織部

水滴というお道具

文房四宝、筆、硯、紙、墨。子供の頃からずっと通い続けた道場。子供には静かすぎる世界だった。何が良くて続けられたのかわからない。先生とそのお話が大好きだったこと、墨の匂いのする道場も好きだった。特に中学から草書を始め、その線の美しさと平安の文化に魅了された。中学、高校時代は展覧会に沢山の作品を出品した。決して上手ではなかったが、書くことが好きだった。母の援助のお陰で、高価な料紙をいろいろ使わせてもら

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キナコだよ、あなたの❤️にありがとう。
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へうげものの茶室ー4

「織部好 三畳台目」

利休の弟子でもある織部が、利休の深三畳台目を参考にしたもので、中柱を伴う台目構えの形式です。

織部は利休以降、将軍家の茶道指南役として天下一の茶人となりました。徳川政権の下、利休とは異なる武家茶を進めましたが、最期は利休と同じく自刃

「人とちがうことをしろ」
という、利休の教えを最も忠実に体現したのは織部です。

この茶室は、後に完成させる織部の代表作、燕庵(藪内家伝来

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僕もスキ😍😍
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「へうげもの」の茶室ー3

「猿面茶席(さるめんちゃせき)」

四畳半台目の構成です。

入口は左の貴人口と右の躙口と二つ。
全壁面に設けられた窓。

この茶室は、古田織部(通称・へうげもの)が清洲城の古材を用いて建てたものと伝えられています。

床柱上部に枝を払った節目が二つ

それをみた信長が秀吉に向かい、
「汝の面のようだ」

と言ったことから、猿面席という名に。

残念ながら戦火で焼失しましたが、昭和24年に再建され

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「へうげもの」の茶室ー2

「燕庵(えんなん)」

三畳台目の茶室

利休の弟子で、将軍家の茶道指南役、天下一の茶人となった古田織部の作と伝えられています。

武家流の茶室の基本形となった燕庵形式です。その最大の特徴は相伴席を設けていることにあります。

客が特別な貴人ではない場合は、襖を取って四畳台目の座敷としてゆとりをもって使うことができます。

織部はまた窓を多く用いる意匠でも知られ、燕庵には全部で十窓もあります。

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「へうげもの」の茶室

「織部四畳半台目席」

ある種完成形、方形の四畳半に中柱が立つ。織部の確かなチャレンジの跡が感じられる。

作者の織部は利休七哲にも数えられる利休の弟子で、利休の死後は将軍家の茶道指南役(天下一の茶人)となった。

師の利休に負けず劣らずの創作意欲と気概が感じられる作品を数々と残し、

茶室や作庭はもちろん、陶器の世界では独特色味を持つ織部焼等、面白い作品が多数。

後々、彼の素晴らしい芸術志向は

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織部の三畳台目

「織部の三畳台目」

利休の弟子でもある織部が、利休の深三畳台目を参考にしたもので、中柱を伴う台目構えの形式です。

織部は利休以降、将軍家の茶道指南役として天下一の茶人となりました。徳川政権の下、利休とは異なる武家茶を進めましたが、最期は利休と同じく自刃

「人とちがうことをしろ」
という、利休の教えを最も忠実に体現したのは織部です。

この茶室は、後に完成させる織部の代表作、燕庵(藪内家伝来)

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