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【7000字無料】 社会学はフランス革命から始まった!?——『社会学の歴史II』を読む

*Kindle Unlimitedでもお読みいただけます!

*新刊紹介を起点としたダイアログのシリーズです。
*本の紹介をしたり、感想を話したりしながら、より広く、哲学思想の考え方や面白さにも触れることができるような記事を目指しています。

*今回のダイアログでは、奥村隆『社会学の歴史II』の紹介をしながら、話は広がり、
「社会学ってどこから始まったの?」
「社会って何?」
「社会学の発想がよくわからない人はどうしたらいい?」
「現代思想は哲学なの?」
「現代思想はイノベーションだった!?」
「私の5年かかった問題が解決した!」

などなどの話が展開されました。お楽しみください!

(書誌情報)
奥村隆『社会学の歴史II:他者への想像力のために』有斐閣、2023年


表紙のサイコロ

八角 サイコロだ! 表紙にサイコロがあるよ!

しぶたにゆうほ(以下、「しぶ」) そう、サイコロがずっとモチーフになるんだよね。最初に「現象学的社会学」という一派についての章があるんだけど、そこからずっとサイコロの話が出てくる。

八角
 株式会社「遊学」の代表。
 京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
 哲学をやっている。
 社会学に対し、長年理解できなさを抱えてきた。

しぶたにゆうほ
 株式会社「遊学」の一員。
 京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
 専門を尋ねられると、大学では「数学基礎論」、大学院では「宗教言語論」と答えていた。

八角 そう言えば、フッサールに立方体の話があるね。

しぶ フッサールは現象学を始めた哲学者ですね。現象学というのは20世紀の初頭から始まった哲学で、そこから影響を受けたのが現象学的社会学ということなんだけど、「現象学」といえば「サイコロ」みたいなことなのかもしれない。

八角 現象学というのは、「何かもともと持っている先入観を投影するのではなくて、事象そのものの現れに立ち返ろう」、というような発想のものだったね。Zu den Sachen selbst!(事象そのものへ!)

しぶ その説明をするときに、よくサイコロが使われるんだよね。サイコロって、一挙に全体が見えない。どうしても一部の面しか視界には入らない。そういう性質を持っていることが誰にとってもわかりやすいものなので、登場させると色々な説明をする上で便利なのだと思う。

八角 まあ確かに。あと、この本は挿し絵もたくさんあるんだね!

しぶ フッサールと現象学的社会学の人たちが、みんなでサイコロを眺めてるっていう扉絵があるよ。9章の扉絵。

八角 あ、ほんとだ、フッサールがいる。左の人だよね。絵が上手だ、たしかにこんな顔かも。ほかの挿絵もいいね。フーコーも似てる! というか、フーコーも「社会学」の人なのかあ。

しぶ サイコロはモチーフのようにずっと登場していて、1番最後の節でも、「そろそろアガリかなと思ったら、フリダシに戻ったような気がするのです」(386頁)と双六みたいな喩えを書いてて、サイコロで通したいんだな…! という感じで良かった。

八角 そういう遊びみたいな文章が混じっている本が、君は好きだよね……。

しぶ ここからもわかることには、口語体で書かれていて読みやすい本なのです。

八角 読者フレンドリー。

しぶ そう。ですます調だし。実際にしゃべって講義をしているという体なので、いつも章が「では、今週はこれで」みたいな感じで終わったりする。

八角 確かにこことか、「今から聴くとドキドキしますね」って書いてあったり、カジュアルな文体だね。

「2」である話

しぶ もう1回表紙に戻ります。サイコロが目が行って気付かないかもしれないけど、ここよく見てください、ローマ数字で「II」って書いてあるんですね。

八角 2冊目なんだ。

しぶ そう、これ「2」なんです! 「1」が出たのは2014年。もう10年近く前なので、ネットで検索すると「1」の感想がちらほら出てくるんだけど、みんな「早く2を読みたい」「2はいつ出るのか」「2には出るのだろうか…」みたいにみんな書いてるんだよね(笑)。続編が待望されていた。

八角 うん? つまり、元々の本は「社会学の歴史(無印)」ではなくて「1」って書いてあったの?

