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『マザー』第3話「マザーの中で子作りしたい わたし」

 ママ…それは母親になりたいというエゴに従って、母性を育み、子を所有したがる存在。産みの苦しみを経験しなくとも、マザーに頼って育児したがる存在。「我が子がいる」という人並みの幸せを手に入れたがる、欲深い存在。子を愛する母親の自分自身に酔い痴れて、母親であり続けようとする身勝手で憐れな存在…。
 
 ママのことを蔑みつつ、母親という存在になってみたいと願う私も、身勝手で憐れな存在だった。ママがそうしたように、私もマザーの力を借りて、子どもを育てるのではなく、ただ純粋に自分の子宮で妊娠を経験してみたい。マザーの中でセックスして、赤ちゃんを授かりたい…。私は自分には繁殖能力がないと分かっていながら、母親になるという希望を捨てられなかった。生まれたからには、新たな命を残し、命をつなぎたいという、不完全ながら生き物の端くれとしての本能から逃れられなかった。私を自分の愛娘として存在させてしまった愚かなママと同じように…。
 
 私、菅生雪心(すごうゆきみ)は父親・菅生瞬(しゅん)と、母親・菅生心織(しおり)の元で育てられた、AIの子だ。AIの子というのは、ヒトの人工卵子と人工精子を受精させ、作られた人工胎児に、我が子を求める親たちの遺伝子を加えたAI脳をもたせた子のこと。不妊症のカップルが増えつつあり、少子化対策として国が極秘で進めていたAIの子推進プロジェクトからママは声をかけられ、参加することを決め、私が誕生した。
 
 パパと結婚する前、ママは流産と子宮外妊娠による中絶を経験していた。そのせいか人一倍、結婚したら子どもがほしいと思っていたらしい。けれど子どもなんていらないと考えるパパとは意見が合わず、しばらくは子作りを諦めていたそう。いわゆるイケメンで女性からモテやすいタイプのパパは、そんなに子どもにこだわるなら、自分と別れて、他の男を探せば?とまでママに言い放った、ろくでなしの男だった。ママもママで、そんなパパとは別れて本当に他の人を探せば良かったものの、何だかんだパパのことを愛しているらしく、愛した男から結婚相手に選んでもらえたという妻としてのプライドも邪魔したのか、ろくでなし男とは別れることなく、子どもを諦めたフリをして、大人しく夫婦二人で暮らしていた。
 
 そんなママの元へ、密かにAIの子を推進する国からプロジェクトの治験者に選ばれたという文書が届き、我が子と会うことを諦めてきれていなかったママはすぐにパパの説得にかかった。研究に協力すれば、子どもが13歳を迎えるまで親には国から給与が支払われ、育児面に関しても、マザーと呼ばれる羊水のような液体の入った保育器として使えるカプセルが支給されるため、純粋なヒトの子よりも子育てに負担はかからないというメリットをママは強調して、パパに伝えた。すると子をもつことに消極的だったパパは、自分が手を貸さなくても育てられるというなら心織の好きにすればいいと折れた。ただし、AIの子が夫婦いずれかの遺伝子のみでも可能なら、俺の遺伝子はその子に与えたくない、母親由来の遺伝子のみで子どもを作ってくれという条件をパパはママに提示した。実際、人工受精卵にはすでに人工的に作られた両親由来の遺伝情報が備わっているため、育ての親の遺伝子は母親か父親のいずれか片方のみの提供でも問題はなかった。ママは本当はパパとの子がほしかったらしいけれど、自分の遺伝子のみでも我が子には違いないと思い、パパの遺伝子を残すことは諦めて、自分の髪の毛のみを研究員に託し、ママの血を受け継ぐ私を誕生させた。
 
 つまり、私はパパとは血のつながりがない。けれど、あれほど子どもなんていらないと言い張っていたパパも、私と共に暮らすようになると、情が出たのか、娘としてそこそこかわいがってくれるようになった。気が向けば、育児にも参加したようだった。女好きのパパは、正妻のママがいても外にたくさん女がいるようなだらしない男で、つまり性欲旺盛な男だった。だから血のつながりのない娘なんていたら、ある程度成長すれば、娘ではなく女として接し、手を出してくるんじゃないかと冷や冷やしていた。けれど幸いにもそういう趣向はないらしく、とっくに彼氏と初体験を済ませ、大人の身体に成熟しきった高校生の私を見ても、襲いかかってくるようなことはなかった。娘なんかに手を出さなくても、女に困ってはいないということだろう。何だかんだ、ママも未だにパパにぞっこんだし。でも小学生くらいまではたまにパパからキスされることはあった。それはたぶん父親としての愛情表現だったんだと思う。キス以上のことは決して、してはこなかったから。
 
