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創作小説

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小説 梅の木と美しい人

小説 梅の木と美しい人

梅の花と桜の花の違いも分からなかった幼かった私。
11歳の私たちはお花見と言って、梅の木の下で友達とままごとみたいなピクニックをした。パイの実やハッピーターンなど、各々がお菓子を持ち込んで。
二月末のその時間は寒かったはずなのに、私たちは夢中でお菓子を食べて笑い話をした。少女漫画の話や学校の嫌いな先生の話。男子のうざいところ。

その時強い風が吹いて、梅の花が舞い上がった。向かいに座っていたリカち

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小説 母とチョコレートの苦い思い出

小説 母とチョコレートの苦い思い出

 チョコレートから目をそらした私は、母にこの存在を気づかれてはいけないと思った。
「やっぱり買わんくていいわ」
 私はそう言って、その場からすぐ立ち去ることを決めた。
「本当に良いん?俊先生、チョコ貰ったら喜ぶんやない?」
 お母さんはそう言うが元々私はチョコなんて渡したくなかった。家庭教師の大学生にひねくれた小4の私がバレンタインのチョコを渡してもお返しを面倒がられるだけだと思っていた。母の言葉

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小説 マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」

小説 マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」

未知と半同棲していた大学2年生の頃は、週に3,4回セックスをしていた。あれから5年経ち、今では月に1回するかどうかだ。でも、そんなことが俺が未知を好きじゃない理由とは関係ない。

そんなことを帰省帰りの電車の中で考えている自分はおかしいのだろうか。しかも、手術のために入院する母を見舞ったその帰り道だというのに。でも、帰り際の父の後ろ姿が頭に浮かぶ。

大切なこと何も言わない父。
明日母が手術をする

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創作小説 中島みゆき「悪女」

創作小説 中島みゆき「悪女」

新宿駅を出て、徹と暮らす部屋までの距離をスマホアプリで調べる。
甲州街道経由 3.3km 徒歩46分。

実家から中学校までの距離と同じくらいだ。自転車通学だったけど、大雨や雪の日は歩いて学校へ通った。ちょうどよい時間にバスも走っていない田舎だったし、朝早くから仕事に向かう母親に送迎を頼むことなんて出来なかった。川沿いの堤防を傘をさして歩いているとよく友達が乗った車に追い抜かれた。「優香ちゃんも乗

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創作小説 父と雪の日に

創作小説 父と雪の日に

 雪化粧という言葉を聞けば、実家の子供部屋からの景色が頭に浮かぶ。幼い頃、特別に寒い冬の朝は期待しながらカーテンを開けた。目の前は国道からそれた細い道、田園、ぽつんぽつんと立ち並ぶ家々。そんな退屈な景色が真っ白に覆われる。不思議とそんな雪が積もった朝は、静かなのだ。喧騒から断絶されたみたいな不思議な世界。桜がひらりと舞い落ちるのなら、雪はしんしんと。しんしんという音が聞こえるような気がした。

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創作小説 シルクロードを思い出して花束を

創作小説 シルクロードを思い出して花束を

青写真だな

心の中で呟く。
この街でシャッターを切れば自ずと青くなる。

本当の青写真の意味は図面などを複写する時に使われる写真技法のことなんだけど、ファインダー越しの世界を見て真っ先にその言葉が浮かんだ。

「サラーム」
イスラム圏ではお馴染みの挨拶の声をかけられ、振り返ると6歳くらいの少年が笑っている。
「フォト、フォト」
と言いながら自分と私を指さす。
写真を撮ってということなのだろうか。

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創作小説 香炉峰の雪、布団の中であなたと

創作小説 香炉峰の雪、布団の中であなたと

 布団から出て来ない聡に声をかける。
「ねえ、やっぱり雪が積もったよ」
「うーん、良かったね。薫ちゃん」
 そんな風に言ってくれるけど、起き上がる気配は無い。昨夜は数年に一度の大寒波の夜だったのに、聡は終電まで職場の同僚とお酒を飲んでいた。
「電車も止まってるみたい。でも、休日の朝だから助かったね」
 布団に丸まったままの聡からの反応はない。意地悪な気持ちじゃなくて、心からの優しさで、(人はそれを

