可能なるコモンウェルス〈80〉

 評議会と呼ばれた政治体が実際に出現してきたそのとき、一般的な見方としてそれは「革命的な解放闘争などにおいて出現してくる、本質的に一時的な機関であるのにすぎない」(※1)ものだと考えられていたのは、アレントも証言している通りである。
 その反面において、「恒久的・持続的に機能する機関」として、常に人々の念頭に置かれていたのは、言うまでもなく「議会制もしくは政党制」なのであった。その考えを信奉し支持する人々は、代議制=代表制統治の他には、何らの有効な代案もありえないと、その恒久性・普遍性を当然のことのように考えていた(※2)、いやむしろただ単に「考えていただけ」ではなく、「その前提を必然的なものとして現実を支配しよう」とさえしていた。そして、そのような自らの「信念」にもとづいて「あらかじめ考えられていた統治形態を、人民に押しつけるために革命を利用しようとする、種々の運動のイデオローグによって、評議会は正しく理解もされなければ、とりたてて歓迎もされなかった」(※3)わけであり、かえって彼ら「現実主義的なイデオローグ」の巧みな印象操作によって、「評議会は、あたかもロマンティックな夢であるかのように眺められ、ある種の幻想的なユートピアが、ほんの一瞬真実となって、いわばまだ生活の『本当の事実』を知らない人々の、その望みのないロマンティックな渇望として示されたものだ、というように考えられて」(※4)さえいたのであった。そこにはそもそも「正しく積極的な理解や歓迎」どころか、いっそ嘲笑さえも誰に憚られることなく顕わにされていたものであっただろう。 
 もちろん、評議会に関わる人々自身においては、他の誰に嘲られ黙殺されることになろうとも、現に為している彼ら自身の活動が、まさしく「現実に根ざしているもの」だという自己意識がある限り、「その現実に忠実であろうとすることで、自ずと現実的であろうとしていた」ものであっただろう、「自分たちの活動の原点とはまさしく、何をおいてもこの現実の変革にあるのだから」として。「現実的であること」は、評議会に関わる人々にとってはまさしく、「自分自身であることの矜持であり理念であり、それら全ての起点・原点なのだ」と考えられていたはずだろう。
 「評議会の出現は、国の政治的・経済的生活の再組織、あるいは新しい秩序の樹立と結びついている」(※5)とするアレントの言をあらためて引いてくる限りでは、少なくとも彼ら評議会の人々自身において、あくまでも自分たちの直面する現実と、自分たちに「為しうる限り」の可能性が、その活動の延長線上においてなら結びつけうるものだとして考えられていたというように見ることは、必ずしも誇張とはならないのではないだろうか。
 ともあれ、だからこそ彼ら「評議会は、自らを革命の一時的な機関であるというように見なすことを一貫して拒み続け」(※6)たのであり、またそのような一般的な「先入観=偏見」に対して反対する意味合いをも込めて、自らの成さんとしている活動を「統治の永久的な機関として樹立するために、あらゆる試みを行なってきた」(※7)はずなのである。
 しかしそのように、「現実の中から出発しつつ現実的に立ち振る舞うことで、新しい現実を作り出そう」という、彼ら自身にしかできないことだと自認し、彼ら自身の誇りを懸けた「事業」だった評議会の、その当事者の人々は、一方で「近代社会の統治機構が、実際どれほど巨大な管理機能を果たさなければならないか理解できてはいなかった」(※8)と、アレントは厳しく評している。
「…評議会の致命的な誤謬は、いつでも、彼ら自身、公的問題への参加と公共の利益にかかわる物の管理あるいは経営とをはっきり区別していなかった点にあった。…」(※9)
 要するに、彼らは彼らで「見えている現実だけが、現実そのものなのだ」というように、どこかで取り違えてしまっていたのだ、ということのようである。
 もしもここで敢えて、彼ら評議会の人々を批判するとしたら、むしろ彼らのそういった誤謬や「無能力」よりも、「評議会」を彼ら自身の「運動そのもの」としてではなく、その「運動の結果として創設された機関」として捉えてしまったことに、「いつどこででも必ず自発的かつ自然発生的に出現してきた、その《個別の》評議会が、どれもみな《一様に》挫折してしまった」理由もまた、見出せるのではないだろうか。結局のところそこでは「運動の普遍性」ではなく、「結果の個別性」が事象の本質として受け取られてしまったわけであり、それゆえに評議会の「運動そのもの」も個別的な分断を免れえなかったのだ。言い換えると、そのような「個別的な分断」においてこそ、「それぞれ個別の評議会は、それぞれ個別的な現象として、その一時性=特異性に還元されてしまった」というわけなのである。

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 アレント「革命について」
※2 アレント「革命について」
※3 アレント「人間の条件(※原注)」志水速雄訳
※4 アレント「革命について」
※5 アレント「革命について」
※6 アレント「革命について」
※7 アレント「革命について」
※8 アレント「革命について」
※9 アレント「革命について」志水速雄訳

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