しぶ うん、ローマ数字で「I」って書いてあった、しかも話も途中で終わっている……というか、もちろん1冊でひと区切りにはなっているんだけど、講義の続きがありますよという体になっている。

八角 本は書くの時間かかるから、仕方ないよ。でも良かったね。みんな、待望の続編が出て。

しぶ 良い本だったからこその期待の高さなんだろうね。そういうわけで、この本は形式的には「途中」から始まります。さっきの、サイコロをみんなで眺める扉絵があったのは9章。

八角 本当だ、9章なんだ。

しぶ 9章というのが、この本でいうところの第1章目です。まず「中間考察」があって、これが実質プロローグになる。そして9章から始まる、という流れ。

八角 前回が8章までなんだね。

しぶ そういうわけなので、形式的には続きではあって、もちろん「1」と合わせて読むと面白いと思うけど、他方でこれ1冊でも読めるようになっている。時間も経っているので仕切り直します、今回はこういうテイストでいきます、という仕方で話が始まる。

八角 私が読んでも面白そうですか? 私は哲学の人間で、社会学も勉強しなきゃなあという感じなんだけど。

しぶ 面白いと思います。とりあえず最初の「中間考察」と「9章:シュッツとガーフィンケル」あたりを読んでみたらいいんじゃないかな。今話していたように、この9章は「現象学的社会学」の話なんだけど、ここは特に哲学との関係でも色々なことが書かれているので。

この本の良さ:コンテクスト重視・優しい脱線

八角 この本ならではの特徴とかはある?

しぶ 社会学者のコンテクストの部分をちゃんと書いてくれるというところは特徴的かなと思った。ただ社会学者の羅列をしているっていうよりかは、そもそも社会学者がその時代にその問いを立てねばならなかったのはなぜか、という時代背景というか、文脈のようなものにも触れてくれている。

八角 歴史的な背景と関係して、引きつけてやっているんだね。一般理論の羅列じゃなくて、コンテクストが書いてある。個人だけじゃなくて、家も見るみたいな。住んでたところも見る。

しぶ そう。哲学の話をするときも、理論を話すだけじゃなくて、この時代は自由が問題になったタイミングだったとか、時代反映論的に語ることがあるよね。この本の場合も、「社会学の歴史」といったときにそういった側面が意識されている。こういう支えとなる話があるほうが読みやすいと感じる人は多いと思うので、強調していいかなと思った。

八角 何かわかりやすい例はありますか?

しぶ たとえば、最初の「中間報告」(実質的にはこの本のプロローグ)では、世代の話が書かれている。社会学者をジェネレーションとして捉える、つまり個人の思想だけではなく時代的なまとまりが意識されている。9頁の表から一部抜き出して箇条書きにしてみた。各章がどこに該当するかを一覧できるようにしたかったので、それも書いた。

第0世代:コント、マルクスなど

第1世代【1850-60s生、1890-1910s活躍】ウェーバー、ジンメル、デュルケームなど(🇺🇸トマス、パーク、ミードなど)

第2世代【1900前後生、1930-1940s活躍】マートン、パーソンズ、アドルノ、フロム、マンハイム、など

(現象学派):フッサール、シュッツ、ガーフィンケル、バーガーなど←9章

第3世代【1920-30s生、1960s- 活躍】ゴフマン、フーコー、ルーマン、ブルデューなど←10,11,14,15章
ウォーラーステイン←13章(周辺からの社会学)
(*12章 ジェンダーと社会学)

9頁の表をもとに、目次等の情報を用いて作成

八角 一部の章を除いて、概ね1章につき1人の社会学者が対応しているんだね。

しぶ そうだね、さっき話題になった現象学的社会学の章(9章)がまずあって、10章以降は第3世代のゴフマン、フーコー、ルーマン、ブルデューに1章ずつが割かれているという感じだね。ジェンダー(12章)と周辺からの社会学(13章)がその間に挟まっているという章立て。

八角 第2世代までは「1」なんだ。

しぶ 注目すると面白いところとしては、たとえば、さっきも話題になった「現象学派」が第2世代〜第3世代に被っている。世代のかたまりを置いた上で現象学的社会学を時間軸に位置づけるとこうなるのかあ、と思ってなかなか面白かった。確かにフッサールってちょっと昔の人ってイメージだし、バーガーはちょっと最近の人ってイメージだと思うので、言われてみればそうなんだけど……。

八角 Peter Burger?

