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村の少年探偵・隆

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主人公は田舎の少年。舞台は昭和40年前後の四国の山間部。村や学校で起こる数々の“事件”を少年探偵が解決していく。敵役は近所の権蔵爺さん。 (初出:カクヨム)
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記事一覧

村の少年探偵・隆 その15 スクーター

村の少年探偵・隆 その15 スクーター


 第1話 少年探偵・健

 I街道は、四国の大河・Y川の支流・I 川に沿って山奥まで抜かれている。小杉隆の通った学校は街道のそば、猫の額ほどの校地に建てられていた。そこから先は集落もまばらになり、いよいよ秘境に足を踏み入れた感が強くなった。
 I街道は御多分にもれず、昔は舗装されていなかった。クルマは曲がりくねったデコボコ道を、土煙を上げながら往来した。それかあらぬか「I街道を行くバスの運転手の

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村の少年探偵・隆 その14 事ども

村の少年探偵・隆 その14 事ども

 

 第1話 門付

 四国の山間部、とりわけ千足村のような陸の孤島では、外部との接触はほとんどなかった。

 ふだん顔を合わせるのは、馴染みの村人か郵便屋さんくらいだった。このため、外部の出入りがあると、いやがうえにも目立った。

 そのうちの一人が、三番叟まわしだった。

 村に、天秤棒で前後に箱を担いだ人間が現れる。

 何軒かの家の玄関に立つ。足元に置いた箱から、何やら取り出す。人形だ

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村の少年探偵・隆 その13 地図

村の少年探偵・隆 その13 地図


 第1話 陸蒸気

 隆には密かな自負があった。
 洋一きょうだいにも、その従弟の修司にも、自慢したことはなかった。
 それは、蒸気機関車を見たことがあるということ。さらに、一人で乗った経験があるということだった。

 生まれ育った千足村そのものは、周囲を山に囲まれていた。母親の実家が隣村にあり、幼いころから遊びに行った。北方へI川の渓谷が延びる。その先に駅があった。名もI口駅と言った。秘境の入

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村の少年探偵・隆 その12 ヤングケアラー

村の少年探偵・隆 その12 ヤングケアラー


 第1話 天才ハンター

 田舎の生活はまったりしていた。村の衆は少々のことでは腹は立てなかった。
 それでも、例外はあった。蜘蛛の巣だけは、シャクにさわった。朝一番に道を通ったりすると、体にベチャとくっついた。中には強力な粘着質のものもあって、剝がすのにひと苦労した。

 別に蜘蛛が人間の領域を侵犯したわけではない。逆である。
 蜘蛛はせっせと糸を張る。空中ブランコよろしく、要所要所に糸を結ん

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村の少年探偵・隆 その11 汚染

村の少年探偵・隆 その11 汚染


 第1話 憂鬱の春

 I街道の左右に、小さな商店街が軒を連ねていた。I川を渡って山道に入ると、千足村の入り口までは、出会う人は希だった。
 子供たちは道草しながら、帰宅した。植林された杉が大きくなり、道の下手のものは子供たちの背丈くらいに育っていた。
 春先には、重く垂れた杉の枝を棒で叩くと、パーッと煙が立った。杉花粉である。意味もない遊びではあるが、子供たちにとっては春の風物詩のひとつだった

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村の少年探偵・隆 その10 上には上

村の少年探偵・隆 その10 上には上


 第1話 山の学校の今昔

 隆たちの通った学校は、I街道沿い、I川とM川との合流地点にあった。狭い校地だった。ただ、あの辺りで学校建設地を探すとなると、ほかに候補地は見つからない。選択の余地はなかったのだろう。

 まず中心部に小学校が建てられ、運動場はその手前に整地されたものと思われる。次に奥の山を削って中学校が建てられ、運動場の隅を幼稚園舎に充てた。
 途中、小学校には分校も開設されるなど

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村の少年探偵・隆 その9 動物愛護

村の少年探偵・隆 その9 動物愛護


 まえがき

 拙作を、人権学習講師にお招きいただいた、W中学1年生の皆さんと関係者に捧げます。

 第1話 猫やーい

 昔から、捨て犬・捨て猫はあったはずだ。ところが四国の山奥で育った隆には、捨て猫を見た記憶があまりない。特に生まれたばかりの仔猫にとって、山間部の環境は生存していくには厳しかったのかもしれない。

