冬 佳彰

Amazon KDP、noteを中心に、時代小説、アクション、SF、ホラーなどジャンル…

冬 佳彰

Amazon KDP、noteを中心に、時代小説、アクション、SF、ホラーなどジャンル横断的に(自分が読みたい感じの)小説を自家生産中。スワム・ナーダ、伊澤圭、相川錠のペンネームも使用。

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記事一覧

時代掌編 『さみだれ佐平』

 ………どんな小さなものにも命って奴はある。  深川は冬木町の暗がりで、佐平は考えていた。蛙が鳴く。夜の空から落ちてきた雨粒がつま先を濡らす。  大した話は、佐平…

冬 佳彰
10日前
6

ショートショート 『不眠者の見る夢』

 地下9階、区画215に由子は眠っている。  深夜3時、僕は仮眠室を出て廊下を渡り、エレベーターに乗った。  どうせ眠ることはできないのだ。ベッドに横たわりウトウトし…

冬 佳彰
2週間前
9

ショートショート 『彼の食卓』

「確かに、あの記事は舌足らずだったと思っている」  亀本は言った。「暇を持て余す奴らが切り取って面白おかしく騒ぎ立てるには格好の言葉も含んでいた」 「先生の作家と…

冬 佳彰
3週間前
7

モデルの再現から降りることが、センスの目覚めである。『センスの哲学』

冬 佳彰
3週間前

「惰性・慣性の力」と対峙するために、我々はまず「神話の解釈」という観点を意識すべきではないか。持続不可能なシステム、そこから撤退すべきシステムを持続させようとするとき、政治家たちは「神話」を語りはじめるからである。「皇軍不敗」「原発安全」「百年安心」………『撤退学宣言』より

冬 佳彰
4週間前
2

ショートショート 『戦線離脱』

 塹壕の中は湿っていた。  ショベルで掘る時に千切ったのだろう、土壁の中、何かの幼虫の片端が白くうごめいていた。 「何だ、それ?」  同期の男が僕の手元を覗いて聞…

冬 佳彰
1か月前
11

バックヤード:創作途中でフリーズ

先に、以下で検討中だった話、某公募を念頭に400字詰めで70枚まで書き進めた。 で、途中で嫌な予感はしていたのだが、「これ、100枚に収まらなくないか? 加えて、話の流…

冬 佳彰
1か月前
6

ショートショート 『戦場のピノッキオ』

 焦げた臭いが大気に充満していた。火薬と、何かが腐敗している臭いがそれに混じっている。  メインストリートは瓦礫に埋もれていた。 「これ以上は、車じゃあ無理です」…

冬 佳彰
2か月前
13

生体による世界のシミュレーションが高度に複雑化し、それ(生体)自体のモデルをその世界に組み込まなければならなくなったときに意識が出現するようだ。(中略)つまり遺伝子の指令に依存しないで何らかのことをやる、またあえて政府の命令に抗して立ち上がることになる。『生命潮流』

冬 佳彰
2か月前
3

来世! 浄土! 救い! そんなものはきやしない 最初から神々は 人間など 愛していなかった ベータ型開発とは 破壊と消滅にいたる 開発のこと だったのだ!『百億の昼と千億の夜』

冬 佳彰
2か月前
2

(承前)いまの日本のメディアは「両論併記」の花盛りです。歴史的検証に耐えた学術的な主張と、実証的な吟味に耐えない資料や思いつきがあたかも等権利的な学説であるかのように併記されている。『街場の米中論』

冬 佳彰
2か月前
3

SF短編 『ペルソナ・ノン・グラータ』

 灼熱の夏だった。  僕はある都市の、比較的名前の知られた美大の学生だった。  ただし大学には、ほとんど行ってなかった。  早晩、僕の足元に暗い穴を開けるだろう破…

冬 佳彰
2か月前
12

技術は、それ自身に固有の偏向が内部に隠されているにもかかわらず、中立的だと信じられています。技術の誘導によって人間が何らかの良くない行動をとってしまっても、それは人間の奥深くにある邪悪な部分のせいになります。『デジタル生存競争:誰が生き残るのか』

