Reiko*Toyoda

小さい頃から身体と向き合うきっかけをたくさんもらって、競技者経験をしたり、色々な国で施…

Reiko*Toyoda

小さい頃から身体と向き合うきっかけをたくさんもらって、競技者経験をしたり、色々な国で施術をさせてもらったり。多くの出会いに恵まれ、シンカを重ねて今辿り着いた場所が「相互循環」という施術・世界観。痛みの改善や、もっと良くなる為じゃない、みんなの中にある本来の可能性を思い出すため。

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信頼

前回は身体と思考の間についてお話しました。 今回は「信頼」についてです。 先日、トレーナー仲間とお話をする機会をいただき「こうなったら面白そうだね〜」という話題が上がりました。 自由という不自由以前より、トレーニングという用語が一般的にも浸透してきたと同時に、トレーナーという職業を目指される方も増えてきている様に感じます。 そのトレーナー業界の現場で、今も昔もきっとある「お客さんを囲う」という文化。もしかすると、他の業界にもあるのかもしれません。 一度ご縁をいただいた

    • 身体と思考の間

      前回は届けたい人についてお話しました。 今回は「身体と思考の間」についてです。 今回は少し抽象的なお話になります。 言葉の可能性今までも何度か、言葉のもつ可能性については触れてきました。 私たちの世界はとても流動的で、ある部分では曖昧なものに感じます。 それを言語化することで、大きな流れから切り離して、枠組みをつけ、限定した意味を持たせ、いっとき他者と部分的な共有ができます。 でもその言葉の枠組みの中の風景や意味合いは、一人一人全く違うものです。 親しい人や気の合う

      • 届けたい人

        前回はそうなっているについてお話しました。 今回は「届けたい人」についてです。 ご縁のある方と共有していきたい、NBW・相互循環の世界ですが、 自分の経験から、とりわけお伝えしたいと思うジャンルの1つが、スポーツ界、アスリートの方々です。 もうこれ以上は…アスリートの世界で「追い込まれる」という状況は、珍しくありません。 「好き」から始まった世界、身体との時間だったはずが、結果が出る程、なぜか身体と心と頭が分離した世界へと進んでいく。 どう進んだらいいかわからない中で、

        • そうなっている

          前回は今、言葉にのせたいことについてお話しました。 今回は「そうなっている」についてです。 NBWでは施術の相互循環セッションをお伝えする場と、さまざまな身体の原理原則を体感できるワークショップがあります。 今回のテーマはワークショップの際に、大切だと感じる内容です。 丁寧に意識する”バスタオル“ の扱い方をテーマにしたワークがあるのですが、バスタオル1枚で、常に「自分、相手、場」へと影響が及び、変化が起こっていることを実感します。 互いの存在の大きさに気づくことができ

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        記事

          今、言葉にのせたいこと

          いや〜、この数日、書いては修正の連続でした。 ようやく、「今、言葉にのせたいこと」に辿り着きました。 でも、今回はとりとめのないお話です。 言葉は、伝えるもの?ここ数年ずっと「言葉」について探索しています。 言葉はとても不思議です。 「山」というだけで、全てがつながっている目の前の世界から、山とされるものを限定できてしまうし、山としたものの中にも、多くの違う生命が在るのに、1つの山という何かの中に入ってしまう。そして、そもそも山と聞いても、みんな思い浮かべる山が違う。

          今、言葉にのせたいこと

          「同じ」と「違う」

          前回はこれからのトレーニングついてお話しました。 今回は「同じ」と「違う」についてです。 馬が合う、そりが合わない。日本語は本当に面白いな〜と感じます。 相互循環をしていても、この「同じ」と「違う」の両方を大切にすることがポイントになります。 共通点初めて会った人でも、同じ街に住んだことがあったり、共通の友人がいると、親近感が湧いて話が弾んだり、この人なんか好きだな〜と感じやすくなったりします。 でもこの感覚に偏りすぎると、同じ感覚である事を良しとし「自分の感覚を他者を

          「同じ」と「違う」

          無自覚の我慢

          前回は今にある自由についてお話しました。 今回は無自覚の我慢についてです。 昨日、相互循環の施術をお伝えする時間がありました。その中で手技や方法ではない、大切な課題を共有することが出来たので、その1シーンから。 我慢私たちは日々「我慢」を積み重ねています。やりたくないのにやっていること、やりたいのにできていないこと。そう言われると、いくつか思い浮かぶのではないでしょうか。 でもそう言われて思い浮かぶことよりも、実は、もっと些細で数えきれない量の「無自覚の我慢」を抱えてい

          無自覚の我慢

          「今」にある自由

          前回はタオルの役割についてお話しました。 今回は「今」にある自由についてです。 自然なタイミング相互循環では、どんな方向でも、施術側が身体を変えようとはしません。 痛みを抱えて来られた方が、いつの間にか痛みがなくなっていたという事はよくありますが、痛みを取ることを目的に施術はしません。 痛みにも理由と背景があるのと同じく、痛みがなくなる事にも、必要な経過やタイミングがあり、それら全てが、自然に起こるからです。 これは施術の話だけではなく、人やコミュニティでも同じことを感

