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短編小説

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【超短編小説】もしも雨なら

【超短編小説】もしも雨なら

「どうか、雨が降りますように……」
私は教室の窓からくもり空をにらんだ。

          ⭐︎

図書委員である私は、放課後はたいてい図書室のカウンターに座っている。本を借りにくる生徒は少ないので、好きなだけ本を読むことができるこの時間は至福の時だった。

そして最近、図書室にあの人が来るようになった。決まって雨の放課後だ。
いつの間にか、雨の放課後が待ち遠しく思う自分がいた。
あのヒトの黒

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【超短編小説】白か黒か

【超短編小説】白か黒か

三月、桜の蕾が膨らむ頃、保護猫の譲渡会場で私は迷っていた。
白い子猫にするか、黒い老猫にするか。
ずっとずっと、猫が飼いたかった。

          ⭐︎

小学生の頃、仲良しの友達の家には大きな茶トラのオス猫がいた。遊びに行くと、いつも茶トラはするりと部屋に入ってきて、ベットに飛び乗り丸くなるのだった。私達の話が盛り上がると、眠っているはずの茶トラの耳がときおりピクッと動いた。 
「もうずい

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【超短編小説】バレちゃった

【超短編小説】バレちゃった

「家でパンを焼いていそう」。それが私の第一印象だった。

小学生の頃からそう言われ続けてきた。きっと福々しい外観のせいだろう。家庭的な女性だと周囲に思われ続けてきた。学生時代の彼からも手作りのお菓子を期待され、それが叶わないと彼は私から離れていった。

時は流れ私は会社員になった。仕事の疲れで日々体は重く、朝目覚めても疲れが取れない。鏡を見れば口角炎が目立つ。毎日自炊すべきなのだろう。

休日には

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【60秒の物語】ニヤニヤ天使

【60秒の物語】ニヤニヤ天使

「ねぇ、歯を削るのって愉快なの?」

かけられたタオルが邪魔で前が見えない。歯医者の他に、何者かが口の中を覗いているようだ。どうやら天使らしい。

「愉快かって、君、歯を削るのに愉快なことがあるか」

「じゃあどんなことを考えてるの?」

「神経に響きませんように、とか、痛くありませんようにとかだ。麻酔をしているから、痛いわけじゃないけど、体が硬くなっちゃうんだ」

「怖いってこと?」

天使はニ

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【短い物語】タンポポと双子

【短い物語】タンポポと双子

双子の精霊が私の前に現れたのは、まだ冷たい風が吹きつける冬の終わりだった。

「お兄ちゃん、もう寒くて歩けないよ」

「よし、このタンポポの根元で風をしのぐぞ」

枯葉、枯れ枝で作ったミノムシのような分厚い外套を胸元でたぐり寄せ、双子の幼い精霊は私のギザギザとした葉の陰に潜り込んだ。ぷっくりとした頬が南天のように赤い。

私は列車を見下ろすブロック塀の隙間を安住の地にしていた。三メートルほどの高さ

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リラックス小説「森とわたしと」②

リラックス小説「森とわたしと」②

40代ひとり暮らし、20年勤めた会社を辞めたばかり。マンションの部屋からはいつも森が見える。

7月/当たり屋ハッチと懐かしのメロンクリームソーダ(後編)ミツバチのような可愛らしさはなく割と巨体だが、かと言ってスズメバチのように尖ったおしりもしていない。良いハチなのか、悪いハチなのか。しばらくするとハチは体当たりをやめて、森の方へ飛んでいった。恐るおそるベランダへ出て、エアコンの室外機周辺や壁など

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リラックス小説「森とわたしと」①

リラックス小説「森とわたしと」①

40代ひとり暮らし、20年勤めた会社を辞めたばかり。マンションの部屋からはいつも森が見える。

7月/当たり屋ハッチと懐かしのメロンクリームソーダ(前編)
子どもの頃から夏が苦手だった。暑いし、怠いし、汗をかくし。そして、苦手なくせに、夏の終わりはいつだって少し寂しかった。

