海老原豊

評論家。SF、ミステリ、文学。近著『ポストヒューマン宣言』(小鳥遊書房)

海老原豊

評論家。SF、ミステリ、文学。近著『ポストヒューマン宣言』(小鳥遊書房)

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    2021年8月に出版する自著『ポストヒューマン宣言』に関する記事まとめです。

記事一覧

ハッシュタグの、隙間ーー『#ハッシュタグストーリー』(双葉社)

ハッシュタグでつなげられた四つの短編。麻布競馬場「#ネットミームと私」、柿原朋哉「#いにしえーしょんず」、カツセマサヒコ「#ウルトラサッドアンドグレイトデストロ…

海老原豊
5日前
2

まじめにゆるく考えるーー東浩紀『ゆるく考える』(河出文庫)

(シミルボン2019年11月20日原稿の再録) SNS、とくにTwitterの可能性を信じていたころの連載エッセイ「なんとなく考える」(2008~2010年)全20回がまるごと収録されてい…

海老原豊
6日前
8

「文化」は誰のものかーーカロリーヌ・フレスト『「傷つきました」戦争』(堀茂樹訳、中央公論新社)

筆者はフランスのジャーナリスト、評論家、映画監督。『シャルリー・エブド』にコラムも寄せる。反レイシズム、反差別主義者であるが、反アイデンティティ至上主義者である…

海老原豊
6日前
7

イノベーションは個人が起こすのではなく集団脳の累積的文化進化の結果である--ジョセフ・ヘンリック『WEIRD 「現代人」の奇…

面白い&分かりやすいので下巻もサクサク読めたぞ。分厚いが註がたくさんついているので、思ったほど厚くはない。下巻は各章ごとに要約した。 8章 人類の歴史において一…

海老原豊
13日前
4

小麦帝国の侵略--ジョージ・ソルト『ラーメンの語られざる歴史』(国書刊行会)

(2019年10月15日シミルボン掲載の再掲) 本書は今や日本の国民食となったラーメンが、どうやって日本に入ってきて定着したか、戦後、どのように広がっていったか、今どう…

海老原豊
2週間前
3

ノンネイティブ・ロールモデルの不在--鳥飼玖美子『本物の英語力』(講談社現代新書)書評

(2019年10月11日シミルボン原稿の再録) つい先日、某有名ミュージシャンが、「日本人は6年~9年ぐらい英語をまじめに勉強しているのに、なんで英語話せないの。アジアで…

海老原豊
2週間前
5

心霊写真としての自撮りーー大山顕『新写真論』(ゲンロン)読書メモ

カメラは撮る者と撮られるものに亀裂を入れる。あいだにあるのはレンズ。撮影者は神様のように、世界を切り取って提示する。撮影者の姿はできあがった写真には映り込まない…

海老原豊
2週間前
6

YouTuberの遺伝子はあるのか?--安藤寿康『遺伝マインド』(有斐閣)書評

日本における双子研究の第一人者の筆者・安藤寿康による、遺伝研究の概説書である。「遺伝子研究」ではなく、「遺伝現象」に着目する。ある表現型をもつ遺伝子を特定するの…

海老原豊
3週間前
2

人類のデバッグは可能か--ダミアン・トンプソン『すすんでダマされる人たち』(矢沢聖子訳、日経BP社) 評

ジャーナリストのダミアン・トンプソンはデマ、フェイクニュース、陰謀論をひとまとめに「カウンターナリッジ(反知識)」と呼ぶ。原著2008年、翻訳も2008年で、いまから15…

海老原豊
3週間前
3

見えないものへの不安と透明化への欲望--日本SF作家クラブ編『ポストコロナのSF』(早川書房)評

(2021年7月13日シミルボン掲載の再録) いまやすっかり古くなった感もある言葉「新しい生活様式」。 マスクの常時着用、他人との身体接触をさける社会的距離=ソーシャ…

