変かなわたし

季節の風が

秋の風が吹き始めました。

四季のある国に生まれながら
四季をめでる事の無くなった心は
寂しい気がします。

ゆとりがない、
そもそも 四季を感じる自然がない。

いろいろ 思い浮ぶ言葉はあるけれど
ほんの僅かでも
ほんのひと時でも

年に4回、5、6回
四季を楽しむ心を
失いたくはないです。

花も、木も草も
いつも そこに
命を生きている事に
気付きさえすれば良いだけなのに。

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100%

人の脳はほんの何%しか活性化されていない。
と 言われます。

でも 何%と言うのは
100%に対してと云う事ではないかと
理解していて、

それでは 100%の状態と言うのは
どんな状態なんだ。

と 屁理屈を言ってみたくなります。

相対するものがあって、
其れに対して どうであるかと云う事を
数字で表している。

でも 相対するものの100%状態と言うのは
貴方の100と私の100は違ってい

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龍の響き

雷が鳴っている。

家の周りをとぐろを巻いて
龍が 渦を巻いて
様子を伺っている。

「悪さする子はいないかえー」
「行儀の悪い子はいないかえー」と

家々を回って子供に恐怖を与える、

世の中には恐いものが一杯いるんだよ
と 教えて回る

余計なお世話の怪物達が

時空の狭間から 顔を覗ける。

私は唯ひたすらに
息を潜め 身を低く構え

過ぎて行くのを待っている。

自然現象の生業には
ひたす

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柳に風が吹く様に

柳が風になびく様に

人の言葉の言う通り
右へ揺れれば右の如く
左へ揺れれば左の如く

「ああ そうだね。
 其れも有りかな」と
曖昧な返答をする自分がいる。

そして 曖昧な返答をされた
話題の対象は

結構 影で傷つき
泣いてたりするのだ。

心の中では違うと思い

心の中では妙だと思い

自分の本心を問いもせず

その場、其の時に

無難な 曖昧な どちらとも取れる
どちらにもなれる 自分を

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守る

家族を守る。

同じ感覚で、国を
地球を守ると云う事が

出来ると言うのは凄いな と思う。

でも、そうして守らなければならない様な
状況にあるという事は、

其の事の方が、一寸おかしい?
とも 思ってしまう。

「守る」って、
相対するものがあって、

外的なものがあって、

敵対するものがある、

と云う事の前提の上に
生まれてくる言葉なんだろか。

唯 優しさや 愛おしさだけからでなく
責任

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音 楽

音が 心を震わせている

楽しい 音の
浪の 鼓動を伝えてくる

身体の中に
音が溶け込み

中心から世界へと

広がって

広がって行く

静止した湖面に
雨粒が跳ね返り

弾ける “楽”を
繰り広げる

音の 楽は
これ程に

心を眠りから目覚めさせ

明日への 希望を

謳い始める

カメラ

地図を片手に 歩いて行く

標識を頼りに 道を探す

街の角に
路地裏に

人の生活の場面があって
生きている 匂いがする

喧嘩する声
怒鳴る声

子供の 泣き声が通り過ぎ

手を繋ぐ
夫婦が横切る風景を

窓越しに
ガラス越しに

遠くから 見ている

思考は 全くの
休暇の中で

私は

唯 カメラとなって

シャッターを
押し続けている。

Tea

温かい液体が喉を過ぎていく。

一杯のお茶を
これ程ゆっくりと、手にする事は

遠い昔

まだ微かに
心は自由だと

思い込んでいた頃
求めていた感覚を



ふと

感じている。

日常の生活から
慣れ親しんだ 習慣の日々から

離れ

慣れてしまった 自分の居ない
空白の世界の中に居て

初めて 飲む事のできた

一杯の お茶。

忘れ物

休み方を忘れている。

“くつろぐ”だとか
“のんびり”だとか

どんな風に過ごせば良いのか

全く 馴染みがなくなっている。

ゆったりとした時間があったら、
私は どんな風に過ごしていただろう。

どんな風に 其の中に
とっぷりと 浸かっていただろう。

ゆっくりと
歩いて行ける 景色の中を歩いていたら、

私は どんな靴を履き、
何を楽しんで 歩いていたのだろう。

大きな言葉

スケールが大きいのは良いことだと思う
どれほど大きな器を持つ人間になっていくのかと思う

大きな事ができる人
広大な発想や視野を持って
広い世界で生きていく

幼い頃から
大きくて 広い世界に触れていれば
大きなことができたかもしれない

ちっぽけな
独りよがりな自分ではなくて

もっと広い あんな人も
こんな人も

多国籍の交差の中に

暖かく
包み込むほどの
愛を持てていたかもしれない と思う