退職したばかりで時間を持て余したわたしは目標を立てた。夏が苦手な自分を変えるのだ。夏の空はきらいじゃないんだよな……。水色

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短編小説「カラスは何でも知っている?」

短編小説「カラスは何でも知っている?」

ぼくには秘密がある。それは毎日マンションのベランダにやってくるカラスと友達だっていうことなんだ。友達のカラスは名前を「カラス森さん」といった。

「なんだよカズ、まだ決まらないのか?」

カラス森さんは話し方がコロコロ変わる。ぼくの呼び方も「カズキ」のときもあれば、「カズ」「カズちゃん」「カズ坊」なんて時もある。今日のカラス森さんは5レンジャーのレッドみたいにハキハキとしゃべった。

カラス森さん

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【短編小説】ファンファーレ

【短編小説】ファンファーレ

午前九時、東京駅上越新幹線改札前。鳴子祐司は部下の瀬波を待っていた。冷凍食品会社で課長補佐を務める鳴子は、高級焼きおにぎり開発のために新潟県南魚沼市に瀬波と商談をまとめに行くところだった。

鳴子は上機嫌だった。商談がうまくいきそうなことに加え、新幹線に乗れるからだ。機嫌のよい時は学生時代から続けているトランペットのタンギングを口の中で行うのが鳴子の癖だ。脳内で吹奏楽の名曲「オリエント急行」が始ま

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【短編小説】魔法をかけてみろ

【短編小説】魔法をかけてみろ

「まるで魔法みたい。シュワシュワして綺麗だね、マサコちゃん」

姪の小春はテーブルの上に頬をのせ、グラスに入った琥珀色のビールをうっとりと眺めている。炭酸がだいぶ抜けたビールは、小さな泡をグラスの底から静かに立ち昇らせていた。
井の頭公園を見下ろす高台にあるこの古いマンションを小春は気に入っていた。「ちょっと昔っぽいところがいい」と小学四年生になったばかりのくせに言うのだった。
彼女の母親・羽根子

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【短編小説】廻るプロペラ白い花

【短編小説】廻るプロペラ白い花

深大寺のなんじゃもんじゃの木をテーマに書いた物語です。愉しんでいただけたら嬉しいです。

「新宿御苑の桜、きれいでしたよぉ」
職場の後輩ヨネダモモコが、彼氏とのツーショット写真を見せながら言う。「このマウンティングモンスターが」と心の中で舌打ちをした。何が桜だ。わたしは深大寺でしっとり落ち着いた大人のひと時を堪能してやる。四月末のある晴れた金曜日、有給休暇を取得したわたしは調布駅のバスロータリーで

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【短編小説】ラッコ譚

天井裏にラッコの親子が住み着いてから、もう二週間になる。そう、きっかり二週間だ。なぜそう言い切れるかといえば、小学二年生の夏以来、ずっと日記をつけているからだ。

小学二年生の夏、休み中の課題として出された絵日記を毎日欠かさず書きつけ、絵も丁寧に描き、色鉛筆ではみ出さないように、きれいに塗りつぶした。

九月に提出したところ、放課後職員室に呼ばれ、先生に大いにほめられた。先生曰く、「例年、八月末に

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【超短編小説】ホントの名前

【超短編小説】ホントの名前

 上村さんの名前が本名ではないと知ったのは、梅が花開き、スギ花粉が舞いだした頃だった。

 「おはようございます」

 ウェブでの打ち合わせが始まり、パソコンの画面に上村さんの爽やかな顔が映し出された。

 「おはようございます。あれ、今日は背景が違いますね。いつもの牧場の画像じゃないんだ」

 上村さんはウェブでの打ち合わせの時は常に、乳製品企業の社員らしく牧場の画像を使用していたが、今日はどう

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【短編小説】けがれなき人

平安時代、お世話係の少女が主人公の短い小説です。(第17回坊ちゃん文学賞応募作)

「あな汚や。臭うてたまらん」
 調理場の使用人が、小袖の端で鼻を覆いながらわたくしの傍を通り過ぎて行きます。

 このお屋敷のおわいを集めるのが、わたくしの主なお勤めでございました。つねに身体にそれらの匂いがこびりつき、誰からも嫌がられるお役回りでした。この屋敷の中で昔から親しく口をきいてくれるのは、たった

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