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【6500字無料】鳥と飛行機——『現代思想』の『君たちはどう生きるか』特集を読む(2)

*Kindle Unlimited でもお読みいただけます!!

雑誌『現代思想』の『君たちはどう生きるか』特集について、紹介しつつ、特集についての感想&映画についての感想を喋ったダイアログです。

全6回の記事に分けてお届けします。

(今回は第2回! この記事だけでも読めます!)

第1回 自己模倣する宮崎駿
第2回 鳥と飛行機(この記事です)
第3回 『君たち』小説版とジブリ映画版の比較
第4回
第5回
第6回

紹介する文献の書誌情報
『現代思想 臨時増刊号 総特集=宮崎駿『君たちはどう生きるか』をどう観たか』青土社、2023年

引用・参照箇所の指示については、該当のページ数を記すか、もしくは該当する論考の著者名を記しました。
したがって、特に説明なくページ数や著者名が書かれている箇所は、すべて同書の参照指示です(例:「◯◯さんが『・・・』に言及していますね」)。
なお、引用文中で「宮/宮」の区別がある場合でも、特に区別せず「宮」と表記しました。


第1回はこちら

話している人

八角 
 株式会社「遊学」の代表。
 京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
 哲学をやっている。ジブリはまあまあ観ている。

しぶたにゆうほ 
 株式会社「遊学」の一員。
 京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
 専門を尋ねられると、大学では「数学基礎論」、大学院では「宗教言語論」と答えていた。

「ねじれの位置」のインコ

八角 インコに言及しているものは少なかったね。

しぶ やっぱりインコは、メインの筋に対して「ねじれの位置」にあって、インコを除いても全体を説明できるような仕組みになっているのかも。

八角 そうだよね。観た直後のダイアログでも言ったように、みんな「インコ要る?」って言うと思うんですよ。私は「要るよ! インコこそ語るべき!」って思うけどね。実は、宮崎監督の作品でインコってそんなに出てこない。『君たち』に特有なことなんだよね。だから、インコの話をする批評が読みたい。

しぶ どういう意味で、インコは『君たち』に特有なんだっけ。

八角 今までの作品に、インコみたいなもの、登場しないもの。

しぶ 「インコみたいなの」とは。

八角 つまり、「主人公とあまり関係していないけれど、1つのコミュニティと1つの世界観がある」みたいなもの。

しぶ 過去作にはないんだね。

八角 『天空の城ラピュタ』には、主人公たちとは別に「空賊団」がいる。だけど、その空賊団が内部でまた別に分かれるみたいな、そこまで複雑な描写はない。『カリオストロの城』は『君たち』と似ているけど、『カリオストロの城』では国民がほとんどいない。軍隊のような、結婚式に参列するような人々はいるけど、国民が不在。つまり、人が存在していない。

しぶ 要するに、独立した複雑なコミュニティがないっていうことかな。

八角 『千と千尋の神隠し』には、それぞれのコミュニティがあったけど、主人公と関わっている。

しぶ ところが『君たち』では、眞人とインコは会話もしない。だから、主人公から独立した複雑なコミュニティがあるということね。

八角 そう。だから『君たち』が、他のジブリ作品と全然違う部分は、インコの存在だと思う。

しぶ なるほど。一応、インコにちょっと言及があったのは松下さんですね。「パンフレットによればインコは大衆のカリカチュアであり」……(67頁)。

インコは『ラピュタ』がテレビで放送されるたびに毎年毎年飽きもせずに「バルス」とSNSに書き込む我々のことだ。しかも、その我々は——すくなくとも筆者は——八〇年代から相も変わらずクラリスや小山田真希やナウシカやラナやシータのようなアニメ美少女に萌え続けている。

67頁

八角 インコが大衆だろうという話は私たちもしましたね。

しぶ 伊藤さんの論考では、「インコが「増えすぎてしまった」とされているのは、アニメーションがキャラクター消費とすぐに結びついてしまう現状への言及だろう」(150頁)と言われている。伊藤さんはインコ自体をキャラクターの象徴として、松下さんはインコを(キャラ消費を行う)大衆の象徴として捉えているんだけど、いずれの場合でもキャラ消費への批判として理解可能なのが面白いですね。

