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掌編など

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自作のちいさなちいさなおはなしを、まとめています。
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記事一覧

【掌編】かみかくし【散文詩】

【掌編】かみかくし【散文詩】

閏年、四年に一度だけの二月二十九日。その日にだけ訪れることのできる小さな島で待っています。
爪月の端、時のあわいから届いた小さな手紙には、流れる水のような文字でそう書かれていました。岬まで迎えを寄越しますと書かれた文章を、わたしは何度も何度も指で辿って、その日その時を心待ちにしていたのです。

ずいぶん前からあなたとその日に会おうとを決めていて、わたしはそれだけを覚えていました。けれど、織姫と牽牛

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【掌編】詩と暮らす【散文詩】

【掌編】詩と暮らす【散文詩】

詩と暮らすことにしたのは、数年前の春からです。

その春、わたしは陽気に当てられぐったりとしていました。そんな時、窓からふと、ひとひらの詩が飛び込んできたのでした。ひらひら、ひら、り。窓の内側に吹き込んできた詩を、手のひらに収めました。薄桃色の詩は、見た目の美しさとは裏腹に、少し乾いていました。わたしは硝子の容器に水を張り、詩を浮かべてみたのでした。すると、詩は楽しそうにくるくると硝子の中で回りま

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【掌編】いとしい

【掌編】いとしい

月の耳を見た。月が、普段はしない動作で額の筋雲をかき上げて、それから僕の方へとほんの少し振り返った時だった。あ、と思わず声を上げた僕の視線に気づいて、月は顔をわずかに赤らめた。顔の割に小さな耳は、先がほんの少し尖って見えた。……小さいし、形も悪いから、コンプレックスなの。月は呟いて、すぐに手近な雲で耳を隠してしまった。

なんとなく気まずくなって、またね、とその夜の月は早々に帰ってしまった。ずっと

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【掌編】夕暮れ日記【散文詩】

赤青鉛筆で日記を書く。赤で下書きし、青でなぞれば、少し黒っぽい紫色の一日が仕上がる。

「今日は楽しかった」、そういうことにしておきたい、あかいことば。「今日は楽しかった」、辿りながら少しはみ出してしまう、あおいことば。

赤いわたしは青い私に塗り込められて、陽炎になる。不器用さのせいで重なり合えないはらいの先は、二つの色に分たれたまま、互いの影を見つめて震えている。

赤青鉛筆を擱けば、少し黒っ

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【散文詩】蝶【掌編】

【散文詩】蝶【掌編】

貴方がわたしの指に結んでくれたのは、蝶の形をした願いだった。小さな宝石のような模様を抱いて、蝶はわたしの指に棲みついた。流れる甘い血は吸い上げられ、指は鱗粉に塗れてかさついた。蝶はそれでも肥えない。痩せた願いだけが、貴方がいなくなった後も残り続けた。

いつまでここにいるつもりなの。わたしは蝶の薄い翅を摘んで訊いてみる。さぁねぇ、と応えが返る。指は歳をとる。皺の間深くまで鱗粉が入り込んで、皮膚と同

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夏の終わり

夏の終わり

去年の人は鮮やかで、去り際にも強く印象を残したけれど。今年の人は雨と共にじわりと現れて、短い蜜月のあと、すぅっと溶けるようにいなくなってしまった。

来年はどんな人と出会うだろう。
夏、世界を美しく見せてくれる、わたしの恋人。

いつも、その後姿を追いかけてばかり。
#掌編 #小説 #花テロ #詩 #創作 #向日葵

【短編小説】匂いのない光景

【短編小説】匂いのない光景

墓じまいに来たついでに、祖父母の家があった土地の近くまで車を進めた。
祖父母の家はわたしが学生だったうちに解体が済んでしまったけれど、すでに限界集落に近い山の半ばの村は、住む人のいなくなった木造の古い家をいくつも残している。

歳をとり右足が悪くなった母を助手席から下ろし、二人で少しだけ辺りを歩いた。
アスファルトの舗装のない白いコンクリートの細道を、支えながらゆっくり上る。小道はひび割れて、やが

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【掌編】鈴生り

【掌編】鈴生り

昔はたくさんあったよね。

営業先からの帰り道、先を歩く同期がポツリと言ったので、僕は反射的にうんと答えた。
視線を辿れば、角の家の庭先、葡萄状のものが塀からわんさかはみ出している。
子どもの頃によく見たな、と慌てて記憶を漁るけれど、名前が出てこない。

「なんだっけアレ。ほら、ブドウじゃなくて」
「アレだよね。アレ。手についたらなかなか色が落ちない」
「色水遊びとかに使ったり」
「小学校の校庭の

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流れる

流れる

暑さの名残の中、久しぶりに訪れた川は、きらきらと日を弾いていた。清い流れは緩く甘く、さらさらとした優しさに満ちているように見えた。

足を差し入れれば、拒絶のような凛とした冷たさ。慌てて踏み込んだ先の小石の尖り。思わぬ深みと速さに弄され、脱ぎ捨てたサンダルは遥か下方へ。

川は夏の終わりの全てをそそぎ、
押し流されてわたしは秋になる。
#創作 #物語 #小説 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #詩

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百日紅の向こう

百日紅の向こう

陽射しが辛くて、空を睨むように見上げたら。
百日紅の花と葉の隙間から、青空が太陽を支えているのが見えた。

もう少し、おたがいがんばりましょうか。

声を掛け合う花と、樹と、空と、雲と、私。
嵐のような夏の太陽の癇癪が終わるまで、きっとあと少し。
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夏じまい

夏じまい

そろそろお別れだ、と貴方は言った。なるべく気づかないようにいなくなるからさ。
朝と夕とが冷えていく。風が通り抜けるたび、貴方が薄まる。夏、夏、熱に抱かれた私に生きている実感を与え、くっきりと強い光を焼き付け、気がつけばどこかへ。ざわめきのような恋しさだけを残して。
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夕焼け色の唇で

夕焼け色の唇で

夏の終わりの鮮やかな夕暮れ。サーモンピンクの空に手を伸ばすと、指先に綺麗な色がついた。恐る恐る唇に塗り込んで出かけてみる。貴方に綺麗だと褒めれらた。
帰り道、爪先をギリギリまで伸ばして夜空に口づけした。キスマークは小さな星になる。夜空への浮気は秘密にしておこう。
#小説 #詩 #掌編 #短編小説 #写真