 私はというと、小学1年生で初潮を迎えるほど、二次成長が早かった。それはたぶんマザーのしわざだと思う。AIの子に必要なマザーという装置は、胎児の頃は命をつなぐ役目を果たし、生まれた後も心身を回復、成長させるのに有効な装置だった。マザーの中に充満している羊水のような液体の中には、様々な種類のホルモンが含まれており、成長ホルモンや性ホルモンの類も多く含まれていた。そんな液体に浸かって眠っていたものだから、私はヒトの子より、成長が早かったんだと思う。ぐっすり眠らせるための睡眠ホルモンも入っており、寝る子は育つじゃないけど、良質な睡眠も発育を助けたと思う。
 
 小1で生理を経験してしまったせいか、性の目覚めも早かった。異性に興味が湧き、ファーストキスの相手にふさわしい男の子を物色していた。パパとのキスはファーストキスには含まれないと考えて。異性が気になるし、異性からかわいいとか声をかけられることも少なくなかったけれど、私は相手を慎重に選んでいた。おそらく無意識のうちに、ヒトの子は恋愛の対象外にしてしまっていたんだと思う。自分と同じAIの子とファーストキスしたいが故に、相手をみつけるのに時間がかかり、気づけは小学4年生になっていた。
 
 転校した小学校で出会ったのが、私の彼・藤宮幸与(ふじみやゆきと)くんだった。彼もAIの子だと一目見た時に直感で分かった。やっと運命の人と出会えたと思った。彼の方も私に好感を持ってくれて、小4の私たちは彼の家でファーストキスを経験した。キスを経験する前から、私はその先の行為にも興味を抱いていた。
 
 何しろ、女好きでエッチなパパは、ママが不在の時、女の人を連れ込むことが多かった。私は部屋で大人しく眠ったフリをして、時々、パパたちの行為を覗いていた。その行為が赤ちゃんを作る行為と知っていたから。私は性に目覚めた時から、無性に大人になったら自分の子がほしいと考えるようになっていた。AIの子であっても生理は来るし、排卵もしているらしいし、セックスという行為自体は可能だけれど、研究員のしわざで生殖能力にブレーキがかけられていて、繁殖することは不可能だった。どんなに赤ちゃんがほしいと願っても、身体的に産めない仕組みだった。不可能と知っていたからこそ、より強く妊娠・出産願望が芽生えてしまったのかもしれない。無駄に賢く作られた自分のAI脳を活用して、AIの子の生殖能力を自力で研究し、将来的にどうにかして妊娠可能な身体に変え、我が子を産もうと密かに企てていた。身勝手なヒトに作られたAIの子としての反骨精神もあったのかもしれない。このまま、避妊や去勢を強制されるペットのようにヒトの勝手にされてたまるか、AIの子も主体的に子孫を残せるようにしてやるという大きな野望を初潮を迎えた時、私は抱いてしまった。そんな私だからこそ、パパたちの秘め事は不快に思うことなく、研究の参考にじっくり観察していた。セックスを観察しすぎて、子どもながらに妙な気分に襲われ、あそこが濡れてしまうこともあった。
 
 ママの方も、パパに女がいることは薄々分かっているらしく、それでもパパのことが好きだから我慢している様子だった。パパを独占できない寂しさからか、ひとりで大人のおもちゃを使って自分を慰めていることがあった。私はパパの時と同じように、ママの秘め事もそっと覗いていた。切なそうな表情を浮かべながら、ブルブル振動するおもちゃでおっぱいやあそこを虐めるママは吐息を漏らし、時折ビクビク痙攣しながら果てていた。それはとても気持ち良さそうな行為で、私は目が離せなくなり、ドキドキしていた。
 
