清水裕貴 / マインドフルネス瞑想コーチ

くらしの中にマインドフルネスをとり入れ、心と身体を休めながら元気に。/ マインドフルネ…

清水裕貴 / マインドフルネス瞑想コーチ

くらしの中にマインドフルネスをとり入れ、心と身体を休めながら元気に。/ マインドフルネス瞑想講師、理学療法士

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カッコいい方を選んでみる

こんにちは。マインドフルネスコーチ 清水裕貴です。 『一人を慎む』 奈良県吉野の大峯山で千日回峰行という荒業を満行された塩沼亮潤大阿闍梨という方が師匠からいただいた言葉で、僕が好きな言葉です。 一人の時にこそ、自分を慎み律して振る舞うという意味だそうで、誰かが見ていても、誰も見ていなくても同じように振る舞うということです。 少し身近な言葉で表すなら、「人目を気にしない」という言葉が近いのかもしれません。 ただ、「人目を気にしない」は、誰かが見ていても全く気にしないよ

    • スッキリと日常を生きるコツみたいなもの

      こんにちは。マインドフルネスコーチの清水裕貴です。 ヨガで身体を動かしたり、瞑想した後は身体や心がスッキリして心地よく感じますよね。だから、身体が重く感じたり、気持ちがモヤモヤしている時にヨガや瞑想をしてスッキリしたくなります。 それが最近、自分がこのスッキリ感にこだわってしまって、自分の殻にこもっていることに気づきました。 このスッキリ感を味わっているのを邪魔されたくなりし、ずっとこのスッキリした感じでいたい。というように。 僕たちは普通に生活をしていたら疲れるのは

      • 丁寧に動くときに意識するようにしていること

        こんにちは。マインドフルネスコーチ清水裕貴です。 所作が丁寧な人をみていると、こちらも心が落ち着くような気がしませんか。 ですから、自分自身も丁寧に動く人でありたいなあと思っています。 でも実際は、日常の中では忘れてしまっていますし、気づくとセカセカしていることも多くて、ガッカリすることも度々です。 先日も、洗い終わった食器を片付けていると、「もうちょっと静かにできない?」と奥さんから言われました。 確かにその時は、早く終わらせたいと思っていたのもあって、ガチャガチ

        • ヨガの八支則からみる野球部が坊主頭にする理由

          なぜ野球部は坊主頭なのか? こんにちは。マインドフルネスコーチの清水裕貴です。 野球部だった中学生の頃、ずっと疑問に感じていました。そして現在、ヨガをするようになって、その理由が少しだけわかった気がしています。 そして、その理由は、自分が自由でいられることとも繋がっていると感じています。 ヨガには八支則と呼ばれるものがあります。この八支則は、悟りに至るための行程として記されている八段階のステップです。 ①ヤマ、②ニヤマ、③アーサナ、④プラナーヤーマ、⑤プラティヤハー

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        • はじめてのマインドフルネス
          10本
        • 理学療法士の『読むだけヨガ講座』
          5本
        • 10分間気づき日記
          4本

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          Yoga的な使命の見つけ方

          こんにちは。マインドフルネスコーチの清水裕貴です。 「やりたいことが見つからない。」 と悩む時、苦しいのはやりたいことが見つからないからではない気がします。 本当は、これをやっていくんだ!と心から思える使命のようなモノがわからないからじゃないでしょうか? ヨガでは、使命のことをダルマと呼びます。あの七転び八起きのだるまさんと同じダルマです。 確かに、使命と呼べるモノであれば、七回転んだとしても、八回目も起き上がってくることができるんじゃないでしょうか・ このダルマは「

          自分を緩めるマインドフルネス

          こんにちは。マインドフルネスコーチの清水裕貴です。 最近、自分の呼吸を意識したのはいつでしょうか? 当たり前にあるものほど意識しないものかもしれませんが、呼吸もその一つじゃないでしょうか。 呼吸の数を1分間に8回だとすると、1時間で480回。そして、1日24時間に換算すると11,520回になります。 普通に生活していると1日に1万回以上も呼吸をしているんですね。 だけど、1万回のうち1回も意識することはなかったりもします。 そんな呼吸は、”息”とも言います。ヨガな

          自分を緩めるマインドフルネス

          お掃除ロボットとマインドフルネス。

          こんにちは。マインドフルネスコーチ 清水裕貴です。 「マインドフルネスとは何か?」 本を読んでもgoogleで調べてみてもピンとくるものがないなあとと思っていました。 昨日の夜、しっくりくる表現をプラムヴィレッジのホームページで見つけました。 『マインドフルネスは、私たちの内側や周りで、いまこの瞬間に起こっていることに触れ、私たちの心を体に戻す時に生み出すエネルギーのようなものです。』 (プラムヴィレッジHPより引用) 心を体に戻すという表現が無理なくできそうでいい

          お掃除ロボットとマインドフルネス。

          まわりに優しくなるマイルール。

          こんにちは。 マインドフルネス瞑想コーチの清水裕貴です。 自分が正しいと信じる道を進むのはカッコいいと思います。 けれど、自分が正しいと信じる行動をしている時、無意識に周りの人に対してあなたは間違っているとメッセージを発してしまう可能性もあります。 正解はこれ!と強く信じていることほど、裏返すとそれ以外は間違いだと思っているものですから。そして、そういう空気感ははっきりと言葉で表していなくても、態度や言葉の端々から周りに伝わるものです。 例えば、僕の場合、「子育てのコ

