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『家庭の医学』 レベッカ・ブラウン
米国の小説の名手レベッカ・ブラウンが、ガンに侵された母親の発症から亡くなるまでの生活をつづった手記です。病の進行に従って母に現れる症状は次第に深刻さを増していき、その一つ一つに向き合う作者一家の経験は、読んでいて胸が塞がるような気持ちにさせられます。
ただ、この本には、各章の扉に医学事典から抜粋した症状や療法の解説を掲げるという構成上の仕掛けがあります(原題はExcerpts from a Fa
トリュフォー―映画の窓、窓の映画 『突然炎のごとく』と『恋のエチュード』をめぐって
雑誌『リュミエール』最終号に掲載されたフランソワ・トリュフォー論を、改稿しました。
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初めは木の葉の舞い落ちるように細やかな動きで天空から降り来たり、やがては視界を埋めつくすほどの大きさと広がりで、言い知れぬ悲しみがこの地上を覆ってしまう。アルヴォ・ペルトの『ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌』は、そんなふうに言ってみるほかない不思議な音の息づく世界だ。切れ切れの音の単位は増殖を重ねながら、大き
『ウィンターズ・テイル』
二十世紀に南米に起こり流行したマジックリアリズムという文学的ムーブメントは、日常の地続きに非日常が居座っている不思議な小説群を生み出しました。その嚆矢(こうし)と言っていいチリの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(1967)では、主人公の死んだはずの祖父が幽霊になって隣の家に住んでいたり、物忘れが伝染病のようにはびこる村で人々がどんどんものの名前を忘れていったりするのです。ほら話と
もっとみる太陽劇団の軌跡 -2019年11月13日 早稲田大学国際会議場-
先週、今年の京都賞を受賞したアリアーヌ・ムヌーシュキンのワークショップを聞いて来ました。
現代演劇のトップランナーと言ってもいいパリの太陽劇団を率いる彼女の言葉からは、野蛮な貪欲に捉われて平気でウソを吐く現代の大国の指導者たちに対する、火のように熱い嫌悪が噴き出していました。感動的だったのは、かかる現代の狂気に抗うために演劇が必要とするのは、想像力であり悲劇の力であり詩の力である、と彼女が言い切
2021年の映画、マイベスト20選
映画とはアクションと視線と空間だ、という観点はますます私にとって映画を見る基準になりつつあるようです。そんな基準で設けた10項目を、10点法で評価しています。同順位が多いのはそういった目の粗い評価のゆえです。旧作も、新たに出会った映画という意味で新作と同列に評価しています。
19位 『ベイビーわるきゅーれ』 (2021) 阪元裕吾監督
70年代後半、『最も危険な遊戯』を嚆矢に、村川透監督が松田優
2020年の映画、マイベスト30
世界の様相が一変してしまった2020年ですが、そんな世界で映画には何が出来るのか、考えながら、ベスト30を選びました。
アルファベット表記の題名は、日本未公開のものです。
30位 『アウステルリッツ』(2016) セルゲイ・ロズニツァ監督 《ホロコーストの現場となった強制収容所跡地を訪れる「観光客」たちが、ディズニーランドとおんなじノリで無邪気に飲み食べ笑う。見つめる視線に強烈な批評性が宿るドキ