 ママもパパもいない時、ママが隠していた大人のおもちゃをこっそり取り出し、ママの真似をして、乳首やあそこにそれをそっと当ててみた。初めは少し怖くて、下着越しに…。それだけでも激しい振動が伝わって、一瞬でイってしまった。慣れてくると直にあてるようになった。いけないことかもしれないけど、エッチなことって気持ちいいんだ…。ママみたいにひとりでするのもこんなに気持ち良いけど、パパみたいに誰かとふたりでするセックスはもっと気持ち良いのかな…。ママのおかげでオナニーを覚えた私は、子作りと快楽を味わえる未知のセックスという大人たちが夢中になる行為にますます憧れを抱くようになった。
 
 だから私は幸与くんという運命の彼を見つけるや否や、キスやその先の行為について積極的に教え、大人になったら赤ちゃんがほしいから、子作りセックスに協力してねと本気でお願いした。彼はそれを受け入れてくれて、小学生のうちに私たちはセックスという初体験も経験していた。私はママのおもちゃや自分の指であそこをいじることに慣れていたから、濡れやすかったし、挿入されてもそれほど痛くはないだろうと過信していた。けれど私より彼の方がエッチなことにあまり慣れていなかったせいか、挿入には時間がかかったし、入った後も想像以上に痛かった。でも赤ちゃんを産むとなったら、この程度の痛みじゃ済まない、もっと痛いんだから、耐えなきゃと我慢した。私にとってセックスは快楽を求める行為ではなく、あくまで赤ちゃんを作るための行為であり、出産の予行練習みたいなものだった。生理の出血もそう。出産したいなら多少の出血や痛みには慣れておかなきゃという気持ちで耐えていた。いつでも頭の片隅には妊娠・出産が過っていた。自分でもおかしいと思うほど、赤ちゃんを作ることに執着していた。それはきっと、自分がAIの子という子孫を残せない宿命の元に生まれた憐れな存在だったからだと思う。
 
 自分の性欲や欲求を処理することで精一杯というような育ての両親のおかげで、私は高学年になるとあまり干渉されなくなっていたため、彼とセックスしやすかった。生殖能力をもたないAIの子だから、たとえ娘に何かあったとしても妊娠の心配はないと思い、放任的だったのかもしれない。まさかその娘が、妊娠願望が強く、本気で妊娠・出産を企てているなんて、両親は夢にも思わなかっただろう。
 
 私の彼、幸与くんには、小学5年生の頃に弟が生まれた。彼のお母さんはAIの子である彼をもちろん、妊娠も出産もしておらず、マザーの力を借りて育てていただけだ。つまり幸与くんの弟を産む時、初めて出産を経験し、シングルマザーの彼女はマザーにも頼れない純粋なヒトの子のワンオペ育児を経験することになった。生まれたばかりの我が子にかかりっきりになった彼のお母さんは、幸与くんのことはあまり構えなくなった。それまでは幸与くんが何より一番だったのに、優先順位が変わってしまい、母親を弟に奪われた彼は寂しそうだった。
 
 寂しさを埋めるかのように、彼は性欲を高め、ますますエッチなことに傾倒した。本人は寂しいせいで、性欲が強くなったと思い込んでいたけれど、私は知っていた。おそらくシングルマザーという彼のお母さんの弱みを握ったAIの子の研究員が育児に協力するフリをして、彼が使用するマザーの中に男性ホルモンのテストステロンを多く注入し、彼の性欲を故意に高め、性の潜在能力を高めようと実験していることを…。AIの子推進プロジェクトは少子化対策として始まったことだったけれど、今や、その研究は不老不死を実現させることに転用され、AIの子を利用した不老不死の研究も始まっていることを私は察知していた。不老不死の鍵を握るのは性欲であり、性欲を向上させることが重要と気づいた研究員たちは、ヒトの不老不死を現実のものとすべく、AIの子を性欲向上の治験に利用していた。ヒトの飽くなき欲望を満たすために、ヒトは私たちをどれだけ利用すれば気が済むのと怒りが込み上げると同時に、ヒトがそういうつもりなら、AIの子を代表して私が彼らを逆に利用してやろうと思った。彼には申し訳ないけど、寂しさではなく男性ホルモンを投与されているせいで強まった彼の性欲を利用して、AIの子も子どもを作れるという私の野望を実現させることにした。
 