しぶ Peter Burger.

八角 今のPeter Burgerのところは記事ではぜひアルファベットにしてほしいな、懐かしい(笑)。なるほどね。私は第2世代までは馴染みがあるけど、後ろに行くにつれて、詳しく語れるような名前が減っていくっていう感じだ。えっと、フロムは……『自由からの逃走』のひと。

しぶ そういえば、こないだ実家に帰ったら『自由からの逃走』がよかったからおすすめだよって母に言われました。本棚に眠ってるから、読まなきゃ(笑)。弟は『愛するということ』を誕生日プレゼントにもらったそうです。なのでいまぼくの実家では……。

八角 フロムがアツいと。ちょっとなんか不安になりますね(笑)。心配になる情報を得てしまったっていう感じなんだけど。

しぶ そういう感じで、社会学者を単独で扱うのではなくて、世代のなかに位置づけたりもして、時代的な問題意識との関連を考えながらそれぞれの思想を見ることができるのがこの本のいいところだと思う。あと、関連する別の話として、「優しい脱線」をしてくれるというか、何かを説明するときに「引き合いに出した話」を最後まで解説しきってくれるというところが良いなと思った。

八角 どういうこと?

しぶ 一例だけど、例えばある時代を説明するときに、「歴史についてこういう見方をした人がいてね」と誰かの歴史観を持ってくるとする。そのときに、その歴史観をフルで説明するとABCDEの5段階になるんだけど、目下B〜Cの部分しか関係ない、ってことはしばしばあるよね。でも、この本の著者はそういう場面でもちゃんとABCDEまでフルで説明してくれる。だからちょっと脱線が長くて、冗長といえば冗長なんだけど、BとCの部分だけ切り取って説明されるよりも全体像がわかりやすいし、完結するまで参照事項を語ってくれるので、こちらの勉強はどんどん進んでいく。こういうところも講義っぽいんだよね。

八角 確かに、大学の講義ってそういう感じのものがあるね。

しぶ 「こういう歴史家がABCみたいな区分をしています、この時代はAにあたります、でもついでにそのABC全部ちゃんと説明します」みたいな、いい感じの脱線。サブとして登場した知識もひとまとまりのものとして完結する。この例以外にも、例えば、思想的に少し複雑な話が登場するときも、内的な論理のつながりを全部書いてくれることが多い。いろんな思想家や事実をブツ切りで羅列されるよりも、内的な論理をきちんと追ってもらった方が理解しやすい、って人は助かると思います。

複数性の謎:みんなが勝手に動くと、予想外のことが起きる

八角 表紙のサイコロは、なんで展開図じゃないんだろう?

しぶ バラけている、複数ある、っていう表現なんじゃないですか。

八角 サイコロの面がバラバラに切れていると複数という意味になるんですか???

しぶ ならないです、適当に言いました……。でも、この本では「複数性」という問題意識がテーマとしてあるのは本当。最初から最後まで通底している。

八角 そうなんだ。どういうこと?

しぶ 社会学はフランス革命のあと始まったというのがこの本の見立て。ノルベルト・エリアスという社会学者を参照しながら、そう説明される。フランス革命までは王がいて、伝統的価値観があって……となっていたところを、全部断ち切って、単にバラバラの個人がいる状態が突然つくられた。1つの統一されたルールで動くんじゃなくて、各々の意志が勝手に動くようになる。そこで初めて社会という謎が生まれた。だから社会学が始まった。ちなみに最初の社会学者と言われるコントの登場は、フランス革命の数十年後。

八角 確かに! そうか、コント、フランスの人か。

しぶ それまでは全体の動きはトップダウンで決まるから、「社会」なんてものが問題になることはなかったんだけど、みんながばらばらに動ける状態になって、変なことが起きるようになった。それで社会が初めて謎として現れたので、社会学が始まった……というのが、この著者の(エリアスを参照した)説明。

八角 なるほど!