          まわりに優しくなるマイルール。

          私を優しく迎えてくれるもの

          呼吸に意識を向けておく。 たったこれだけのことなんですけど、意識はすぐにいろんなところを彷徨いはじめます。 今朝も子供の進学のことを考えていたり、洗濯機がガタゴトと動く音が気になったり、昨日やり忘れていたことを思い出したり。頭に様々な考えや感情が次々に浮かんできていました。 そして、そのことに気づいたら、呼吸に意識を戻すことを作業としてただ繰り返しました。 その途中で、意識が呼吸から離れたことにダメ出ししている厳しい自分にも気づきました。 それでも、意識が呼吸に戻っ

          花粉症と。鼻詰まりと。鼻呼吸と。

          花粉症の方にはキツイこの季節。僕の周りでも「この時期は本当に大変」「薬がないとやっていけない」という声をよく聞きます。 目や鼻の周りが赤くなっていたり、グシュグシュされているのみているだけでも本当に辛そうなのが分かります。 おかげさまで、僕は花粉症ではないようで季節的な症状はありませんが、子供の頃から慢性鼻炎だったので、季節を問わず一年中鼻が詰まっていました。 過去形で書いたのは、ヨガを始めて数年で鼻炎の症状がかなり解消されたからです。 ヨガや瞑想は鼻呼吸が基本ですが、

          花粉症と。鼻詰まりと。鼻呼吸と。

          自然体。自然な呼吸。

          ゆったりと呼吸してみると気持ちにゆとりが生まれるように、呼吸は心と身体とを結びつけてくれます。 呼吸を自然体にしてあげることで、心も自然体になっていきます。 ところが、意識した途端に自然な呼吸ができなくなってしまうのが一筋縄ではいかないところです。どうやら、ふだん無意識でおこなう呼吸と意識しておこなう呼吸とでは、指令を出している脳の部位が違うらしいんです。 ということは、意識して自然な呼吸をするのは不可能なのか?と思ってしまいます。そこで役立つのが意識を呼吸の動きから離

          丁寧に生きる魔法の言葉。

          THIS IS ME. 映画『グレイテスト・ショーマン』でご存知の方も多いかもしれませんね。 これが私。 日本語にしてみると、どこかネガティヴな感じもしますし、「(残念だけど)これが私なんだよね。」という諦めのニュアンスを含むようにも思えます。 諦めるという言葉の語源は、明らかにするという意味だそうで悟ることでもあります。 そのせいか、ヨガやマインドフルネスをしながら心の中でつぶやいてみると、自分に素直になれる瞬間があります。 遠くまで手を伸ばしたり、思いっきり脚

          ヨガという小さな旅行。

          先週の日曜日、京都でヨガのリトリートクラスに参加してきました。 場所は京都にある大きな禅寺妙心寺。 お寺でのヨガや坐禅は開放感があって静かで、空気も澄んでいるのでとても気持ちがいいです。 そんなクラスの冒頭、「本当にそうだな。」と感じた講師HAIDER氏の言葉がありました。 「今日は2時間と短いですが、小さな旅行だと思って楽しんでください。」 そう。ヨガは小さな旅行なのです。 旅行に必要なことってなんでしょう?つまり、これがないと旅行とは言えないということ。 遠

          大切にすること。執着すること。

          嬉しさと寂しさは一緒にやってくる。 昨日の休日の昼間、リビングで子供達が遊んでいるのを眺めながら嬉しさと寂しさを一緒に感じていました。 仲がよくてよかったなとか楽しそうやなという嬉しさを感じる一方で、何年かしたらそれぞれで遊ぶようになって、いずれはこの家からも出ていくんやなという寂しさも感じていました。 きっとそれは、時間が常に流れているからで、今のまま変わらないものはないからです。 だから、大切にしながらも執着はしないというスタンスでいようと思う。 大切にすること

          大切にすること。執着すること。

          仲間がいると瞑想の励みになる。

          仲間に支えられているのかもしれない。 先日の坐禅会に参加して感じたことです。 朝早く起きて、家族がまだ眠っている中、一人で瞑想する時間は心地いいものです。自分のペースで過ごすことができるからです。好きなペースで動き、心地いいペースで呼吸する。そして、注意が向いていることに寄り添ってみることもできます。 ただ、自分一人ということには厄介な面があって、気になることに向いた意 識を自分自身で止めることができなければ、心静かに過ごすことができなくなります。いくらでも理由をつけて

          仲間がいると瞑想の励みになる。

          丁寧に。ゆっくりと。

          我が家の昨日の晩ご飯はカレーでした。 子供の好きなご飯といえばカレー、というのは昔も今も変わらないように思います。わが家の子供たちもメニューがカレーの時は食の進み方がいつもと違います。 昨夜も一皿目を食べ終えた次男が「おかわり!」と皿を差し出しました。その皿を受け取りながら「どれくらい入れる?」と奥さんが尋ねると次男は少し考えて「ちょっと」と答えました。 この場面では”ちょっと少なめ”という意味だけど、よく考えると”ちょっと多め”でもおかしくないよなと思いながら、そのや