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異星人とペティナイフ #月刊撚り糸

異星人とペティナイフ #月刊撚り糸

まさか押し倒す側になるとは思わなかったが、見下ろした佐竹の白いおでこが意外にも優越感を刺激して。

「ちょっと、可愛く嫌がってみて」
「突然の無理難題だね。そんな高等テク持ってないよ」

 いつも笑顔を崩さない佐竹の呆れたような、困ったような表情に征服欲まで掻き立てられる。これは癖になるな、と思いながら何気なく髪に触れると、佐竹が私の肩を押して上半身を起こした。

「なんだ、嫌なの」
「好きな子に

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噛みたい、噛みたい

噛みたい、噛みたい

 願い事は二度唱えること。
 小二のときに行った初詣でお母さんに教わってから、私はずっとそうしている。
 学校からの帰り、前を歩いてくるスーツの男の人とぶつかった。駅前の大通り沿いを流れる川には橋がかかり、街と街とを結んでいる。通勤・通学でごった返す夕方五時頃のことだった。手元のスマホに気を取られていたのは男の人のほうなのに、眼がぎょろりとこちらを向くから、私は小さくなって道の端を歩く。泥と吸殻の

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『君の舌を撃ち抜いて神』

 夜中三時まで飲んで騒いで締めにカラオケ行くかって小さな橋を渡ってるときについ気が大きくなって友達のスマホを星のない曇天に放り投げ、生活排水の泡立つ川でふたり水あそびをした。川べりに腰掛け掌サイズの死んだ最新ガジェットを握りしめる友達と暗いだけの夜空を見上げながら、びしょ濡れの箱の中で生き残った選ばれし煙草をふかす。

「あー、あと45か月残ってんだけど」

「お前の寿命?」

「ケータイ代だわ」

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ラジオマン

ラジオマン

通勤電車の車内は思い思いに過ごす人であふれている。
目の前のビジネスマン風の男性は膝に鞄を乗せて、ビジネス書を開いている。その隣の女性はスマートフォンに指を滑らしている。私の隣の女性もAmazonプライムでも視聴しているのであろう。画面を横にしてクスクスと口元に手を当てている。

通勤時間の平均所要時間は1時間ほどで、都心に向けてみなそれぐらいの時間を電車で過ごすことになる。
その一時間は可処分時

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枯れない花を抱いて歩く

 緑の細い茎を水中に浸し、ハサミを持つ手に力を入れる。わずかな抵抗は一瞬で崩れ先端からニセンチほどが皿の底に落ちた。声を出さずに三秒数える間、斜めの切り口が水を吸い上げる様を想像する。
 茎から花びらのように見える青色のガクへ。手まりのようなアジサイの、花だと思っていた部分は装飾花と呼ぶのだといつもの花屋さんが教えてくれた。本物よりもお飾りのほうが華やかだなんて。やがて水は、ガクの中心に慎ましやか

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黒い真珠 #月刊撚り糸

黒い真珠 #月刊撚り糸

青い空がどこまでも続いている。太陽はいつまでも降り注いでいる。椰子の木はどこまでも連なっている。ぽっかりとインド洋に浮かぶこの島には春夏秋冬なんてない。あるのは乾季と雨季くらいで、かと言って乾季から雨季になって何が変わるという訳でもない。天がしょっちゅうバケツをひっくり返したところで太陽はまた空を割って降り注ぐのだし、椰子の木々は変わらず連なり葉を耀かせている。気温だって一年通して概ね28度の辺り

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石炭さんとボイラーとぶどうジュースと

石炭さんとボイラーとぶどうジュースと

シャワーの温度は39℃ 熱エネルギーは温度の高いものから低いものへと移動する。だから、お湯から体に温もりを移すのには温度差が必要になる。差を大きくすればするほど良いのは知っているけれど、熱すぎるのは苦手だ。
 だから39℃。38℃はぬるすぎる。

 創作の世界では、『熱いシャワー』は何かと重宝されている。
『大丈夫、明日の今頃には家で熱いシャワーを浴びてゆっくり出来るさ』
なんて、明らかに無事に家

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掌編小説 | 永い息継ぎ

掌編小説 | 永い息継ぎ

 雨の日のランチタイムは、やはり売上が芳しくない。PC画面に浮かぶ本部への報告シートに並んだ苦い数字は何度見返したところで桁が増えることはなく、溜息を細長く吐き出していると店の奥から冴木先生の賑やかな声が段々と近付いてくるのが聴こえた。

 ・・・おはよざいまぁす、はよざぁっす、あ、上がり?おつーまたねぇ、おはよーす、シフト合うの久々じゃぁん。

 キッチンからホールまで流れるように一通りの挨拶と

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寺が燃える

寺が燃える

寺が燃えている。
炎が寺の全てを包み込む、大きな火柱となっている。

一報を帰宅途中に、妻からの電話、車中で聞く。自宅近くの寺が火事。自宅方向を見ると大きな煙が立ち昇っている。電話越しにサイレンが響く。車の周りにも現場に向かう消防車が。

アクセルを踏み込みたいが、帰宅ラッシュでそれはかなわない。

地方の小さな街にある自宅は寺町と言われる地域にある。向いも左隣もお寺さん。この辺のお寺は住民と緩く

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夕焼けに煙る【短編小説】#月刊撚り糸

夕焼けに煙る【短編小説】#月刊撚り糸

涙が出そうになった。ヤマさんが吐き出す煙草の煙が目に染みる。煙の中にいるのは嫌いじゃないけれど、閉め切られた車内は暖房が効きすぎて、すこし息が詰まる。横目で覗き見てみると、吸っている銘柄がセブンスターで、昔から変わっていないことに驚いた。一途さはこういうところにも表れるものなのかもしれない。

「窓、開けてもいい?」わたしが尋ねると、
「ごめん、煙たかった?」そう言って、ヤマさんは視線を前に向けた

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枯れ井戸の底

枯れ井戸の底

「枯れ井戸の底」

 大江戸線の車内で見つけた対象が、新宿で降りた。すばやく全身に目を走らせて、服装を脳裏に焼き付ける。これといって特徴のない短髪、濃いブルーのシャツにアウトドアブランドの黒いリュック、黒のスキニーパンツと白いスニーカー。顔は見えない。しかし彼が眼鏡をかけていることを、私は知っている。
 案内板を見ているふりをしながら、目の端で対象の動きを追う。ゆったりした歩調で歩く彼がエスカレー

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アイオカさん

アイオカさん

何を捨てているんだろう。
何で捨てるふりしてるんだろう。
何で、こっちに気づかないんだろう。

そういう人なのだ。アイオカさんは。
コーヒーマシーンから出来上がりを知らせる音がして、コンビニの外に出た。
信号待ちをしていると、アイオカさんもコンビニから出てきて私の後ろで立ち止まった。コーヒーが熱い。持ち手を替えたいのに、どうしてか我慢する。右手が熱い。熱すぎる。
信号が青に変わる。人々に巻かれるよ

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凍えるほどにあなたをください

凍えるほどにあなたをください

【カクヨムの『同題異話SR』という自主企画のために、指定されたタイトルに沿って書かれた作品です】

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 どこでもいいから、ふたりで寒いところへ行こうと思った。

 たまたま入った駅前の古い食堂のテレビは、未だにブラウン管で画面の色がところどころおかしかった。そこから流れるニュースは、今年一番の寒波がやってくると告げていた。
 幸先がいいと思った。順くんは暑いのが苦手で寒いのが

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