しぶ 社会学を勉強しているとよく「意図せざる結果」という表現にぶつかるけど、これは当然で、そもそも社会学の取り組んでいる謎のコアがまさに「意図せざる結果」だとも言えるんだよね。色んな人が勝手に動くっていうことになると、誰も望んでいないはずの変なことが起きる。

八角 以前にマックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義』についての動画を作ったけど、ウェーバーの『プロ倫』も「予定説の『意図せざる心理的効果』により、カルヴァン主義の人々が合理的に生活設計するエートスを持つようになる」という話だったね。詳しくは作った動画を見てください。

しぶ 動画と言えば、最近ロバート・マートンについての動画も作ったけど、マートンも「意図せざる……」と深い関わりがある社会学者だね。この動画では触れてないけど、マートンで有名な「予言の自己成就」とか「順機能/逆機能/顕在機能/潜在的機能」とかの概念は、「意図せざる結果」を分析するツールみたいなものなので。

社会学の前にフランス革命を勉強する!?

八角 ふーむ、さっきのフランス革命のくだりは非常に重要な話だね。

しぶ 何か、理解が進んだの?

八角 いやさ、ずっと、社会学が言っていることが分からないという感覚があったんだよ。「何を前提として、この主張をしているのか」がわからない。もちろん「社会」を前提としてるのはわかる。でもその前提とされている「社会」が全然わからない。なんていうか、「ほどよくいろんなものがツブツブとして入ってる」っていう感じで社会を捉えてるようだけど、どうしてそういうことになってるのかがわからない。とずっと思ってたのね。

しぶ 哲学だと、「自己」と「他者」については考えるけど、人間がいっぱいいるということはあまり扱わないよね。自分と異なる「他者」がすごく強いものとしてあって、だからアクターがたくさんいるという方向には行かない。自分と、それ以外。

八角 私の実感でもそうなってるんだよね。「私」に分かるのって、私と私以外のことがどのようになっているかということだけ。たしかに私は「社会」に含まれているとも言えるけれども、結局、私から認識・観察できるものって「私と世界」とか「私と社会」とか「私と他者」とか「私と◯◯(何か具体的なもの)」って言う二項対立になるはずでしょう。そのとき対立しているものはどう考えたって単一なんだよ。

しぶ 自分の視点からは、原理的に「自分/自分以外」しかないはず。「社会」って誰の視点で言ってるの? という疑問か。

八角 そう。「社会」をみんな共通教養として持っているわけだけれど、その共通教養が全くわからなかった。

しぶ 今回の話で、それが少し解決に近づいた?

八角 とても! つまりさ、フランス革命ってそもそも階級闘争として始まったわけだよね。第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)、第三身分(平民)とあって、第三身分の人が起こした。だから、フランス革命後の世界って、「もともと平民だった人」「もともと貴族だった人」のような混ざり方をしているんだよね。

しぶ なるほど、平等とか民主化とかいう情景が、「もともと階級差があった人たちがごちゃ混ぜにされた」というイメージで理解されているってことか。確かにそれは意識したことなかったかも。自分が「平等」って使うときには、なんかもっと漠然と、ほわ〜っとしてる。

八角 つまり、自分たちがどこに所属していたかとか、そういうツブがもう既に前提とされている。「フランス革命後」という時代が、「ツブが確定されている」ところで始まって、「それが社会だ」というふうに思われて、社会学ができている。だから、私にわかるわけがないんだ。

しぶ 確かに。

八角 つまり社会学をやる人はまずフランス革命を勉強しておかないといけない! これは非常に重要な学びだ。

しぶ それはいい話かも。

八角 非常に良い、私にとって。哲学ならカントに遡ったり、美術を論じるならロラン・バルトに戻ったり、戻る場所があるわけだけど、ずっと社会学の「戻る場所」が分からなかったんだよね。それが分かった。

しぶ それは良かった。

八角 社会学の見えざる前提というか、何に乗っているかということが分からなくて、ずっとイライラしてたんだよ。ぱらぱら勉強するんだけど、何を言っているかわからないわけ。理論はわかったとしても、どういうモチベーションで言っているかがわからない。社会学をやってた知り合いに色々聞いたけど、よく分からなかった。でも、わかりました。素晴らしい。

しぶ 確かに、そういう違和感を持っている人には、この「社会学の歴史II」は、とてもしっくりくる入門書だと思うよ。複数性の話が自明じゃない人にわかるように書かれているし、その複数性のモチーフが全体を通して一貫している。気になる方は読んでみたら良いと思います。

社会学のリアリティを知るために

八角 この話、「日本で社会学が可能か?」という問題にまで広げられるよね。

しぶ というと?

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