雨音が脳を痛めつけるようになった一番最初は、何歳ぐらいのことだったろうか。午前二時を少し回った暗い部屋の中で彼は考えた。目は充血しており、全身の肌という肌が赤…
「六百四十円ですね。」 随分安いもんだと、そう思った矢先に、ようやく自分が何も持っていないことに気がついた。ポケットの中には何もない。分かっていても、触って確…
今週何を書くか迷うなぁ……小説の続きを書くかブログを書くか読書感想かどれにしようかなぁ……って朝から考えてたけど、良い加減「サバイバー」の感想薄れかけてしまっ…
ほとんど水道水の味しかしないアメリカンコーヒーを飲み干す頃には、今朝から俺の身に起き続けていた様々な出来事が、どうやら、非常識なことであったと、薄っすらである…
風のない午後だった。緩やかな下り坂は石畳で形作られ、車道と歩道の境目に咲いた桃色の花の名は、一体何と呼ぶのだろうかと考えていると、 「それはアザレアって言うん…
その女がいつからそこに座っていたのか俺は知らない。女はくすんだ金髪で、化粧の上からでも酷い隈が見てとれたが、それすらも自身の魅力に変えながら、長い脚、透き通っ…
急に暑くなって体が不調。もう随分前から花粉のせいか咳止まらんくて肋の痛みもやばいんだけど、改善することなく畳み掛けられましたね。結構前からストレスを指摘されて…
夢の中だけが私の居場所。静謐な空気の中には酸素がなくて、代わりに含まれた泡の元素が私の命を押し留める。私には酸素が毒だった。 色もなく、音もなく、臭いもなく…
遠くで鳴る鐘の音の階に座っていたのは もう 随分と色褪せたあなた 箱庭の中の楽園にも 収穫の時が来るだなんて 一体 誰が知っていただろう 自己陶酔した醜い神の手が…
揺れる鉄条網の音で浅い眠りから目を覚ます。多分、夢を見ていたのだろう。何かを忘れているような寂しさが瞳の奥に残っている。あまり良い夢ではなかったと思う。寝汗が…
今朝三時頃、郊外の人工動物研究施設から一匹の被験体が脱走した。 その被験体は人間に対して何ら危害を与える生き物ではなかったけれど、体長およそ三メートル、足は…
今朝もあの娘と目が合った。学校へ行く前の憂鬱な時間、セレクトショップの前の交差点で、信号が青色に変わるのを望んでもいないのに待っている僕と同じように、あの娘も…
形見分けしたビスクドールが、ブロンドの髪の生白い少女が、艶やかなその青色の瞳を独りでに動かしていると気がついたのは冬の終わりのことだった。 今年初めて目にし…
「シャングリア」のバースデーケーキは直径が十五、高さが十、高さ三につき四つずつ、苺と蜜柑が生クリームに塗れていて、スポンジの硬さは家のオットマンの半分くらい、…
今週末には、ついにカート・コバーンより年上になってしまうというね。その次は志村かな。やってられんよ。でもまあ、この先も息してるんならちゃんと生きないとってカー…
そして太陽が三度回転し始めた時、人々は口を閉じ忘れて空を見上げた。一度目の回転で揺らいだ街の景観に、人々は本能で顎を天へと突き出した。二度目の回転で捻れてしま…
葉嶋四季
2023年12月10日 21:22
雨音が脳を痛めつけるようになった一番最初は、何歳ぐらいのことだったろうか。午前二時を少し回った暗い部屋の中で彼は考えた。目は充血しており、全身の肌という肌が赤くただれて、彼の爪の内側には、腐った皮膚の残骸が敷き詰まっている。体はひたすら眠りたがっていた。 シンガイもまた、眠らずにとうとうと考えていた。自分は果たして何歳まで生きるのだろうかと。 彼は二時間前、二十七歳になったばかりだ。何かを
2024年5月12日 23:16