 隆の家でも、猫を飼っていた時期があった。
 普段なら洋一や修司と山に遊びに行

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村の少年探偵・隆 その8 妖怪

村の少年探偵・隆 その8 妖怪

 

 第1話 タヌキ県・徳島

 狐狸。キツネとタヌキは昔から、あまり人間に信用されていない。人を化かす、とかの理由で警戒されてきたのである。

「狐狸妖怪の類」などと一緒くたにされるが、徳島では妖怪と言えばまずタヌキ。キツネとは格が違うのである。
 確かにI地方では「自分は本当にキツネに化かされた」と証言する人もいることはいる。また、千足村の近くのY村には、多くの妖怪伝説が残る。やはり特徴的な

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村の少年探偵・隆 その7 美談

村の少年探偵・隆 その7 美談

 

 第1話 集団登校

 徳島県の田舎で集団登校が始まったのは、昭和も40年近くになってからと、隆は記憶している。
 それまで、銘々が登校していた。隆の級友には手から血を流し、Yシャツの胸元を黄色く汚して登校した者がいた。
「途中、崖をよじ登り、カラスの卵を吸うとったら、親が帰ってきて、襲われた」
 と語っていた。中には、飛んだ道草をする子供もいたのである。

 集団登校になってからは、子供た

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村の少年探偵・隆 その6 肝油ドロップ

村の少年探偵・隆 その6 肝油ドロップ


 §1 麦飯

 隆が子供の頃、まだ世の中は貧しかった。
 下着や靴下はもちろん、上着も継ぎはぎだらけだった。靴は麻や綿のズック靴で、古くなると水が滲みた。

 食糧は半自給自足だった。
 隆の住む千足村では、たいていの家が麦や米の主食、蕎麦や粟、トウモロコシなどの雑穀あるいは野菜類は自前だった。味噌や醤油も自家製、酒(ドブロク)も広く醸造され、もはや「密造酒」ではなくなっていた、と聞いた。

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村の少年探偵・隆 その5 カンニング

村の少年探偵・隆 その5 カンニング


 §1 夜明け前

 日本における国民皆保険制度は1958年(昭和33)にスタートした。
 それまで一部の富裕層しか、医者にかかることができなかった。小杉の生まれ育った四国の田舎には医療機関が少なく、多くが無医村であった。体調に異変を感じた人が何に頼ったかというと、祈祷、呪いだった。

 隆はよく中耳炎を起こした。連れて行かれた先は、村の長老宅だった。呪いの心得があったらしい。何やら呟きながら、

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村の少年探偵・隆 その4 さらし者

村の少年探偵・隆 その4 さらし者


 §1 暴力教室

 隆の世代は、よく先生に殴られた。親たちは、そんな教師ほど、熱心だと誉めそやした。
 小学生の時、女性の教員に殴られた記憶がある。
 始業ベルが鳴ったのを無視して遊んでいて、教室の後ろに整列させられた。
「股を張れ。歯を食いしばれ」

 何をされようとしているのか、隆には分からなかった。
 とりあえず、足を開いて踏ん張り、奥歯を嚙み締めた。
 教師は体をひねり、腕を大きく回し

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村の少年探偵・隆 その3 ピッカピカ

村の少年探偵・隆 その3 ピッカピカ


 §1 地名考

 千足は、すり鉢状の隠れ里のような村である。
 今でこそ、消滅寸前だが、1920年(大正9)にI街道が抜けるまでは、四国の大河・Y川と秘境・I地方を繋ぐ交通の要衝であった。
 古来、人々は峰に沿って抜かれた往還を行き来した。千足村の峠には旅の安全を願って祀られた道祖神が、わずかに往時を偲ばせている。

 千足村は中世に、ある産業で栄えた。今でいう、地場産業である。
 千足村では

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村の少年探偵・隆 その2 毒牙

村の少年探偵・隆 その2 毒牙


 §1 野生児

 千足村は隠れ里のような村である。
 I街道から対岸の山道に入り、30分ほど歩くと大きく道が右折する。ここでI街道やI川と別れを告げ、10分も歩くと、千足村が見えてくる。ちょうど。すり鉢に米粒でもくっつけたように家が点在する。

 村の中央を千足谷が流れる。
 隆たちが子供の頃、この谷は水が豊富だった。村人は谷から生活用水を引いた。谷の水は田んぼも潤してきた。
 谷の源流は山深

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