八角 でもまあ実際そうだと思うよ。

しぶ  大衆としてのインコ、という視点は他にもあった。石井ゆかりさんも、「インコ」とははっきり書いていないけれど、「群れる鳥たち」に言及している。

現実世界では単なる「さえずり」に過ぎないものが、夢=心の世界では人間を食い殺す、という現象は、実際に日々私たちが目のあたりにしていることなのだと思わずにいられなかった。

78頁

八角 ツイートのことだよね。確かに、SNSと大衆は、私たちがきちんと言及しないといけないトピックだったと思います。

少年と少女と鳥の飛び方

しぶ インコへの言及は少ないけど、鳥への言及は多かったですね。当たり前か。

八角 だってポスターに鳥しかいなかったからね。すでに話したけど((1)参照)、「もう私は鳥で書くんだ」って考えたのかもしれないよ。

しぶ そうかもしれないけど(笑)、「鳥」を重要視した解釈が多くて面白かった。例えば、鳥が「飛ぶ」というところに注目したりとか。

八角 宮崎監督は飛行機好きだものね。

しぶ そうそう、だから「飛ぶ」ことに注目するのは良い視点だよね。ぼくが気にしていないことが多くて、気づかされることが多かった。例えば山内朋樹さんは、炎の中を走るシーンが、過去作の飛行シーンに似ているって書いていたりとか。

八角 そうなんだ! 面白いね!

しぶ もっと内容の解釈に直接関わるようなもので言えば、例えば、小澤京子さんの「建築巡りの異界の旅」の最後のほう。ここでは「飛行」に関して「少年」と「少女」が対として考えられている。少年は飛行機制作に熱中する、つまり人工的に飛ぶことを夢見る。それに対して少女は、超自然的パワーで飛ぶ。

八角 確かにそうだ。メーヴェ(『風の谷のナウシカ』に登場する架空の飛行装置)もそうだし。

しぶ 魔女だったりとかね。この部分は、注釈に日本文化研究者トーマス・ラマールの著作があるので、ラマールの主張なのでしょうね。

それで、それを踏まえて『君たち』を考えると、自然ではない仕方で空を飛ぼうとするこだわりみたいなものが、今回は出てこないというんですね。飛ぶのは「鳥」だけなんだと。テクノジーでも魔法でもなく、自然の力で飛ぶものだけがいる。

八角 あ〜、面白いね〜。

しぶ 小澤さんはそこから、人間が飛行しなかったことによって、「壮麗な建築物」と「その崩落してゆくプロセス」というモチーフが前面に出てきたと主張している。言われるまで意識しなかったんだけど、この論考を読んで読んで腑に落ちたことが1個あって、それは階段が崩落するシーンで、主人公があっさり落ちるんですよね。

八角 あっさり落ちたね。

しぶ もうちょっとこう、アニメだったら……。

八角 しがみついたりしそうだよね。普通は木の根っこに掴まったりして頑張ってるからね。

しぶ そうそう、階段崩れました、で終わり。壁をよじ登るとかもないし。重力への抵抗みたいなものがない。

八角 確かに!

しぶ ジブリの過去作でもそうなのだろうし、アニメの類型として重力に逆らうような描写がありうる。でも『君たち』ではあっさり落ちる。『君たち』では、飛ぶのは鳥だけであって、人は飛ばない。このことが一貫しているのかもしれないと思った。そしてそれは、建物の崩壊を際立たせる役割も負っている。

