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【ショートストーリー】お姉ちゃん
春は蝶々を捕まえて、夏は虫網で蝉やバッタを捕まえて、秋はコオロギを捕まえて虫ケースに土を入れて玄関に置いてコオロギの音色を子供心に楽しんでいた。
近くに同じくらいの子供がいなかったから。
幼稚園に通いたかったのに、引っ越して来たのが4月も過ぎていて入園をのがしてしまったらしい。だから友達は自然に住む生き物たちだ。でもこちらが何をしても痛いだの、どうだ?とも、当たり前だけれど喋ってはくれない。
【小説】好きの方向 vol.14
その日のアスファルトの道路が白く、歩道に生えている草も霜が降りて真っ白になっている。2月の冬の朝は、氷点下2℃の気温だ。
午後になって陽が差しかかっても気温は5℃にしか上がらなかった。
滋田桜子がアルバイトをして働いているこの倉庫の中も、コンクリートが敷きすめられて地面からの冷えが、氷の上を歩いているかのような冷たさだった。ボーリング場のレーンのような長い棚が相変わらず幾重にも並び、この日も
【ショートストーリー】フォローしているんですよ
川沿いの生える草にススキが目立つようになった。その光景は店内の大きなガラス越しから見えた。店内にも陽が差して、須磨田ルナは、眩しいと思った。
「いらっしゃいませ」アイビーのスリーピースのスーツを着た七三分けのツーブロックでパーマをかけた若い男性が対応した。
「株を現金化しにきました」ルナが言うと、
「分かりました。では、こちらの方にお掛けください」とその男性が席を案内した。
その男性の少しかす
【小説】好きの方向vol.13
歩道を歩く人々は、今の空のように黒く分厚いアウターを着て寒いせいか身を屈めるようにして歩いている。そんな人々が、忙しく歩いているように見えるのは年の瀬も近いせいだろうかと滋田桜子は、バスの窓越しから見て思った。
バスを降りて、電車の改札口を通ってホームに上がると、同じ軽音のサークルの宇田が待っていてくれた。
「店の予約は、里中先輩がしてくれてるんだよね」
「そうだよ」
電車が来たので、乗った
【ショートストーリー】梨と上司
仕事をしている時、別の部署の女性の上司の鎌本さんの実家が梨農園ということで少し安くなるらしいので、
「どうですか?」と、訊かれた。
先日スーパーで売っている梨の値段が高くて、「夏の終わり」と頭に思い浮かべる物で甘くてみずみずしい梨は、今年は食べずに終わってしまうのかと岸野華絵は思っていた矢先のことだった。
仕事なのにそんな仕事以外の話を。上司だから出来ることかな。
ある日、
「またそん
【小説】好きの方向vol.12
近くを通る店のほとんどは、ハロウィンの飾りからクリスマス仕様に塗り替えられていた。
時々吹く風は、滋田桜子のアイビー色のロングコートの裾をなびかせた。
大学を通う駅の改札口を通って、駅のホームで電車を待った。
あの手紙を里中先輩は、読んでくれたのかな?
軽音部のサークルの部費を渡す時、桜子は封筒の中に部費のお金を入れるのと一緒に手紙もいつも中に添えていた。「好き」や「愛してます」的な
【ショートストーリー】そんな日が来る
まるで白く長く伸びたベールが、天高い空になびいているかのようにみえる。もう、夏ではないことを知っているのか桜の葉はやや赤みを帯びて、風が吹くたびにその数枚の葉たちが落ちていく。
柏台みりが出勤するのに運転する車は、信号が赤になって停車中だ。この信号にひっかかると、この先の三差路で渋滞にあってしまう可能性が大きい。
信号は、青になって少しスピードを上げた。
やはり渋滞だった。ブレーキを