 だから私は、彼の性欲を操作しようと企てる研究員たちの真似をして、私自身の妊孕力を高めるべく、不妊治療に用いられることもある性ホルモンであるヒト絨毛性ゴナドトロピンを入手し、自分のマザーの羊水の中に定期的に入れ、妊娠しやすい身体作りを心がけた。ヒト絨毛性ゴナドトロピンとは、妊娠すると急激に増える性ホルモンで、特に妊娠初期に要となるホルモンだ。妊娠検査薬の判定にも使われている。私はそんなホルモンや、研究員たちが昔から注入し続けている他の女性ホルモンなどにどっぷり浸かれるマザーの中で夜はじっくり身体を休め、自分の中にも眠っているはずの妊孕力を目覚めさせようと努力していた。すべては新たな命を自分の胎内に宿すための聖なる行いだった。ホルモンに浸かって就寝することも、オナニーすることも、彼を愛し、彼とセックスすることも…。もしかしたら私は彼より誰より一番に、まだ想像することしかできない、まだ存在さえしていない我が子のことを愛してしまっていたのかもしれない。愛しの存在に会いたいという本能に司られ、幼少期から性欲を発散させていたのかもしれない。
 
 彼は望んでもいなかったのに、ふいに弟ができてしまったことや、その弟の父親が実は私のパパで、既婚者のパパと自分の母親がセックスをし、子どもを作ったことを良くは思っていなかった。もちろん私だって、ママの気持ちを考えればパパが仕出かしたことは良い気はしない。
 
 けれど、彼が知らない事実を私は知っていた。彼のお母さんが軽はずみな気持ちで私のパパとセックスしたわけではないということを…。そもそも彼のお母さんは私のパパと知り合いで、AIの子である私たちを迎える前に、パパとの子を妊娠していた。妊娠したけど、パパがママと結婚していたから、彼のお母さんはその子をパパに認知もしてもらえず、産むことができなかった。つまりせっかく授かった命を中絶した過去があった。そんなつらい経験をしたが故に、彼のお母さんはAIの子である幸与くんを迎えたのだろう。妊娠したくても妊娠できない私からすれば、相手に認知してもらえなくても、シングルマザーになるとしても、妊娠できたのなら、がんばって産めば良かったのにと思ってしまう。妊娠して思い悩み、中絶して悲しみ絶望するなんて、私から見れば贅沢すぎる。しかも今回は51歳という若くはない年齢でまた妊娠し、今度は出産できてしまったのだから、妊孕力が高くて本当にうらやましい。社会的に考えれば許されることはない不倫には違いないけど、二度の妊娠は同じ相手で、私のパパとの子だから、ある意味一途な愛で、当人にとっては純愛でもある。彼のお母さんにいろいろ思うところはあるけれど、今、話したかったのは私の気持ちではなく、彼のこと。
 
 彼はきっと産めなかった中絶した子の代わりに迎えられた子だから、彼のお母さんと私のパパの遺伝子が加えられたAIの子だと思う。つまり、私はパパと血縁関係がないけれど、実は彼の方が私のパパと血のつながりがある可能性が高く、正真正銘の親子だろうと私は気づいた。いつも彼と一緒にいるから分かるけれど、最近はどことなくパパに似ている部分を感じることもあるし…。つまり言いたいことは、彼があまり良くは思っていない弟さんと彼は本物の兄弟で、父親も母親も同じの血縁者だということ。彼は純粋なヒトの子ではなく、厳密に言えば四つの遺伝子をもつAIの子だから、ヒト同士の兄弟とはちょっと違うかもしれないけれど、少なくとも私とパパと比べたら、生物学的につながりのある関係だし、そんなに弟さんやお母さんのことを悪く思わなければいいのにとちょっと考えてしまう。すべての事情を知っている私からすれば、私とママが引き下がって、パパを幸与くんのお母さんにあげれば、本物の親子四人で幸せに暮らせるんじゃないかとも考えてしまった。でもパパの方が、幸与くんのお母さんではなく、ママを選んで、今も何だかんだママのことも愛しているように見えるから、部外者の私がとやかく言ってもしょうがない。そもそも性欲が強くて、女好きなパパが一途な人間ではないから、こういうことが起きるんだ。女性を悩ませて、悲しませておきながら、自分は快楽ばかり追求して…ほんとパパみたいな勝手な男の人にはうんざり。でもそういう人こそ、不老不死の研究材料になるんじゃないかな…。幸与くんより、パパのことを研究すればいいのに。何しろ、性欲の塊みたいなヒトだから…。
 