登場しない飛行機

しぶ 飛行についての話だと、取り上げるべき論考がもう1つあって、奥村大介さんの「無翼のものたちの詩学」ですね。

八角 タイトルにも「翼」って入ってるね。

しぶ この論考は、宮崎駿はいつも飛んでいるんだというところから、始まるんだけど……。

八角 いつも飛行機が出てくるよね。

しぶ そう。だけど、『君たち』は飛行機が登場しない、と奥村さんは指摘する。

八角 確かに、飛行機、カバーしかなかったもんね。

しぶ そうそう。工場の人たちが持ってきて、上のガラス部分だけ並べる。あのシーン、少し異質だったから、ぼくは「飛行機だ」って印象に残ったけど、でもそれしかないんだよね。飛行機そのものは出てこなくて、今思えば意味ありげに、ただ鳥だけ飛んでいる。

八角 うん、飛行機は出てないよ。冒頭のシーンが空襲を表してるってみんな言うけどさ、飛行機いないからな。

しぶ そうなんだよね。あの火事のシーンが、まるで空襲を連想させるようなシーンであるにも関わらず、飛行機が登場しないというのも示唆的だなと思った。もちろん、実際に作中ではただの火事なんだから飛行機がいないのは当たり前だということはできるけど、作品全体として飛行機の不在に意味があるのだと思う。

八角 だからあれは空襲ではないんだよ。戦争との関係は話は長くなりそうだから、あとでまた、まとめて話しましょう。

しぶ 奥村さんの議論に戻ると、過去作では翼を持つものは両義的に描かれるんだけど、今回は翼を持つものは敵として登場している、というような比較がなされていた。過去作では人工の翼で人間が飛ぶんだけど、本作は人工の翼がないのだと。だから「無翼のものたち」。

八角 さっきの小澤さんの、鳥だけ飛ぶ話とも共通しているね。

しぶ そこからも面白くて、では、人工の翼がないときに人はどのようにして飛ぶのか。ここで、ワラワラの話になるんです。ワラワラは空に昇るから。

八角 なるほど。

しぶ というわけで、この「鳥」「飛行」もこの特集を読んで面白かった論点の1つです。確かに、今作はあれだけ「鳥」推しなのだし、そして宮崎駿は「飛ぶ」ことについて執念というか強いこだわりがあるのだから、言及すべきトピックだなと思いました。

「ヘロン」と「イーグレット」

八角 鳥って言えば、私たちの観た直後のダイアログを最近、英訳したわけなんだけど、鳥の話をたくさんしていたので、鳥の訳に苦労したんだよね。「ヘロン(heron)」なのか「イーグレット(egret)」なのか問題。

しぶ 『君たちはどう生きるか』の映画の英語タイトルが、「The boy and the Heron」なんだよね。

八角 そう、その「ヘロン」はサギなんですけど、「イーグレット」もサギらしくて。果たして白サギ・青サギ・大サギは、それぞれ「イーグレット」なのか?「ヘロン」なのか? 一生懸命調べました。

しぶ 青サギは「blue heron」じゃなくて「grey heron」だとかね。言われてみれば灰色でもある。

八角 今回私が得た知見として、クロサギっていう……日本語訳だと「クロコサギ」というものが存在していて、英語だと「ブラック・イーグレット」なんですが、「ブラック・ヘロン」という言い方もあって、これをどっちで訳すかというのは非常に複雑で……。こういう話が面白かった。そしてその「クロコサギ」は結構かわいい、ということが分かってハッピーです。

しぶ 良かった。

八角 なぜその話をしたかというと、この特集でも、具体的な鳥の話をたくさんしている人がいたでしょう。

しぶ 小笠原鳥類さんですね。タイトルからして、「事前に発表された絵が一枚だけ、それがアオサギであったこと」。

八角 ここでもクロコサギの話が登場します。

しぶ 「文学の人(特に詩人)が書く、科学から遠い文章」つまり「愛情によって可能になる独自の情報収集が、ない文章」が「苦手」で、だから自分は詩であっても「生物学的な知識の詰め込みを求める」(135頁)と書いてあるんだけど、まさにこの文章は生き物の具体的な情報に溢れていて、図鑑を読むような楽しさがある。青サギからここまで掘り下げられるとは、という。

八角 ひたすら鳥の話をしてたね。半分くらい、具体的な鳥の話だったね。

しぶ さっき取り上げたように、鳥が何を象徴しているか、なぜ鳥でなければならなかったのか、という論点が多い中、生物的な意味での鳥の話は特徴的で、印象に残りましたね。

足音のしない大伯父

しぶ 鳥とも関連する話で面白かったのが「音」の話ですね。

八角 音?

