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うるわしき台湾東部を想う
日本ほど多くはないものの、台湾も世界有数の地震大国です。特に東部、今回も起きた花蓮(かれん、現地読みでホワーリエン)は多発地帯。「台湾で地震」というニュースを耳にして、「また花蓮ではないか」と思うと半分以上は当たってるぐらいです。
花蓮に対する私の印象は、「山と岩とワンタンの町」。
台湾島の中央部には、この島の背骨というべき大山脈が走っています。その山脈には富士山以上の高山がいくつもあるのだか
煩悩喫茶Agua「恨む、憎むはダメですか?」
いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ。
ご注文:アイスコーヒーとバナナパンケーキ
熟したバナナをつぶして生地にたっぷり混ぜたパンケーキは、タイの離島リゾートで初めて食べて以来、私がよく作るおやつです。お好みで、ゆるく泡立てた生クリームをお付けできますが、いかがですか?
30才前後と思われるその女性のお客様は、小さな声で「じゃ、少し」と答えました。そして召し上がっている間もその後も、スマホも
煩悩喫茶Agua「わたしがフリーライターになるまで」
前回の「やりたいことがわかりません」のお客様のご要望に応えてのお話になります。
私の本業はフリーのライター兼編集者です。この仕事についたきっかけをよく聞かれますが、「ずっと目指していたんでしょう?」「夢をかなえたのでしょう?」と言われることはもっと多いです。ところが、むしろその逆。こうしてライターになってしまったのが、自分でも不思議です。
学生時代の私は、マスコミ関係者が嫌いでした。テレビ
煩悩喫茶Agua「やりたいことがわかりません」
いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ。
ご注文:レモンティーとサバラン。
ラム酒入りシロップをたっぷりしみこませたサバランは、私がたぶん一番好きなケーキです。シロップは甘さ控えめ、ケーキのてっぺんに付ける生クリームも無しというリクエストで、知人のパティシエに作ってもらっています。
「ぼく、サバランが好きで、結構あちこちの食べましたけど、これはスポンジ自体が美味しいし、全体的に甘すぎなくていい
煩悩喫茶Agua「あの子のために泣いてもいいですか?
いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ。
ご注文:アメリカンとチーズサンド。サンドイッチは他に、卵とコンビーフもございます。
「中身は、きゅうりとチーズだけでしょう? 何でこんなにおいしいのかしら」
ありがとうございます。おかげさまで評判が良いんですよ、何てことない材料なんですけどね。きゅうりは皮をむいて厚めに切る、ちょっと塩気の強いオランダ産チーズを使う、マーガリンの代わりに塩とマスタード
煩悩喫茶Agua「あきらめがつきません」
いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ。
ご注文:ももジュースとバタートースト
「ぼく、果物ではももが一番好きなんです。もものジュースを出すところなんて珍しいですね」
国内の生産者さんを応援したくて、当店のジュースはすべて国産100%ジュースなんです。そちらは福島のももですが、今日は山形のラ・フランスと山梨の巨峰もありますよ。パンは、近所のベーカリーから取り寄せています。やわらかくてほんのり
煩悩喫茶Agua「マウントを取られます」
いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ。
ご注文:ブレンドとチェリータルト。アーモンドがほのかに香る台の上に、卵の風味豊かなカスタードクリームと、みずみずしいダークチェリーをたっぷり乗せたタルトです。
タルトを7割がた召し上がったところで、そのお客様は「あの、聞いてもらっていいですか?」と話しかけてきました。
「同じマンションの住人で、子供の同級生のお母さんが、マウントを取ろうとしてくるんで
代書筆20・完結 孫江淮氏の思い出
孫氏が2013年に亡くなって、早10年になります。
初めてお会いした時の印象は、今なお鮮烈です。100才越えとは信じられない体格と若々しさ(髪が真っ白じゃない!)、声の張り、そして卓越した記憶力、どれもが「超人」を見る思いでした。38才まで日本人でしたから、華人なまり*は皆無で、日本人が話すのと変わりありませんでした。
*私の造語。中華系の方が日本語を話した時の、独特の抑揚を指す。
台湾
代書筆19 百歳長寿の秘訣
私は今年で100才になる(2007年当時)。台湾ではここまでの長寿は、わりと珍しいので「めでたい人」と呼ばれる。私の長生きの方法は、実はとても簡単だ。つまり「平常心」である。何事も中道をいく。偏食しない、無理をしない、求めすぎない。この精神バランスこそ、長寿の秘訣だ。
食事について
食事は、肉、揚げ物、漬物を食べ過ぎず、たまに魚を食べる程度。代わりに、野菜と果物をたくさん摂る。食べる量は腹
代書筆18 わが師匠・広瀬秀臣
著者・孫氏の師匠だった日本人
私の代書業の師匠・広瀬との関係は深い。
広瀬は長く変わったヒゲを生やしていた。彼は利口な猫を飼っており、とてもかわいがっていた。その猫が死ぬと皮を記念に取り、遺骸は埋葬し、読経して葬式を行った。
広瀬は昭和20年、終戦前に狭心症で亡くなった。ある朝のこと、相談事があって私が訪ねると、熱があると言っていた。午後になると、さらに具合が悪いと言うので、家族は急いで医
代書筆17 二二八事件
*二二八(に・に・はち)事件は、「戦後台湾における最大の闇」といわれる出来事です。
その時善化では
事件が起きた時、私は村民代表会の主席をしていた。民国35(1946)年、各町村の代表会ができて、私はその第一期主席に選ばれた。政治に関わりたくないので、さんざん固辞したが、それはかなわなかった。
二二八事件は台北で起き、次第に南部へも余波が広がった。
ある朝、私が出くわした料理店の小僧は、