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日本の国家安全保障90年代

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記事一覧

日本の国家安全保障2000年代 88

#私の作品紹介

第3項  

平成17年度以降に係る防衛計画の大綱における防衛力 航空自衛隊 25

次期主力戦闘機策定

ロッキード・マーティンF-35AライトニングⅡ戦闘機(三菱商事) 2

ロッキード・マーティン F-35AライトニングⅡ戦闘機



当初、

ロッキード・マーティン F-22Aラプター戦闘機と同じく

チタニウム合金を多用

することで

軽量化を目指していた

が、

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キッシンジャー死去 中国共産党の奴隷 共産主義・中国の軍拡・覇権・横暴のきっかけキッシンジャー

キッシンジャー死去 中国共産党の奴隷 共産主義・中国の軍拡・覇権・横暴のきっかけキッシンジャー

#私の作品紹介

中国の奴隷

となり

共産主義・中国



軍拡

覇権

横暴



きっかけ



なった

ヘンリー・キッシンジャー



死んだ。

1969年

から

1976年

まで、

ニクソン政権



フォード政権

において

大統領補佐官



国務長官

をつとめ、

ハーバード大学の教授

でもあり、

アメリカ政界、学界、財界

のみならず、

全世

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日本の国家安全保障90年代 107

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

世論への影響 2

内閣府大臣官房政府広報室による自衛隊・防衛問題に関する世論調査では、

防衛費の規模について、

平成5年度では

「増額したほうがよい」が6,2%、

「今の程度でよい」が58,5%、

「減額したほうがよい」19,7%、

「わからない」が15,6%

となっている。

平成8年度では

「増額し

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日本の国家安全保障90年代 106

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

世論への影響 1

 内閣府大臣官房政府広報室による自衛隊・防衛問題に関する世論調査では、

自衛隊の防衛力について、

平成5年度(1993年)では、

「増強したほうがよい」が6,3%、

「今の程度でよい」が66,2%、

「縮小したほうがよい」が15,3%、

「わからない」が12,1%となっている。

大半が現

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日本の国家安全保障90年代 105

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

田所昌幸・姫路独協大学法学部助教授の主張

 田所昌幸・姫路独協大学法学部助教授は

1995年12月22日の読売新聞朝刊で

「日米同盟 理念無き反発」

と題し、

「卑屈な対米従属と変わることなく、

 実は精神的従属そのものにほかならない。

 反発と甘えの入

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日本の国家安全保障90年代 104

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

朝日新聞におけるその他の主張

1995年1月23日



朝日新聞「論壇」

では、

国弘正雄・参議院議員

が、

「『軍事費』を地震対策費に回せ」



主張している。

1995年5月5日には

香西茂・大阪学院大学、京都大学名誉教授(国際法)



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日本の国家安全保障90年代 103

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

大久保昭・国際法学者の主張

 大久保昭・国際法学者は

1994年8月2日の読売新聞朝刊で、

「戦後責任と日本外交」

と題し、

「国連の集団安保体制への積極的な参加とその強化こそ、

 憲法の精神にかなうものである。」、

「戦後責任問題の解決は、被害者の償い

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日本の国家安全保障90年代 102

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

志方俊之 元陸上自衛隊北部方面総監の主張

志方俊之・元陸上自衛隊北部方面総監は

中国の軍拡、領土拡張のための手段を選ばない行動や、

北朝鮮の特殊部隊によるゲリラ戦、ノドン1号などの弾道ミサイルの脅威

などに警鐘を鳴らし、

防衛計画の大綱の変更を、ある面では評

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日本の国家安全保障90年代 101

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

鳩山由紀夫・民主党代表(当時、のちに首相)の主張

 鳩山由紀夫・民主党代表(当時、のちに首相)は

雑誌「文芸春秋」1996年11月号に

「私の政権構想」

と題し、

安全保障政策を披露している。

鳩山由紀夫・民主党代表(当時、のちに首相)

は、

国連、A

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日本の国家安全保障90年代 100

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

菅直人・民主党代表(当時、のちに首相、現・立憲民主党最高顧問)の主張

菅直人・民主党代表(当時、のちに首相、現・立憲民主党最高顧問)



雑誌「文芸春秋」1999年6月号に、

「第9条は覚悟なくして変えられない」

と題して、

「専守防衛に徹し」、

「それ

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日本の国家安全保障90年代 99

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

小沢一郎 代議士(立憲民主党)・元自由民主党幹事長・元新生党代表幹事・元民主党代表の主張

1990年代に力があった

 小沢一郎 代議士(立憲民主党)・元自由民主党幹事長・元新生党代表幹事・元民主党代表は

 「普通の国」

として、

国連待機軍

や、

国連警

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日本の国家安全保障90年代 98

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

堤清二 セゾン・グループ会長の主張

西武鉄道グループ創始者・堤康次郎の息子で、

西武百貨店、西友で知られた西武流通グループを西武セゾングループ、セゾン・グループへと発展させた

堤清二 セゾン・グループ会長は

1996年(平成8年)4月の雑誌「世界」での対談で、

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日本の国家安全保障90年代 97

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

坂井定雄・龍谷大学法学部教授の主張

坂井定雄・龍谷大学法学部教授は

1999年9月11日の

朝日新聞「論壇」において、

「TMD(戦域ミサイル防衛)より多国間安保急げ」

と題し、

「軍事力による威圧をやめて、

 東北アジアの多国間安保体制、非核地帯条約を

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日本の国家安全保障90年代 96

#多様性を考える

国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代

オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代

金子熊夫・東海大学教授、元外務省外務参事官の主張

金子熊夫・東海大学教授、元外務省外務参事官は

 1999年7月27日の

朝日新聞「論壇」において、

「感情論やタブーは排し、核抑止力は本当に役に立つのかどうか、

 『核の傘』に代わる安全保障政策として

 期

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