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プレゼント

 昨晩も佐助は大変だった。理由は全くわからない。ピストルを手にして、すごい形相をした男に追いかけられた。相手は無言で、しかし獲物をとらえたライオンのような目で、まっすぐ佐助だけを見据えて追ってくる。佐助は逃げた。時に物陰に身を潜め、時に室内に隠れ、とにかく逃げ回った。これが寝入った瞬間から目覚めるまで続くので、起床時の佐助は極度の疲労状態、全身クタクタだった。

 ある日突然始まった意味もなく疲れ

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リベンジ

 俺は一年間、この日のためだけに生きてきた。今でも目を閉じると浮かんでくるのは、一年前のあの苦い思い出だ。

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 今日は町内の運動会。子どもたちにいいところを見せなくてはと、俺は気合十分だ。妻には、「張り切りすぎて、ケガしないでよ。もう年なんだから」と言われたが、俺がまだまだ動けることを証明するいい機会だ。スタートラインの後方で

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眼鏡

「いいか、十秒見つめた後に、心の中で一言唱える、『失せろ』と。その瞬間、眼鏡から視線の先にある対象へ、暗黒パワーが発せられ、人でも物でも闇に葬ることができる。どうだ? 簡単だろ?」

「はあ。でもどうして、これを僕に?」

「お前の体から出ている負のオーラが、半端なかったからだ。三回しか使えない。消せる人間は三人までだ。よく考えて使うんだな」

 見ず知らずの人間から、突然手渡された怪しい眼鏡。さ

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トリ男

「これって、ただの飾りでしょ?」

「我が家では、合うサイズの物を探して、湯飲みのふたにしてるわよ。」

 昼下がり、近所の奥様方が一人、また一人と自然に集まり、井戸端会議がスタートする。いつも同じ場所だ。

「信じられないような話を耳にしたんだけど、風鈴って、その昔、自ら音を奏でてたんだって。」

 背の高い女性が、声を潜めて周りに語る。

「えっ? 風鈴って、元々生きてたの?」

「なにそれ?

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癒し

 毎日が闘いだ。すし詰め状態の殺気立った空間に、意を決して足を踏み入れる。あとは身を任せるしかない。都心を抜けるまでの辛抱だ。目の前の中吊り広告には、こんなタイトルがおどっていた。

「毎日一つの贈り物が、誰にでも平等に与えられている」

(僕は今日、何かを受け取ったのだろうか?)

 三路線が乗り入れる大きな駅に到着した。ここで一気に乗客が動く。そして何の苦労もなく、座席を確保できる。この駅で座

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記憶

僕は周りの人から、「明男さん」と呼ばれている。本当の名前は……、わからない。

 一週間前の空がうっすらと明るくなる時刻、僕は全身ずぶ濡れの状態で発見され、保護されたらしい。その時のことは、全く覚えていない。その後しばらくは、検査入院。入院中に身元を示すものが何一つ見つからなかったこと、僕自身が記憶を失っていたことから、退院後は施設を紹介された。そしてそこで、医師のサポートを受けながら、記憶の糸を

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隣は何をする人ぞ

「ドンッ。ボンッ。バンッ」

 まただ。花子は憂鬱になった。一週間前に社会人になったばかりの花子。新居、新たな生活、夢にまで見たアパレル系の仕事、何もかも思い通りで、前途洋洋だった。しかし、新居初日の夜から、謎の音に悩まされた。何かを殴っているかのような重い音が、決まって八時ごろから約二時間、部屋に響くのだ。この一週間、毎日聞こえてくる謎の音。花子は、音のしてくる方向を見つめながら、何かを思い出し

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四択

 朝食を摂りながら、隅から隅まで繰り返し朝刊に目を通すのが俺の日課。今朝の紙面には、「ゲーム世代」「アニメ世代」という言葉が躍る。ここ数年で増加の一途をたどっている、若者による残忍な事件に関する特集だ。アニメや映画などで人の命を奪うというシーンを頻繁に目にすることに起因する、ゲームのように人生もリセットボタン一つで何度もやり直しがきくと思い込んでいるなどという意見が目に付く。確かに、影響はあるのか

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「お電話、ありがとうございます。A社お客様センター、担当の上田です。」

 小さな部屋の片隅にある電話は、休む間もなく稼働している。

「おたくのドライヤー、一時間使ってたら煙が出てきたの。」

「申し訳ございません。お客様にお怪我はなかったでしょうか?」

「えっ? 私は大丈夫だけど……。」

「それをうかがって安心いたしました。お部屋やお洋服の損傷もございませんでしょうか?」

「それも大丈夫

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母と私と

 築四十年の市営団地。薄暗いエレベーターホールでエレベーターを待っていると、幼いころの思い出が蘇る。母の乗っているエレベーターを、息を切らしながら待つ私である。

 この団地ができたのは、私が小学生になった年だ。この辺りで初めてのエレベーター付き集合住宅だった。完成と同時に私達家族も引っ越してきたので、ここは私の人生の拠点とも言える。

 幼かった私にとってエレベーターはとても不思議な乗り物で、毎

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表彰台のてっぺん

 夢に見た表彰台の一番上。ここから見える景色は、やはり格別だ。今までの努力が報われた。頭の中を、これまでの様々なことが走馬燈のように駆け巡る。辛い練習を乗り越え、長く苦しいスランプとも闘った。時にコーチとの関係すら危ういものとなり、常に古傷が再発する恐怖とも向き合った。自分自身をも信じられなくなり、ひたすら辞めたいとだけ思っていた時期もあった。その全てを乗り越え、自分に打ち勝ち、ようやく手に入れた

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アイ

「なんでもやってもらえるのが、当たり前だと思ってるんでしょ?」

「別にそんな風に思ってないよ。」

 これまでの人生、実家から出たことのない二十代半ばのI子。大学も二時間かけて実家から通い、社会人となった今も実家からの車通勤だ。そんな娘の生活態度に、母親は時々爆発した。

「お母さんは、家政婦じゃありません。」

「だから、そんな風に思ってないし。」

「どうせ一人じゃ、何もできないくせに。」

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表裏

 掲示板の前には、幾重にも人垣ができている。歓喜に沸くグループもあれば、静かにその場を立ち去る者もいる。健太は、そのやや後方に、こわばった表情で立っていた。彼の地頭の良さとこれまでの努力からみて、合格は疑うべくもないことだったが、それでもやはり緊張は隠せない。少しずつ掲示板に近づき、恐る恐る顔を上げる。健太の表情が、ようやく和らいだ。そして電話をかける。

「あっ、康太。どうだった?」

 電話の

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雪のユキ

一.

「では、『雪』と聞いて連想するものを、言ってみましょう。」

 小さな村にある小学校の国語の授業。子どもたちは、元気よく、競って発言した。

 このクラスに、「ユキ」という名の少女がいる。少し色黒で、元気な小学三年生だ。体は丈夫、性格は活発で、いつも動き回っている。冗談を言って周りを笑わせることも、少しおせっかい気味に人の世話をすることも多く、クラスの太陽のような存在だ。しかし、雪のイメー

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