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多様性と居場所の哲学③
2 『正欲』の脱構築(1)「すべての欲動は倒錯という結果である」という人間観から、性の画一性と多様性を考える ―フロイトの精神分析より―
先ほど、男と女という分け方に異議を捉えた。それは性的対象にも対応している。LGBTQの性的対象は少なくとも人間である。ところが、登場人物の桐生夏月は、だれにも理解されない異常性癖の持ち主である。それは多くの人間に身に覚えのあることである。胸や尻、足などに興奮
多様性と居場所の哲学④
2 『正欲』の脱構築(2) 大きなゴールというマジョリティの暴力性 ―フーコーの「狂気」より―
目に入ってくる情報は、すべてそのゴールにたどり着くための足場だと、主人公の佐々木佳道は言う。そしてその情報は、マジョリティのためのものだ。佳道は、異常性癖者であり、性的マイノリティである。多様性として定義されたものにも含まれない、世界の外側を生きている。自分の存在が肯定されていない佳道にとって、生き
多様性と居場所の哲学②
1 多様性の外側から見た画一性(1)多様性を考える
多様なるものを語るとき、例えば、目に見えるものを考えてみる。目の前には花がある、人がいる、建物がある、空がある、など。さらに細かく見ていくと、花には花弁があり、おしべがあり、めしべがある。花弁はいくつかに分けることができる。その花弁一つ一つは細かい細胞からできている。細胞は…、というように、無限に差異が生まれる。よって、無限に多様なるものが存在
私的に2022年をふりかえり、居場所について考えてみる
居ることとは何か
考えてみると、今年は居場所についてずっと考えた一年だった。そのきっかけとなったのは、「居るのはつらいよ ケアとセラピーの覚書」(東畑開人著)という本だ。これまで、ぼくは、居場所とは何か、ということについて全く考えてこなかったわけではない。例えば、学校で子どもと楽しく過ごした教室や同僚とコーヒーを飲みおしゃべりする職員室、ゆっくり過ごすことができる我が家など、居心地のいい場所=居
7月22日(お馴染みの面々も、少しお疲れ)
いつも遊んでくれる女の子は昨日幼稚園の終業式。なので我が家に遊びにきた時は少し不機嫌。でも、だんだん復活。いつも通り元気に。ところが、忘れていた習い事の時間に。パパと娘二人と長女を置いて出ることに。ちょっと勢いで出てしまったので後から申し訳なさが出てきたが、いつものナイスガイで、長女と一緒に出かけて、美味しいきなこもちをご馳走してくれた。ありがたや。