる動物も体液や血液に海の記憶を残しています。そのため、私たちは塩を摂取する必要があり、かつてはその争奪が行われました。

塩の確保が国の命運を左右した


古代中国では塩の売買を政府が管理し、古代ローマ帝国の都市は製塩所の近くに築かれました。近代でも、例えば、アメリカがイギリスから独立する際、独自に塩を確保することが大きな課題になりました。さらに、インドの独立では、ガンジーの「塩の行進」がきっかけとなりました。


日本においても、赤穂浪士の話の発端である、浅野内匠頭と吉良上野介の確執は塩が原因であったという説があります。赤穂では入浜式塩田と呼ばれる新しい製塩法を開発し、品質のいい塩を売っていました。吉良が製塩法を教えてほしいと頼んだものの、秘伝だとして断られたと言われています。

赤穂では海水から塩を作っていましたが、塩は地中にも存在します。深さ数キロにおよぶ円柱状の岩塩層もところどころに存在し、岩塩ドームと呼んでいます。そして、岩塩ドームの近くには石油や天然ガスの層があることを発見、白(塩)から黒(石油)へ、争奪の対象が変わっていきました

塩で創り上げた静謐なインスタレーション


このような人類史を感じさせるインスタレーションが、2022年4月8日〜5月28日、東京のMISA SHIN GALLERYで展示されていました。崔在銀 (Jae Eun Choi)(1953〜)さんの『The Oldest Story of Today …』という作品です。

崔在銀さんは、韓国ソウル生まれ、1972年に来日し、草月流の三代目家元・勅使河原宏氏(1927〜2001)に師事し、生け花の空間概念や宇宙観を学びました。1980年代から生命や時間をテーマとした作品を創るようになりました。

今回の作品は、ギャラリーの床いっぱいを使った、地層のようなインスタレーションです。縦 5 m、横 3 m、高さ 45 cmありますが、この地層、全て塩でできていて、まさに岩塩ドーム。一回塩を水で溶かし固めていったそうです。気が遠くなりそうな作業ですが、それだけに出来上がった真っ白な地層は、わずかに射す光に反射し輝いています。

崔在銀 『The Oldest Story of Today …』

塩の層の表面、半分ぐらいに灰がかぶされていて、白と灰色の境に一体の鹿の彫刻が佇んでいます。地層の大きさに比べるととても小さな存在、この鹿は人間を表しています。前脚の片方でけ金色に塗られている。資本主義を象徴しているそうです。

私たちは、ウクライナの美しい街が次々に瓦礫と化していく様子を毎日のように目にしています。とても美しく静謐な作品ですが、人間が歩くことで白い大地が灰になってしまうことを警告しているのです。

崔在銀 『The Oldest Story of Today …』

灰がまかれた部分には、小さな塊も無数に散りばめられています。崔さんが集めた小石などですが、その中に色のついたものもありました。これらはガラスの破片なのか、それともプラスチックでしょうか。

崔在銀 『The Oldest Story of Today …』


マイクロプラスチックは生物の姿を思い起こす


先日、写真家の岡田将さん(1984〜)から『The Microplastic Book』という作品集を送っていただきました。岡田さんは、微小な鉱物など肉眼ではよく見えないものを顕微鏡写真にすることで、新たな意味を創り出そうとしています。

作品集は、タイトルにあるように、砂浜で採集した直径 1 mm程度のマイクロプラスチックを顕微鏡で撮影した写真が集められています。ピントを少しずつ変えながら撮影し、数百枚のデータを合成して一枚の画像にする深度合成という手法を使っています。もともと石油を原料とする工業製品だったものですが、微小に砕けた姿は、なんとも不思議なことに鉱物のようにみえるものに加え、生物に見えるものもかなりあります。魚そっくりの形のものもありました。
マイクロプラスチック自身が、増殖しようという意志を持っているかのようです。

岡田将『MICROPLASTICS』


『The Oldest Story of Today …』


『MICROPLASTICS』を撮影した岡田さんは、鉱物や生物に見えることに驚き、次のように語っています。

生物にも鉱物にも見えるその姿は、太古の生物の名残を感じさせると同時に、地層に堆積していくマイクロプラスチックの数千年・数万年後の姿を想像させる。地熱で液体化していくのか、圧縮され新しい化石として生まれるのか、それとも変わらぬ形のままなのか
いずれにせよ、人類が去ったあともマイクロプラスチックは地球に存在し続けるだろう。

岡田将『THE MICROPLASTIC BOOK』

マイクロプラスチックの作品は、生物が堆積して石油となった太古の昔から、数万年後の未来まで、果てしない地球の時間の流れを感じ取り、小さな人間が何をすべきかを問いかけています。
これは、崔さんの作品コンセプトとも通じるものがあります。

『The Oldest Story of Today …』について、キュレーターのユウ・ジンサン氏は以下のように語っています。

崔の作品に共通しているのは世界中のすべての存在が共有している、大気のような時間である。人間は世代という名で時間の一定の時点を共有する。たったひとつの世代だけがその地点にいる人のものであり、人は与えられた世代の中で過去を反芻し未来に向かった自分の存在を投影する。

The Oldest Story of Today … は崔在銀の世界観を圧縮したものと言える。災難と戦争の時間を生きているわたしたちの今日を、今日以外に何と呼ぶのだろうか。今日はただ私たちに与えられたものであり、それと同時に永遠に到来するものでもある。それは塩のように生々しく、吹き散らされる灰のように何も残さない。この「今日」は皆の記憶の中に刻まれるだろう。

ユウ・ジンサン『崔在銀 The Oldest Story of Today』

悠久の時間の中でみれば、人間の行為は、全て灰となって散ってしまうかもしれない。しかし、地球を破壊しつくし、マイクロプラスチックだけが残るという結末はあまりに悲しい。
『The Oldest Story of Today …』に刻まれる記憶が、塩の輝きのように美しいものになるために、私たちの覚悟が求められています。




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