冬 佳彰
3か月前
3

「表現された現実」の方がわれわれにとってはなじみ深く、現実そのものよりもはるかに扱いやすいからである。われわれは時としてそれをもっとも心地よい衣としてまとうことになる。そのために、このふたつはとかく混同されがちだ。神話や象徴を現実そのものと取り違えてしまうのである。『生命潮流』

冬 佳彰
3か月前
3

ショートショート 『招く猫』

 その客が来たのは、午後の八時近くだった。  書生の速水が来客を告げ、彼は客を庭に面した応接間に通させた。  客の名刺には、「田中一郎」とのみ記されていた。所属も…

冬 佳彰
3か月前
14

ショートショート 『家婆 IE-BABA』

「そんなこと必要?」  優子は言った。 「君だって嫌じゃないか? その、居もしない老人が………」 「ミヤコさん。きちんと名前を呼んで」  悟はため息をついた。  大…

冬 佳彰
4か月前
17
時代掌編 『さみだれ佐平』

時代掌編 『さみだれ佐平』

 ………どんな小さなものにも命って奴はある。
 深川は冬木町の暗がりで、佐平は考えていた。蛙が鳴く。夜の空から落ちてきた雨粒がつま先を濡らす。
 大した話は、佐平の頭からは出てこない。昔、近くに住んでいた坊主が言っていた。犬だろうと鼠だろうと、蟻だろうと、どんなものにも命って奴は宿っている。いや、その辺に転がっている石にだって命の種子は眠っていると。
 夜鷹を買い、博奕をする坊主だったが、説教だけ

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ショートショート 『不眠者の見る夢』

ショートショート 『不眠者の見る夢』

 地下9階、区画215に由子は眠っている。
 深夜3時、僕は仮眠室を出て廊下を渡り、エレベーターに乗った。
 どうせ眠ることはできないのだ。ベッドに横たわりウトウトしても、一時間もすれば目が覚めてしまう。
 もう苦しんだりはしない。
 僕たち不眠者は眠りを必要としていない。眠るのが普通だと考えるから苦しむ。今は普通の時代じゃあない。長い眠りを必要とする多くの人たちと、僕のように眠らないで済む少数派

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ショートショート 『彼の食卓』

ショートショート 『彼の食卓』

「確かに、あの記事は舌足らずだったと思っている」
 亀本は言った。「暇を持て余す奴らが切り取って面白おかしく騒ぎ立てるには格好の言葉も含んでいた」
「先生の作家としてのご高名もあってのことですね」
 早乙女は如才なく微笑んだ。「このインタビューでは、その説明不足だった部分を補足するお手伝いをさせていただきたいと考えています」
「スポンサーからもきちんと説明するように言われているよ。僕も人気商売では

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モデルの再現から降りることが、センスの目覚めである。『センスの哲学』

「惰性・慣性の力」と対峙するために、我々はまず「神話の解釈」という観点を意識すべきではないか。持続不可能なシステム、そこから撤退すべきシステムを持続させようとするとき、政治家たちは「神話」を語りはじめるからである。「皇軍不敗」「原発安全」「百年安心」………『撤退学宣言』より

ショートショート 『戦線離脱』

ショートショート 『戦線離脱』

 塹壕の中は湿っていた。
 ショベルで掘る時に千切ったのだろう、土壁の中、何かの幼虫の片端が白くうごめいていた。
「何だ、それ?」
 同期の男が僕の手元を覗いて聞いた。ここ二週間、我々はシャワーを使えていない。彼の酸いような体臭が匂った。
「今朝、支部から届いていたんだ」
 僕はごわついた粗末な封筒の口を破った。逆さにして中身を出す。
 薄暗い穴の底でも、収められていた書類の色は分かった。
「おい

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バックヤード:創作途中でフリーズ

バックヤード:創作途中でフリーズ

先に、以下で検討中だった話、某公募を念頭に400字詰めで70枚まで書き進めた。
で、途中で嫌な予感はしていたのだが、「これ、100枚に収まらなくないか? 加えて、話の流れが不自然、人物の行動原理が一貫していないんじゃない? 主人公からストーリーが離れすぎ」と、自分の心の声が大きくなってきた。

