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ながつきの短編小説

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長月龍誠の短編小説集です。愛しの作品たちです。気になった作品があったらぜひ読んでみてください。
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【短編小説】勇者の日常(#itioshi)

【短編小説】勇者の日常(#itioshi)

《約2300文字 / 目安5分》

「若き英雄! 19歳の青年が大悪党を滅ぼす!!」

 あれから10年が経ち、そんな見出しも最近では見なくなった。

 特注のダイニングテーブルでコーヒーを片手に、窓から差し込む光で新聞を読む。世界は平和になったなと感じて、気持ちよく新聞をとじる。ありがとうと言葉に出す。これが俺の毎朝のルーティンだ。

 10年前のことはよく憶えている。俺が剣を握り、悪魔を滅ぼす

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【短編小説】カプセル型の薬|ポンコツ博士の研究室(#青ブラ文学部)

【短編小説】カプセル型の薬|ポンコツ博士の研究室(#青ブラ文学部)

《約1400文字 / 目安3分》

 昼寝をしていたんだと思う。私はソファから起き上がり窓を開けた。小麦色の空の奥から太陽がひょっこり覗いていて、沈みそうでまだ沈まない、この時間帯が愛おしい。

「助手よ、きれいな眺めだね」

 気が付くと博士が隣にいた。不意にも私はドキッとしてしまった。博士の顔が、今日はちょっと凛々しく見える。

「博士、なんだかお若くなりました?」

「何を言っているんだ。僕

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【短編小説】青写真|ポンコツ博士の研究室(#シロクマ文芸部)

【短編小説】青写真|ポンコツ博士の研究室(#シロクマ文芸部)

《約1300文字 / 目安3分》

「青写真っていうんだよ、これは」

 博士がなにやら寂しげな表情をして写真を見ていた。気になったのでバレないように博士の後ろから私も写真を見ていたのだが、どうやらバレてしまったらしい。

 写真には、海を眺める麦わら帽子をかぶった女性の背中が写っていた。

「この女性って誰なんです?」

「……昔の、ちょっとした知り合いかな」

「とかいって、元カノだったり?」

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【短編小説】死神の涙

【短編小説】死神の涙

《約1700文字 / 目安5分》

 雨が降る都会の街で、適当にそこら辺を散歩していた。いや、散歩というよりは浮遊。わたしは幽霊だ。

 毎日こうやって浮遊していると、見たくないものを見てしまう日がある。今日はまたそんな日。

 ビルの屋上、柵を超えて小さな少年が立っていた。少年は泣いている。いや、顔に雨が当たって泣いているように見えるだけかな。悲観というよりかは絶望の顔。

 なんでこんな小さい

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【短編小説】地球(#シロクマ文芸部)

【短編小説】地球(#シロクマ文芸部)

《約500文字/目安2分》

 最後の日。星がぽつんぽつんと一つずつ消えていくのを僕は眺めていた。

 それは切なかった。僕だけが取り残されるような感覚。でもそれは違くて、どっちかというと僕が星から離れている。孤独。

 なんてこともないただの日常が、ぷつりと終わりを迎える。星がすべて消えて、衛星が最後に消える。それから山、海、森、とうとう立つための地面も消えて、僕は空に放り投げられた。一瞬ですべ

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【短編小説】愛を込めて、メリークリスマス(#絶望のメリークリスマス)

【短編小説】愛を込めて、メリークリスマス(#絶望のメリークリスマス)

《約4400文字/目安10分》

 今日はクリスマスだ。定番の歌、笑顔、どこからか聞こえる鈴の音、にぎやかな街を背に、俺は憂鬱な気分だった。俺は街の雑踏から逃げるように空港へと向かった。

 12月25日、今日は美咲が東京に来る。

 美咲と付き合い始めてから、今日でちょうど4年か。高二のときのクリスマスは、たしか雪が降っていたような気がする。その日の学校の帰り道、俺は美咲に告白した。あのときの嬉

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【短編小説】破壊したい愛

【短編小説】破壊したい愛

 《約800文字/目安3分》

 私はゴミだ。
 ポテトチップスが入っていた袋、塩気が残っている袋。

 いま私は、アスファルトの上に転がっている。アスファルトの冷たさと小石が体に刺さって、とても痛い。

 私は目を閉じた。

 そのとき風が吹いた。強い風だ。

 ぶわっと吹いた風は、私を宙に浮かせて、一回転させた。

 私は驚いて目を開けると、目の前には大きな空があった。

 そして、遠くには苦

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【短編小説】最悪の一日

【短編小説】最悪の一日

《約4400文字/目安10分》

 いい朝だ。

 まぶたは軽く、すっきりした目覚めだった。

 時計を見てみると、三時だった。

「……は?」

 俺は焦って体を起こし、横の窓のカーテンを開けた。外は雨が降っていて、薄暗かった。曇り空だから暗いのであって、夜ではなさそうか。

 どうやら、午後のほうの三時に起きてしまったみたいだ。

「あぁ……寝すぎた。俺の日曜日がもう終わる……」

 俺はカー

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【短編小説】ありがとうを言えない

【短編小説】ありがとうを言えない

《約2600文字 / 目安5分》 

 温かいご飯の匂い。

「よーし。こんなものかな」

 ママは私をおんぶしながら、鼻歌交じりにご飯の支度をしていた。リビングの方を振り向くと、いつの間にか薄暗くなっていた。いつもこんな時に、パパが帰ってくる。そう思うとワクワクが止まらない。

「完成……かな。ここみ、ご飯できたよー」

 歌声がママの背中から聞こえてくる。ご飯、できたのかな。ママの肩に精一杯手

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【短編小説】なんてね。(下)

【短編小説】なんてね。(下)

 その時、世界から音が消えたかのように感じた。

 喉に唾が通る。

「……そういえば、言ってなかったね」

 水面を見ると、二つの水の揺れが交差していた。

「えっと、あたしは」

 緊張が走り、自然と手に力が入る。
 彼女は下を向き、ゆっくりと口を開ける。

「……やっぱり、やーめた!」
「えっと……は?」

 いきなり顔を上げて、彼女は笑う。場の緊張が一気に緩み、俺は芸人みたく転びそうになっ

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【短編小説】なんてね。(中)

【短編小説】なんてね。(中)

 この女は中学生くらいだろうか。肩まで伸びた甘いキャラメルのような茶髪の女。所々ボサボサした髪にちょっとだけ愛嬌がある。そんなことを考えるぐらい余裕が出てきていた。

 あれから何分も、この女は小さな手で俺の腕を掴み走っている。

 一定のリズムの足音と一緒に、段々と鳥のさえずりが大きくなっていく。この女から目をそらすと、近くの小さな森が俺らを見ていた。きっと、この女は森に入ろうとしているんだろう

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【短編小説】なんてね。(上)

【短編小説】なんてね。(上)

 心惹かれる物語に憧れる。だが、憧れるだけではない。

 薄暗さが残る早朝。今日も俺は、物語に出会うため旅へ出る。

 ◇

 甲高い音が教室を駆ける。

 俺はいつの間にか高校二年生だった。
 平日には高校へ行き、休日には家でだらだら過ごす。それをただただ繰り返す。
 くだらなくて、つまらなくて、俺はありきたりで普通すぎる日常に飽きていた。
 そんな俺は、もちろん非日常に憧れていた。どうすれば日

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