しぶ 例えば鷲谷花さんの「君たちはどう(足音をたてて)生きるか」は、タイトルにも「足音」が入っていて、音に注目している。最初のサイレンのシーンでいうと、下駄とかゴム底とか、すべての足音が違う音として表現し分けられている。そしてファンタジーの世界に行くと、また現実世界とは別のタイプの音になるとか。

八角 面白いね。

しぶ 面白いのが、インコに足音はない、なぜならインコは鳥だから、だそうで。なるほどって思った。鳥は飛んでるから足音がないって。ここで鳥の話とつながるんだけど。

八角 確かに、鳥の脚って、「裸足」なんだよね。ハムスターとかネズミの脚もそうだけど。確かに音がしない。鳥によっては、爪があるからカツカツするけどね。私は、飛んでるからではなく裸足だから足音がしないんだと思います。でも、面白いね。

しぶ これは鳥を「鳥」として見たときにだけ現れる論点だから、大事だと思った。それから最後に指摘されることには、大伯父が足音がしないのだそうです。

八角 そうなのか。全然気にしてないから覚えてない。

しぶ 足元の不確かさを表しているのではないかという話でした。

八角 面白いね。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀 〜ジブリと宮崎駿の2399日〜』の解釈の通り、大伯父が高畑勲さんのことなら、「死んだ人には足がない、だから足音がない」ということもできそう。

しぶ 作品の「音」というのは、見逃し……というか聞き逃しがちな部分なので、重要な視点だと思いました。それに、アニメならではの表現だから面白い。

八角 この特集を読む人にとっても、入りやすい話だね。

しぶ もう1人、音に言及してる人がいて、安田登さんの「異界と接続する傷」。

八角 能楽師の方だね。面白かった。

しぶ この文章は「『君たちはどう生きるかは、能に似ている」から始まるんだけど、その似ている部分の1つが、「無音のときが多い」こと(87頁)。「言葉があってもBGMがない」(同)。

八角 『君たち』に限らないけれど、ジブリは音がないものが多いよね。ここぞとばかりに音を入れる。確実に3つ、音を使うところがあって、どどどって襲われるような危機的なシーン、ハッピーなシーン、それからクライマックスというか歌が入る見せ場のシーン。この3つは音が入ることが多いけど、それ以外はあまり音が入らない。

しぶ 考えたことなかったけど、言われてみると「どどど」って襲われるところに音楽が入るイメージはあるな。

八角 そうそう。躍動感というか、何か物が動いて、グワーッって何かに向かって行くときのね。

しぶ なるほどなあ。背景音楽という点でも、音に注目するというのは面白いね。

八角 確かに独特だよね、音の使い方。

しぶ インコから始まり、鳥の話は十分したと思うので、違う話に移りましょうか。

戦争のメタファー

火事のシーンは空襲なのか?

八角 さっき、君も「あの火事のシーンが、まるで空襲を連想させるようなシーンであるにも関わらず」みたいなことを言ってたけど、冒頭のシーンに限らず、戦争と関係させて論じている人がとても多かったですね。

しぶ 多かったね。せっかくなので、冒頭の火事のシーンの話からしますか。あのシーンは、明らかに空襲を表していると思うんだけど、劇中では、見た人にはわかる通り、別に「空襲」とは……。

八角 言われてない。

しぶ 作中ではあくまでもただの火事ですよね。ぼくは詳しくないですが、時代考証的にも、あの時期に東京で大きな空襲はない、という意見もいくつか見たことがある。いずれにせよ、作中では空襲ではない。ただそれとは別に、メタファーとして空襲なのは明らかで、そう見ない方が不自然。

八角 いや、そう言いますけど、私はそのシーン、戦争とは感じていないんだよね。みんな戦争の話と絡めて話すけど、私はそう思わない。

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