「しかし、一度、終わらせることが必要だな」と構成を見直したり、人物の背景を再検討したり、語る手法を変えた

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ショートショート 『戦場のピノッキオ』

ショートショート 『戦場のピノッキオ』

 焦げた臭いが大気に充満していた。火薬と、何かが腐敗している臭いがそれに混じっている。
 メインストリートは瓦礫に埋もれていた。
「これ以上は、車じゃあ無理です」
 運転手がルームミラーごしに言った。「あと500メートルってところですが………」
「後は歩きで行くよ。ありがとう」
 僕は言い、バッグパックを肩にPKFのジープを降りた。
「破壊されています」
 後から車を降りたEVE、通称ピノッキオが

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生体による世界のシミュレーションが高度に複雑化し、それ(生体)自体のモデルをその世界に組み込まなければならなくなったときに意識が出現するようだ。(中略)つまり遺伝子の指令に依存しないで何らかのことをやる、またあえて政府の命令に抗して立ち上がることになる。『生命潮流』

来世! 浄土! 救い! そんなものはきやしない 最初から神々は 人間など 愛していなかった ベータ型開発とは 破壊と消滅にいたる 開発のこと だったのだ!『百億の昼と千億の夜』

(承前)いまの日本のメディアは「両論併記」の花盛りです。歴史的検証に耐えた学術的な主張と、実証的な吟味に耐えない資料や思いつきがあたかも等権利的な学説であるかのように併記されている。『街場の米中論』

SF短編 『ペルソナ・ノン・グラータ』

SF短編 『ペルソナ・ノン・グラータ』

 灼熱の夏だった。
 僕はある都市の、比較的名前の知られた美大の学生だった。
 ただし大学には、ほとんど行ってなかった。
 早晩、僕の足元に暗い穴を開けるだろう破局の予感はあった。
 中学からの知り合いで、同じ大学の産業デザイン科に通う斉藤は、一旦、休学したほうが良いと忠告してくれた。
 それでも僕は、指一本動かせなかった。
 僕は子供の頃から絵を描くのが好きだった。上手いという自負もあった。
 

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技術は、それ自身に固有の偏向が内部に隠されているにもかかわらず、中立的だと信じられています。技術の誘導によって人間が何らかの良くない行動をとってしまっても、それは人間の奥深くにある邪悪な部分のせいになります。『デジタル生存競争:誰が生き残るのか』

「表現された現実」の方がわれわれにとってはなじみ深く、現実そのものよりもはるかに扱いやすいからである。われわれは時としてそれをもっとも心地よい衣としてまとうことになる。そのために、このふたつはとかく混同されがちだ。神話や象徴を現実そのものと取り違えてしまうのである。『生命潮流』

ショートショート 『招く猫』

ショートショート 『招く猫』

 その客が来たのは、午後の八時近くだった。
 書生の速水が来客を告げ、彼は客を庭に面した応接間に通させた。
 客の名刺には、「田中一郎」とのみ記されていた。所属も肩書きもない、名前だけだ。
 彼は書斎の椅子にもたれかかり、
 ………こんな夜更けに、初対面の男が何の用だと言うのか?
 首をひねった。
 彼も書生もすべての用事を終え、各々の居室ですごしている時刻だった。
 ………いっそ、明日出直すよう

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ショートショート 『家婆 IE-BABA』

ショートショート 『家婆 IE-BABA』

「そんなこと必要?」
 優子は言った。
「君だって嫌じゃないか? その、居もしない老人が………」
「ミヤコさん。きちんと名前を呼んで」
 悟はため息をついた。
 大学生にもなれば、機械のアシスタントの名前を呼ぶ、呼ばないなど意味を持たないことくらい理解しているはずなのだが。
「お父さんは好きじゃない。この家の中に、存在しないはずの誰かがいるみたいに生活するのは」
「存在すると思えば良いでしょう?」

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