海老原豊
1か月前
3

神話国家日本の作り方--辻田真佐憲『「戦前」の正体』(講談社現代新書)評

「戦前(の日本)」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。私は太平洋戦争末期の暗い苦しい時代を思い浮かべてしまう。国外では「玉砕」、国内では空襲に本土決戦の準備…。他…

海老原豊
1か月前
5

読んでも読んでも啓発されない自己ってなーんだ-ー牧野智和『日常に侵入する自己啓発 生き方・手帳術・片づけ』(勁草書房)

(2022年3月13日シミルボン掲載の再録) 書店にいくと自己啓発コーナーを目にする。私自身は自己啓発書の熱心な読者ではなく、むしろほとんど読んだことはない。一種の麻…

海老原豊
1か月前
7

神様の苦悩--野崎まど『タイタン』(講談社タイガ)

(2020年9月11日シミルボン掲載の再録) 時は2205年。人類はあらゆる仕事から解放された。それを可能にしたのが2048年に最初の一体が発表され、以降12体まで作られた人工…

海老原豊
1か月前
7

私たちがWEIRDである理由--ジョセフ・ヘンリック『ウィアード 上』(今西康子訳、白揚社)

上巻を読んだが、面白すぎるぞこの本。メモ的にわかったこと・考えたことを書いていく。 「ウィアード」とはWEIRD「風変わりな」を意味する単語だが、筆者はWestern(西洋…

海老原豊
1か月前
4

生きるために生きるのはただ生きるのとは異なるーー國分功一郎『目的への抵抗』(新潮新書)評

コロナ禍においてジョルジョ・アガンベンの発言が注目を浴びた。もっといえば批判された(炎上した)。ロックダウンは意図的に作り出された例外状態である。例外状態とは「…

海老原豊
1か月前
3

人はコストではなく価値の源泉であるーー渋谷和宏『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』(平凡社新書)

TBSラジオ森本毅郎スタンバイや、YouTubeポリタスTVでよく聞いている/見ている渋谷和宏が本を出したというので、読んでみた。ずばり『日本の会社員はなぜ「やる気」を失っ…

海老原豊
1か月前
5

ハッシュタグの、隙間ーー『#ハッシュタグストーリー』(双葉社)

ハッシュタグでつなげられた四つの短編。麻布競馬場「#ネットミームと私」、柿原朋哉「#いにしえーしょんず」、カツセマサヒコ「#ウルトラサッドアンドグレイトデストロイクラブ」、木爾チレン「#ファインダー越しの私の世界」が収録されている。麻布競馬場とカツセマサヒコ目当てで読み始めた。麻布競馬場もカツセマサヒコも期待通りに面白かったのだが、今回初めて読んだ柿原朋哉と木爾チレンの作品も面白く、アンソロジーな

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まじめにゆるく考えるーー東浩紀『ゆるく考える』(河出文庫)

(シミルボン2019年11月20日原稿の再録)

SNS、とくにTwitterの可能性を信じていたころの連載エッセイ「なんとなく考える」(2008~2010年)全20回がまるごと収録されている。東浩紀がTwitterに見た夢は、ルソーの再解釈を試みのちに書籍にもなった『一般意思2.0.』に結実している。が、この「夢」も今から10年も前のこと。東浩紀はまだ37才で、今の私と同じ年なので、そういう視点

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「文化」は誰のものかーーカロリーヌ・フレスト『「傷つきました」戦争』(堀茂樹訳、中央公論新社)

筆者はフランスのジャーナリスト、評論家、映画監督。『シャルリー・エブド』にコラムも寄せる。反レイシズム、反差別主義者であるが、反アイデンティティ至上主義者である。近年、主にアメリカの大学内で、今ではその外へ、そしてヨーロッパにも広がっているアイデンティティ至上主義者(と筆者が呼ぶ)による「反レイシズム」が、実はレイシズム(人種主義)に行きつき、左派の希望とは裏腹に保守主義・右派を利するだけではない