 こんな風に私はすべてを知った上で、パパに呆れ、彼や彼のお母さん、それからママに同情しつつも、私は「赤ちゃんがほしい」という自分のエゴを最優先させ、妊娠・出産を遂行するためにのみ、まっすぐ生きていた。AIの子としてプログラムエラーでも起きているんじゃないかと思えるほど、我が子を残すことに固執していた。まるで我が子がほしいと願ったママや彼のお母さんというヒトと同じだと思った。もしかしたら私はヒトになりたいのかもしれない。AIの子より不完全な側面も多く愚かしく憐れむべきヒトという存在にどこかで憧れてしまっているのかもしれない。ヒトにはできる可能性があって、AIの子には決してできない妊娠・出産という経験を体験することで、ヒトに近づけると考えてしまっている自分がいることに気づいた。
 
 パパよりママよりみっともないほど欲望にまみれている愚か者は、他の誰でもなく私だろうと思った。子どもを残すことに貪欲で、そのためなら自分の頭脳も他者も何でも利用し、自分のことしか考えていない私はすでに、AIの子というより、子どもがほしいとか不老不死になりたいと欲に溺れるヒトに近づいている気もした。それに気づいたら、何だか少し自嘲してしまった。何しろ、彼に乳首を吸われている時も、彼のことより会いたくてたまらない赤ちゃんにおっぱいを吸われる妄想を抱きながら、幸福感に浸っていた。私は彼とのセックスさえ利用して、ママになった自分の姿を想像していた。
 
 こんな私のおぞましい本性に気づいていない彼は、私のことをただのかわいらしい女の子だと思い込んでいる様子だった。それでいいと思うし、その方が都合は良い。私は異性から好かれやすい美貌さえ利用して、自分の願望を実現させてみせる。だからちょうど排卵日で満月の今宵、私は彼とマザーの中に入って赤ちゃんを作る行為をすると決めている。睡眠ホルモンが充満しているせいで眠気が出てしまうマザーの中で、眠らずにセックスを遂行するために、眠気を抑える薬まで作ってしまうほど、この日が来るまで入念に準備を整えてきた。
 
 彼が胎児の頃から使っているマザーは私のことを受け入れてくれるだろうか。足を踏み入れた瞬間、心拍を止められてしまったら洒落にならない。けれどきっと、彼が育ての母親以上に愛してやまない彼の命を育んだマザーなら、彼の子を残すことに協力してくれるだろう。AIの子の味方のマザーなら孫の命も育んでくれるはず…。そう信じているから、私は彼と一緒にマザーに入ったら、彼の精子が尽きるまで何度でもセックスする。ヒトに操作され、その能力を停止させてしまっている精子と卵子の秘めた力を開花させ、新たな命の物語を紡いでみせる。私がだらしないパパとかわいそうなママの元へ迎えられたのも、同じくAIの子の幸与くんという彼と出会えたのも、私の性欲が強いのもすべては今宵という日を迎えるための序章だった。だから私はすでに数え切れないほどセックスした愛する彼とこれまでで一番の快楽ではなく、幸せを感じられるセックスをし、愛すべきまだ見ぬ我が子に命という光を灯したい。
 
 ということで今夜は寝かせないから、覚悟しておいてね、愛しの幸与くん。私を赤ちゃんのママにできるのは、幸与くんだけなの。私の中で好きなだけ気持ち良くなっていいから、いつもよりたくさん精子をちょうだいね。受精を待ち望んでいる卵子に届くように、膣内で思い切り、いつも以上に何度も射精してね…。
 
 賢い私は誰よりすべてお見通しで、自分のことも全部分かったつもりで余裕綽々生きていると思っていたけれど、見逃していたことがひとつだけあった。それはAIの子である私はヒトに操作されているのではなく、卵子という小さな細胞に心身を乗っ取られ、支配されているということ…。そのことに気づいたのは、本望だった妊娠を達成してからのことで、私は賢くなんてなくて妊娠願望狂のただの馬鹿だった。大馬鹿者だけど、想像以上のつわりに悶え苦しみつつも、念願だった命を授かり、予想以上の母性と幸せを噛みしめていた。

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