「六百四十円ですね。」 随分安いもんだと、そう思った矢先に、ようやく自分が何も持っていないことに気がついた。ポケットの中には何もない。分かっていても、触って確かめずにはいられない。今朝の電車で、あの女に気を取られすぎたのだ。足元に置いていたあのカバンに全てが詰まっていた。そう、文字通り俺の全てだ。今の俺には何もない。何も持ってやしない。思えば、あのカバンにだって価値があった。六万八千円はした。さ
2024年5月5日 23:46
今週何を書くか迷うなぁ……小説の続きを書くかブログを書くか読書感想かどれにしようかなぁ……って朝から考えてたけど、良い加減「サバイバー」の感想薄れかけてしまっているからこれを書くわ。嫌ですよねこの消費社会、消費文明。次から次へと感動を求め作品を食い漁るハイエナのような僕らはとっとと滅んだ方が良い。 か〜ら〜の〜、 はい。チャック・パラニュークの「サバイバー」ですね。”生き延びる者”だっ
2024年4月28日 23:51
ほとんど水道水の味しかしないアメリカンコーヒーを飲み干す頃には、今朝から俺の身に起き続けていた様々な出来事が、どうやら、非常識なことであったと、薄っすらであるが気づき始めた。「気でも狂ったんだ。」 カウンター席、誰にともなく呟いた。店には俺と店員しか居ない。 年齢は俺と同じくらい。二十代後半に見える正気のない男だ。俺が店に来てからずっとひたすらに本を読んでいる。注文を聞く時も、コーヒーを淹
2024年4月21日 23:00
風のない午後だった。緩やかな下り坂は石畳で形作られ、車道と歩道の境目に咲いた桃色の花の名は、一体何と呼ぶのだろうかと考えていると、「それはアザレアって言うんだよ。」 と、白色のワンピース、俺の腰と同じくらい、風もないのに髪は揺れ、眼差しは、今にも眠ってしまいそう。「学校はどうしたの?」 俺は尋ねた。自分のことを棚にあげて。「貴方と同じよ。」 そして見抜かれた。ふた回りは歳下の女の子に
2024年4月14日 23:50
その女がいつからそこに座っていたのか俺は知らない。女はくすんだ金髪で、化粧の上からでも酷い隈が見てとれたが、それすらも自身の魅力に変えながら、長い脚、透き通った肌、鎖のようなネックレスに趣味の悪い指輪、全てを自分の体として、気怠げに煙草を吸っている。 揺れる車両の中、それを咎める者は一人も居ない。皆、女の態度に怯んだのではない。まるでそれがさも当然の行いなのだと認識しているのだ。流れ行く景色を
2024年4月7日 23:33
急に暑くなって体が不調。もう随分前から花粉のせいか咳止まらんくて肋の痛みもやばいんだけど、改善することなく畳み掛けられましたね。結構前からストレスを指摘されてたんだけど、解消できぬまま体が少しずつ崩れてゆくのをただ見てる。 最近はハズビン・ホテルにハマってて四六時中再生しているんだけど、観れば観るほど素晴らしいですね。ヘルヴァ・ボスにも手を出したわ。最初の方はふぅんって感じで観てたんだけど、
2024年3月31日 23:09
夢の中だけが私の居場所。静謐な空気の中には酸素がなくて、代わりに含まれた泡の元素が私の命を押し留める。私には酸素が毒だった。 色もなく、音もなく、臭いもなくて、意思もない。 この場所にしか、居たくない。 だからこそ、寝かせておいて欲しかった。それなのに、王子様はいつだって私を陽の下へ起こしたがる。私がにこりと微笑んで、頬を赤らめ、その唇にそっと口つけることを望んでいる。それから私を抱き
2024年3月24日 22:39
遠くで鳴る鐘の音の階に座っていたのはもう 随分と色褪せたあなた箱庭の中の楽園にも 収穫の時が来るだなんて一体 誰が知っていただろう自己陶酔した醜い神の手が 僕らの首に刃を遣わす誰も生んでと頼まないのに誰も殺してと願わないのに僕らの祈りは鐘の音に掻き消され鏡で濁った神の視線が 僕らを捉えることはない痛んだ肋から盗まれた肋骨を 僕らはずっと探していた小さな箱庭を囲む大きな
