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不連続ノート小説「ないものはない」

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記事一覧

不連続ノート小説・ないものはない(8)「誰も知らない」

不連続ノート小説・ないものはない(8)「誰も知らない」

 自分はそんなに性格が悪いとは思っていない。むしろ、そんなことを言っている奴らの性格の方がよっぽど悪い。
 魚住玲にとって、自分の言動がそんなに非難されるとは思っていなかった。俺はただ、みんなが思っていることを包み隠さず言ってやっているだけなのに。

 クリスマスを数日後に控えた小学三年生のある日、サンタクロースの正体が自分の両親だと偶然知ってしまった。普段は入らないであろう外の蔵の中に置いておけ

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不連続ノート小説・ないものはない(7)「罪人の選別」

不連続ノート小説・ないものはない(7)「罪人の選別」

 近くの立体駐車場に停めた暖房の効いたスカイラインから出ると、冬の風の冷たさが私の頬を撫でた。太陽によって雪はあらかた溶けているとは言え、気温は十一度とそう高くない。ここから宇都薫の通っていた青葉高校までは歩いて五分ほどなので、その時間を堪えうるくらいの寒さへの免疫はまだあるつもりでいる。しかし、コートのポケットに忍ばせたホッカイロをとても有り難く思っているので、年々その耐性は弱まっているのかもし

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不連続ノート小説・ないものはない(6)「ある夏の日の面影」

不連続ノート小説・ないものはない(6)「ある夏の日の面影」

 寒い。いくらブレザーを羽織っているからと言っても、床が冷たいのでスラックスの布越しに冷気を感じていて、意味が無い。そして、体育館の両端に設置された大きい電気ファンヒーター二台だけではこの十二月の寒さをカバー出来ないと思う。周りの女子たちは膝掛けを足に掛けてスカートから出た脚を暖めている。こういう時、女子は羨ましいし、何かちょっとズルい。男子でも膝掛けを持ち込むことに違和感が無い世の中になってくれ

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不連続ノート小説・ないものはない(5)「黒い家」

不連続ノート小説・ないものはない(5)「黒い家」

 よくドラマでホワイトボードに写真や被害者の情報が貼り付けられているシーンがある。しかし、あれはドラマ視聴者に事件の情報を伝えるために、判りやすく可視化させているのであり、実際にあんなことをしていたら重要な情報をマスコミに垂れ流してしまうことになる。その為、捜査の内容は全て書面にて捜査員に配布されることになる。今回の事件も、その例に漏れない。

「それでは、二係の会議を始めようか」

 係長の名古

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不連続ノート小説・ないものはない(4)「あの日の恩人」

不連続ノート小説・ないものはない(4)「あの日の恩人」

 その日は朝から雪が降っていた。

 昨日までは青空が広がっていたのに、今朝起きると窓の外は空が白かった。メガネを掛けない状態で空を観たのと、起きてすぐに空を観たので焦点が合わなかったのとで、彼女がその白い世界の中にふわりふわりと舞い落ちるものの正体に気付くまでにまあまあの時間を要した。

 ――ローファーで行くの止めようかな、滑ると大変だし。

 そんなことを思いながら、筥崎李都は寒さを堪えて制

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不連続ノート小説・ないものはない(3)「眠れる王子はかく語りき」

 幸い飲酒はしていなかったので私の車で行くことも可能だったが、自分の車で行って駐禁を取られることほど警察官として本末転倒なことは無いので、電話をして来た東堂巡査部長に近くのコンビニまで迎えに来てもらうことになった。家は隣の多摩区の登戸なので、現場の菅生までは車で飛ばしても十五分は掛かる。

 本当は宮前区内に家を構えたら楽なのだが、警察官はいつ異動の辞令が下るか判らないので、今が楽でも次は小田原署

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不連続ノート小説・ないものはない(2)「埋まらぬ空白」

 夢の中で、元素記号を暗唱していた。水平リーベ、ボクの船、七曲がりするシップスクラークか――。その先も画期的な覚え方をしていたはずなのだが、全く覚えていない。部屋に元素周期表のポスターを貼っているが、文系の十河史織にとってそれは美術館の絵と同等、つまりは考える対象では無くて鑑賞する対象であり、ただの飾りに等しかった。

 そのポスターは一昨年に、高校の図書館で不要なポスターや雑誌の付録を無料でプレ

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不連続ノート小説・ないものはない(1)「束の間の我が家」

「靴下は裏返さないでください」

 そんな貼り紙がその朝、洗濯機の蓋に貼り付けてあった。直接言えばいいのに、何でこんなまどろっこしいことをするのだろう。こんなことをするのは、高校一年生の次女の瑞稀ぐらいしかいない。大学生の長女のいち華はもう反抗期を卒業しているはずだし、小学五年生の末っ子の恵一がこんなことをするはずが無い。むしろ、遊び盛りのあっちの方が靴下を泥まみれにして帰って来るのだから、洗濯機

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不連続ノート小説・ないものはない(プロローグ)「アディオス」

 石焼き芋のトラックが、い~しやぁ~きいもぉ~と声を出しながら、横を通り過ぎる。

 スマホの時刻を観ると、六時十五分。もうそんな時間か、と思いながら、須藤幹嗣は学校からの帰り道を歩いていた。十二月の空には一面にもう濃紺の海が広がっていた。

 別に家に帰っても、ただ机に齧りついて受験勉強をするだけなので、このまま帰っていても、どうにもつまらない。親からは小言を言われるだろうが、あの家に帰るとどう

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