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イノベーションは個人が起こすのではなく集団脳の累積的文化進化の結果である--ジョセフ・ヘンリック『WEIRD 「現代人」の奇妙な心理 下巻』(白揚社)

面白い&分かりやすいので下巻もサクサク読めたぞ。分厚いが註がたくさんついているので、思ったほど厚くはない。下巻は各章ごとに要約した。

8章 人類の歴史において一夫多妻制が多かったが、一夫一婦制が導入された。そもそも一夫多妻制も文化進化の結果であり、男性のみならず女性にも遺伝的な動機はある。いかに自分の遺伝子を多く残すか、という。一夫一婦制が一夫多妻制に競合する文化として進化したのは、男性のテスト

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小麦帝国の侵略--ジョージ・ソルト『ラーメンの語られざる歴史』(国書刊行会)

(2019年10月15日シミルボン掲載の再掲)

本書は今や日本の国民食となったラーメンが、どうやって日本に入ってきて定着したか、戦後、どのように広がっていったか、今どうなっているかを詳細に語る。

速水健朗『ラーメンと愛国』が類書だが、それよりももっとかっつり史料をあさっている。手つきは学者。文献も日本のものは十分におさえてあるのだが、英語圏のものもあり、視点が広がる。

特に、戦後のアメリカ占

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ノンネイティブ・ロールモデルの不在--鳥飼玖美子『本物の英語力』(講談社現代新書)書評

(2019年10月11日シミルボン原稿の再録)

つい先日、某有名ミュージシャンが、「日本人は6年~9年ぐらい英語をまじめに勉強しているのに、なんで英語話せないの。アジアで比較しても、日本人が英語できないことは、突出していないか」(大意)とつぶやいた。英語教育クラスタが反論し、議論が起こっていた。反論の中にもあったが、これ自体は昔からよくある日本の英語教育批判で、新しい点があるとしたらミュージシャ

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心霊写真としての自撮りーー大山顕『新写真論』(ゲンロン)読書メモ

カメラは撮る者と撮られるものに亀裂を入れる。あいだにあるのはレンズ。撮影者は神様のように、世界を切り取って提示する。撮影者の姿はできあがった写真には映り込まない。撮影者の特権性は撮影者の透明性である。むかしのカメラはテクノロジーとして未成熟であり、そのために使用者に習熟を求めた。筆者はスマホがカメラの完成形だと言う。スマホにはレンズ越しに世界を見る経験が必要ない。スマホのスクリーンに映ったものをス

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YouTuberの遺伝子はあるのか?--安藤寿康『遺伝マインド』(有斐閣)書評

日本における双子研究の第一人者の筆者・安藤寿康による、遺伝研究の概説書である。「遺伝子研究」ではなく、「遺伝現象」に着目する。ある表現型をもつ遺伝子を特定するのではなく、一卵性と二卵性の双子やきょうだいの行動を比較することで、人の何が遺伝しているのか・遺伝していないのかを突き止める。といっても、「遺伝なのか、環境なのか」というありがちな二者択一にはならない。むしろ、遺伝現象を調べれば調べるほど明ら

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人類のデバッグは可能か--ダミアン・トンプソン『すすんでダマされる人たち』(矢沢聖子訳、日経BP社) 評

ジャーナリストのダミアン・トンプソンはデマ、フェイクニュース、陰謀論をひとまとめに「カウンターナリッジ(反知識)」と呼ぶ。原著2008年、翻訳も2008年で、いまから15年以上前なので、フェイクニュースという語は使われていないが、現在の文脈であればフェイクニュース(やポストトゥルース)が入るだろう。筆者が取り上げるのは、具体的には次のようなカウンターナリッジだ。

・9・11は米国政府が仕組んだ陰

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見えないものへの不安と透明化への欲望--日本SF作家クラブ編『ポストコロナのSF』(早川書房)評