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創作小説 花束に込めた思いは届かない

創作小説 花束に込めた思いは届かない

「お花ありがとうございます!大切に飾りますね」

そんなメッセージを見て、私は彼のことを愛していたんだと気づく。
それを認めざるを得ないくらい、どろっとしたどす黒い感情が胸に沸いた。

***

退職する今井君と私は、三年ペアで仕事をしていた。
三つも年下なのに自己主張の強い彼が最初は苦手だったけど、一緒に仕事をして内面を知る中で実は優しい人だと分かった。

私達は営業先に向かう車中で、マンガや漫

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小説 輪郭を辿る

小説 輪郭を辿る

インスタグラムのストーリーに表示されたのは、和也と美佳が手を握っている姿だった。布団で体を隠しているけど、多分、服を着ていない。ホーム画面に戻ると、ラインのアプリにも通知がたまっている。複数のライングループでこの写真についてコメントされており、通知が止まらない。この写真は美佳のアカウントで限定公開されていたけれど、わざわざ誰かがスクリーンショットで画面を撮影し、それを友人に送って、またそれを誰かが

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創作小説 水辺にて

創作小説 水辺にて

 その海は、故郷のものとは全然違った。凪という言葉が脳裏に浮かぶ。穏やかな水面と平行に飛ぶ海鳥たちは何度も橋を横切り、訪れる人達を歓迎しているかのようだった。瀬戸内海には七百以上の小さな島があるという。丸みを帯びた島々はまるで海に浮かんでいるようだ。東京から七時間も運転しているのに、疲れは全く感じない。アパートとバイト先を往復しているだけの日常では得られない高揚感だ。助手席に座る梨恵子も、退屈な素

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創作小説 散歩する妊婦

創作小説 散歩する妊婦

 大学進学で上京したから、こんなに長く名古屋の実家で過ごすのは十四年ぶりになる。その間に名駅の銀のぐるぐるモニュメントはなくなり、久屋大通公園におしゃれな商業施設が出来て、市役所駅は名古屋城駅になった。高校生の頃に通っていた本屋が数件閉店していたことも、私の中では大事件だった。なくなっていくもの、新しくうまれるもの、最近のこの街は変化が著しい。
「ハルちゃん、少しは運動したら?明日から、臨月でしょ

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創作小説 熱が出た日

創作小説 熱が出た日

 熱を測ったら三十九度だった。残業続きで疲弊している夫に幼稚園の送迎を頼むのがためらわれ、何も言わず自分でこなすことにした。四歳になる娘は私の手を握り「ママの手あっちちー」と言った。

 幼稚園から家に戻り、洗面所で洗濯と乾燥モードのボタンを押す。なんとか力を振り絞ったけど、朝食の食器まではとても無理だと思いそのままベッドに横たわる。

「おかゆにのりたまかけたから食べられる?」

「ありがとう」

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創作小説 AI診断運命の人

創作小説 AI診断運命の人

「洋二くんと私の相性は抜群だね。運命の人って本当にいるんだね」

 五年ぶりにできた彼女である美和子はそう言って上目遣いで俺を見る。うるっとした瞳で見つめられると胸が高鳴る。頬が緩まないよう感情を押し殺し、目の前のアイスコーヒーを口にする。

 俺と美和子の出会いは、マッチングアプリだ。二十八歳の誕生日、出会いのない毎日に焦った俺は、高い登録料を払って「AI診断 運命の人」というアプリをダウンロ

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五月に吹く風 創作小説

五月に吹く風 創作小説

 彼女が真面目な性格だということをよく分かっていたが、そこに書かれた文字を見ると、何とも言えないもどかしい気持ちが湧いた。持ち上がりで高二の担任となり、早速進路希望調査を行った。進学先を書く欄に、昨年も私のクラスに在籍していた河合という生徒が『歌手志望』と書いて提出したのだ。

 新学期の慌ただしさが落ち着いた四月末の放課後。カーテンをはためかせ、窓からグラウンドで練習する野球部の声と気持ちの良い

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