          「今」にある自由

          タオルの役割

          前回は食についてお話しました。 今回はタオルの役割についてです。 相互循環の中ではタオルに大切な役割があります。 一般的な施術やリラクゼーション時のは、上半身を横、下半身を縦に使うことが多く、身体を綺麗に覆える事を良しとするのですが、それらの扱い方とは全く異なります。 理由は、目的が違うからだと感じています。 相互循環では、元々持っているその方の能力を引き出すことを目的とします。リラクゼーションや癒しが目的の時にはその目的に沿った最適な扱いがあり、目的が変われば、扱い方や

          タオルの役割

          前回は自然な身体の働きについてお話しました。 今回は食についてです。 幼少期の私は、豆腐ご飯と卵かけご飯ばかりでした。 近所で売っていた豆腐を崩して醤油をかけてご飯にのせるのが大好きでした。 競技時代、食事を栄養素として捉え、目的に応じたものに整えていきました。 美味しい、まずいよりも、目的に向けてコントロールしていました。 どんな時も、食べることで英気を養えることも経験しました。 世間的に良いとされているものがそうでなかったり、悪いとされるもので整った経験もしまいし

          自然な身体の働き

          前回は的外れを喜ぶについてお話しました。 今回は自然な身体の働きについてです。 「もっと身体を上手に使いたい」これは競技時代もそれ以降も、当たり前だった価値観です。 もっと身体に負担のない、もっと良い動きを、もっと速く高く強く。 「もっとこうなりたい。こうしたい。」を叶えるために、解剖、栄養、メンタル、動作分析と、様々な角度から学び実践し、努力、鍛錬、練習をしました。勿論、実践するからこそ感じるものもたくさんあります。 これは身体の世界だけではなく、多くの分野に共通する

          自然な身体の働き

          的外れを喜ぶ

          前回は目標のない世界についてお話しました。 今回は的外れを喜ぶについてです。 相互循環の動きたいところから動くという関わり方には、予測や最適解がありません。 まず、今こんな状態だったの?という意外な現在地を知れます。 身体は何が欲しい?例えば、“たくさん動ける活発な自分になりたいという目標(思考)“があったとしても、いざ身体に関わってみると、意外な展開が始まったりします。例えば、繊細で穏やかな動きが出てきたりします。そんな時は、身体からすると「今は活発に動きたくない」のか

          的外れを喜ぶ

          目標のない世界

          前回は学ぶことについてお話しました。 今回は目標のない世界についてです。 相互循環には目標がない?大会、売り上げ、ダイエット。 行動を起こそうとする時って、未来にちょっとした目標を立てる事が多い気がします。それが力強く進むためには大切だと教わったり、そういった行動は、やった感が持てて一見進んでいる感覚にもなります。 相互循環の大きな特徴は、想定のできない変化や可能性との出会いです。でも、想定できる目標を設定してしまうと、その変化を見落としてしまうことがあります。 やった

          目標のない世界

          学ぶこと

          前回は相互循環セッションの可能性についてお話しました。 今回は最近の出来事から感じた、学ぶことについてです。 なんでも手に入る情報、食べ物、楽しい時間、学び。 お金と時間をつくれれば、比較的何でも手に入ります。 情報なんて、無料で手に入るものがいっぱい。 奥にあるもの人の文章、人の作品、人の料理。 そこには目的に加えて、人の人生があります。その物の奥にはたくさんの時間があります。 その人の、悲しいも嬉しいも、全部つまった、1秒たりとも止まっていない生命と大切な人たちとの

          学ぶこと

          相互循環の可能性

          前回は相互循環の可能性(前説編)についてお話しました。 今回は漸く、相互循環の可能性についてです。 この記事を書きたくて、前回、前々回の2つの記事が生まれた訳ですが、どこが繋がっているのだろう。。。そのまま書きますね。これ、私にとっては本当にすごい事なんです。 この世界観は何ですか?「あり得ない深さのリラックスだった」 とあるスポーツ選手に相互循環を行った時の感想です。 その選手はお風呂の時も、ずっとあるデジタルウォッチをしています。 その時計の機能の1つに、自律神経を

          相互循環の可能性

          相互循環の可能性(前説編)

          前回は相互循環セッションの可能性(前々説編)についてお話しました。 今回はその続き、前説です。 さて前回の最後、非日常を想定内として生き抜くタフネスさから、どんな日常でも未体験のものと捉え認識していける柔軟さに触れました。この内容に入っていきたいと思います。 情報を制する者は、どの世界を制す?まずはタフネスの分野をもう少し掘り下げてみます。 非日常を想定内にするための方法の1つが、トレーニングだと思います。 トレーニングも関わり方によってたくさんの可能性に満ちていますが

          相互循環の可能性(前説編)