(2021年7月13日シミルボン掲載の再録)

いまやすっかり古くなった感もある言葉「新しい生活様式」。

マスクの常時着用、他人との身体接触をさける社会的距離=ソーシャルディスタンス、いわゆる三密の回避、オンライン/リモート化。1年でここまで変わるかというほどに、人々の暮らしと社会の様相は変化した。「コロナが落ち着いたらさ」と枕詞に会話しているとき、「新しい生活様式」はテンポラル(一時的)なもの

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神話国家日本の作り方--辻田真佐憲『「戦前」の正体』(講談社現代新書)評

「戦前(の日本)」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。私は太平洋戦争末期の暗い苦しい時代を思い浮かべてしまう。国外では「玉砕」、国内では空襲に本土決戦の準備…。他方、戦前を称揚する--とまではいかなくてもノスタルジー的に参照する--人は、別の時分を切り取るに違いない。思い出される戦前が人それぞれなのは、ひとつは戦前が十分に長いからだ。明治維新から太平洋戦争の敗戦まで77年。77年あれば、そりゃあいろ

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読んでも読んでも啓発されない自己ってなーんだ-ー牧野智和『日常に侵入する自己啓発 生き方・手帳術・片づけ』(勁草書房)

(2022年3月13日シミルボン掲載の再録)

書店にいくと自己啓発コーナーを目にする。私自身は自己啓発書の熱心な読者ではなく、むしろほとんど読んだことはない。一種の麻薬のようなもので、読んでいる間はモチベーションが上がるものの、読み終わったあとには何も残らないのでは? とどちらかといえば批判的にとらえている。(実際に読んだことがないが、批判的なのは、なぜだろう…。)とはいえ、気になっているジャン

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神様の苦悩--野崎まど『タイタン』(講談社タイガ)

(2020年9月11日シミルボン掲載の再録)

時は2205年。人類はあらゆる仕事から解放された。それを可能にしたのが2048年に最初の一体が発表され、以降12体まで作られた人工知能・タイタンである。タイタンは生産から流通までモノを管理するだけではなく、人間がストレスなく生活できるように人間と世界の間のインターフェイスとしても機能する。仕事から解放された人間たちは、実存的不安に襲われるでもなく、ユ

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私たちがWEIRDである理由--ジョセフ・ヘンリック『ウィアード 上』(今西康子訳、白揚社)

上巻を読んだが、面白すぎるぞこの本。メモ的にわかったこと・考えたことを書いていく。

「ウィアード」とはWEIRD「風変わりな」を意味する単語だが、筆者はWestern(西洋), Educated(教育のある), Industrialized(産業化された), Rich(裕福な), Democratic(民主的な)の頭文字をとった人々のことを、指している。心理学などで、「人間の本性」として抽出され

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生きるために生きるのはただ生きるのとは異なるーー國分功一郎『目的への抵抗』(新潮新書)評

コロナ禍においてジョルジョ・アガンベンの発言が注目を浴びた。もっといえば批判された(炎上した)。ロックダウンは意図的に作り出された例外状態である。例外状態とは「行政権力が立法権力を凌駕してしまう事態」だ。法が法の適用されない領域を内包している事態。移動を含む個人の自由を制限するために「伝染病が発明」された、とアガンベンは言う。國分が取り出したアガンベンの論点は3つ、「生存のみに価値を置く社会」「死

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人はコストではなく価値の源泉であるーー渋谷和宏『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』(平凡社新書)

TBSラジオ森本毅郎スタンバイや、YouTubeポリタスTVでよく聞いている/見ている渋谷和宏が本を出したというので、読んでみた。ずばり『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』である。筆者はかつて『日経ビジネス』などのビジネス誌の編集に携わり、さまざまな企業の管理職や社員への取材経験が豊富である。

「なぜ?」には「なぜならば」という答えが用意されている。筆者によれば、バブル崩壊、金融危機と9

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