2024年3月17日 23:04
揺れる鉄条網の音で浅い眠りから目を覚ます。多分、夢を見ていたのだろう。何かを忘れているような寂しさが瞳の奥に残っている。あまり良い夢ではなかったと思う。寝汗が酷くて体が重い。 水が欲しくて人を呼ぶ。鳴らしたベルは暗闇の中で孤独に転んでいつまでも残響しまるで馬鹿にされているみたい。聞こえているのかいないのか。こちらが知るすべなどありはしない。彼らはいつだって来るのが遅い。本当に僕を監視している
2024年3月10日 22:26
今朝三時頃、郊外の人工動物研究施設から一匹の被験体が脱走した。 その被験体は人間に対して何ら危害を与える生き物ではなかったけれど、体長およそ三メートル、足は四足、指は左に七本ずつ、右に四本ずつ、爪の形状は菜切り包丁と酷似しており、全身が鱗状の皮膚で覆われていて、目は、体格に対して不釣り合いなほど小さな目は、狂犬のようにギラついているが焦点は合わず、鳴き声はギィギィと不明瞭、とてもではないが人畜
2024年3月3日 23:07
今朝もあの娘と目が合った。学校へ行く前の憂鬱な時間、セレクトショップの前の交差点で、信号が青色に変わるのを望んでもいないのに待っている僕と同じように、あの娘も並んで立っている。 一日の始まりを嫌っているのに避けられない。憂いを帯びたその表情は、僕と同じようなことを考えているって教えてくれる。多分。きっとそう。 その服、凄く良いと思うよ。 浮かんだ言葉は言えない言葉。週に一度洗うか洗わな
2024年2月25日 23:18
形見分けしたビスクドールが、ブロンドの髪の生白い少女が、艶やかなその青色の瞳を独りでに動かしていると気がついたのは冬の終わりのことだった。 今年初めて目にした雪は、春と見紛うほど暖冬だった二月を半ば以上も過ぎた頃、乾燥しひび割れた空からしとどに落下し街を沈めた。 あ、止んだ。午前十一時十七分。窓の向こうは雪景色。白色以外に何もない。私の目が、まだ覚めきらない微睡みの瞳が、その次に映した色彩
2024年2月18日 23:04
「シャングリア」のバースデーケーキは直径が十五、高さが十、高さ三につき四つずつ、苺と蜜柑が生クリームに塗れていて、スポンジの硬さは家のオットマンの半分くらい、チョコレートプレートは、長さ九のホワイトチョコレートプレートに刻まれているのは、俺の名前と月並みな祝辞、蝋燭の数は十四本、一本につき二年の歳月。 最後の最後で爪が甘いのは学生の頃から変わらない。まだ月に一度美容院に出かけていたあの頃から
2024年2月11日 23:49
今週末には、ついにカート・コバーンより年上になってしまうというね。その次は志村かな。やってられんよ。でもまあ、この先も息してるんならちゃんと生きないとってカール・バラーも言ってたし。それにはまあ同意するよね。 最近の話をしようかな。体調はあんまし良くないけど、精神状態はわりかし良いかな。眠れないんだよね。起きちゃうというか。毎回寝覚めに嫌な奴の顔が浮かぶんだよね。悪夢を見ているんだと思う。ス
2024年2月4日 21:34
そして太陽が三度回転し始めた時、人々は口を閉じ忘れて空を見上げた。一度目の回転で揺らいだ街の景観に、人々は本能で顎を天へと突き出した。二度目の回転で捻れてしまった自身の影から目を逸らすようにして空を睨むと、太陽はもう三度目の回転をゆっくりと行い始め、人々の眼球の中でその異様な仰々しさを擦りつけるようにして燃えてみせた。 太陽なんて、どうでも良いから。少年はただ一人、その奇跡を見逃していた。少