【中世】平清盛(1118年〜1181年)

武士として初めて太政大臣に就任した平清盛は比較的有名であると思う。彼が太政大臣に就任したのは1167年、49歳の時であった。かつて大河ドラマでも平清盛は主人公になったことがある。覚えていらっしゃるであろうか?主演を松山ケンイチさんが演じていた。

清盛がいかにして、平氏政権と呼ばれる一時代を築き得たのか、そして平家が後の世に残していったものは何だったのか、考えていきたい。

平氏は桓武天皇の流れを

もっとみる
スキ有り難うございます。なるだけ多く発信していきたいと思います!
16

天下人と神社

こんばんわ。
守護神鑑定師の龍月(きみつき)です。

昔から日本の多くの成功者は、神社を《特別な場所》だと知って参拝してきました。
天下を取った人は必ずといっていいほど《特定の神社を信仰》しています。
その筆頭は【天皇家】の方々。
2000年以上前から、歴代の皇族は日本各地の神社を参拝してきました。
何故天皇家は、世界でもっとも長続きしている王家なのか?
その答えは…
【神社を造りお祀りしてきたか

もっとみる

平清盛が作り上げた貴族的権力構造(超高速日本史#05)

平将門の乱から約200年、いよいよ武士が天皇の権勢すら脅かす存在になりました。まず主役に躍り出たのは平清盛です。

(超高速解説)
鳥羽天皇の寵愛を受け日宋貿易を開始した忠盛。後白河天皇の寵愛を受け、子の清盛全盛へ。武士初太政大臣に任じられる。大輪田泊(摂津)を改修、日宋貿易拡大。金を輸出、陶磁器など輸入。娘徳子を高倉天皇の中宮とし、子の安徳天皇の外戚に。嫡男は重盛。

<<歴史単語の読み>>

もっとみる

「院政」開始で天皇家の権力頂点に達するも武士の活躍を許す結果に(超高速日本史#04)

後三条天皇が藤原摂関家に遠慮せず、摂関家や寺社の荘園を整理する「延久の荘園整理令」を出したことで、天皇家が俄然勢いを増してきます。その流れをさらに増したのが子の白河天皇。150年ほど続く院政を編み出しました。権勢の維持のため、武士の力も借りたことで武士が台頭することにもつながった時期を見ていきます。

(超高速解説)
後三条の後、白河天皇が即位。堀河天皇に譲り上皇となり院政開始(1086)。 鳥

もっとみる

日本史が面白くなる3つの視点(経済編)

はじめに

どうもヤスダトモヤです。
我が国の歴史を学ぶ際、多くの人は暗記科目の認識があると思います。しかし、3つのポイントを押さえて歴史を見ると割と面白くなるのではないかと筆者は考えております。
但し、試験では役に立ちませんが。

さて、その次の3つのポイントとは何か。

それは、「地形」「経済」「権威(天皇、征夷大将軍)」です。

今回は「経済」についてご紹介します。

米経済VS銭経済

もっとみる

保元の乱 忠通・頼長・義朝の分析

保元の乱は藤原忠通と藤原頼長という摂関家の内部対立と、近衛天皇崩御にともなう鳥羽王家の後継者争いが絡んで起こりました。重仁親王・守仁親王・八条院のなかから鳥羽法皇は守仁親王を選択します。明暗を分けた崇徳・後白河・忠通・頼長の行動が保元の乱につながりました。

崇徳・後白河・忠通・頼長の行動・性格などを検討し、源為義・義朝・平清盛が上皇方・天皇方に動員される理由、双方の兵力と戦闘経過を学びます。

もっとみる

京都府内の石造物⑪:祇王寺五輪塔(平清盛供養塔)

名称:祇王寺五輪塔

伝承など:平清盛供養塔

所在地:京都府京都市右京区嵯峨野鳥居本 祇王寺

嵯峨野の祇王寺は『平家物語』ゆかりの寺として知られ、元来は浄土宗の往生院と言う寺院で、明治時代に一度廃寺になったが復興して今日に至っている。

本堂内には祇王・祇女や平清盛の木像が伝わり、また境内には平清盛の供養塔と伝承される五輪塔があるが、これは鎌倉時代後期と推定される完形の五輪塔であり、京都市内の

もっとみる

近畿地方の石造物③:戒光院五輪塔(伝・平清盛供養塔)

名称:戒光院五輪塔

伝承など:平清盛供養塔

所在地:兵庫県明石市大観町 戒光院

JR明石駅から徒歩十分ほどの所にある戒光院は、平安時代末期に平清盛が播磨守在任時に再興した寺院であると言う。

境内には鎌倉時代後期の造立で、三メートルを超える大型の五輪塔があり、これは清盛の甥の忠快が清盛供養のために建てたものと伝承される。

五輪塔の年代と伝承は合致せず、実際に清盛と関係のある石塔なのか判然と

もっとみる

近畿地方の石造物②:清盛塚層塔(伝・平清盛供養塔)

名称:清盛塚層塔

伝承など:平清盛供養塔

所在地:兵庫県神戸市兵庫区 清盛塚

JR兵庫駅から徒歩十分ほどの所にある十三重の層塔は、古くから「清盛塚」と通称され、鎌倉時代に九代執権の北条貞時が造立した平清盛の供養塔と伝承されてきた。

層塔の台座には弘安九年の銘文があり(二枚目)、確かにそれは貞時が執権だった時期の年号であるが、銘文からは清盛との関係も貞時との関わりもわからない。

清盛が開き

もっとみる

「平成31年」雑感 上皇と改元と憲法と

■「上皇」の誕生

▼来週から世の中はわーわーと改元騒ぎになることだろうから、その前にメモしておこうと思う。

▼去年は将棋の羽生善治氏が無冠になり、今年は大リーガーのイチロー選手が引退し、その他にも「平成」の終わりを象徴する出来事が相次いでいる。

これからどういうことが起きるか、誰もわからない。ただ、「上皇」が誕生すること、「改元」の時期、「憲法」との関係、この三つは「事実」として確定している

もっとみる