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Marshall 4 Season #16

【タイトル】

SORIMACHI/もっといける


前回までのM4S


           *


2024年6月5日 12:00

──言いたいことは山ほどあるが、まず言っておく。

「今から行く。逃げるなよ。」


Noobは放送室のマイク越しに宣戦布告した。
相手は清水シュハン
衆議院議員 元文部科学省副大臣 愛知県第3区から立候補し、数年前に当選を果たした国会議員『清水よしたか』の一人息子。
この国の正義とやらに守られた、絶対悪。
だがその牙城も、崩れようとしていた。



                                      *

続けて、正午の国営放送の音声がスピーカーから聴こえる。

続いてのニュースです。
自明党の派閥の政治資金パーティーをめぐる事件で政治資金規正法違反の虚偽記載の罪で起訴された清水佳隆衆議院議員が、4日夜、保釈されました。

保釈されたのは、田部派に所属していた衆議院議員で、自明党を除名された清水佳隆被告。

黒っぽいコートを着てマスクをつけた清水議員は、雷が鳴り雨が降りしきる中、拘置所の職員と集まった報道陣にそれぞれ一礼し、迎えの車に乗り込みました。

清水議員は、おととしまでの5年間に田部派「真和政策研究会」から4826万円のキックバックを受けたにもかかわらず、みずからが代表を務める資金管理団体の政治資金収支報告書に寄付として記載しなかったとして、先月31日に政治資金規正法違反の虚偽記載の罪で起訴されました。

弁護士の請求を受けて、東京地方裁判所が4日、保釈を認める決定を出し、検察が不服として準抗告しましたが、東京地裁がそれを退けました。

保釈金は1500万円で、全額納付されたということです。

内部筋によりますと、今回の起訴は、"ジョン・レノンからの啓示"という匿名の告発文書がきっかけとなったもので、現在、名古屋を拠点とする闇カジノとの余罪関連も含め、本件に関する真相究明に向け、その調査が続いています。


          *


放送室からの一報に、誰もが驚いた。
「政治とかキョーミねーし」と、普段なら見向きもしない政治屋の不祥事や汚職。
だが、この時ばかりは「清水シュハンの親だよな?」と興味をそそる何かを感じ、次の展開を期待した。

無論、こんなニュースはNoobにとってどうでも良かった。虎太郎が闇討ちに遭ったと報告を受けた段階でシュハンに対する恐怖は消え失せた。
それよりも、仲間や居場所を傷つけられた事に対する、強烈な憤りで身を焦がしそうだったのだ。

人は誰しも弱い。
そこにつけ込み、安全圏から弱者を嘲笑うシュハンは、もっと弱い。
「誰かに従う筋合いなんて本来どこにもない」と、虎太郎が歌ってくれた事を思い出す。


           *


──優璃に窃盗の罪を被せ、旧校舎を奪い、虎太郎を車で轢き殺そうとしたシュハン。

Noobは、シュハンの居る2年6組に向かう。
教室までの道のりには人だかりが出来ていた。

Sunnyの3人は、放送室に立て篭もりバリケードを築いていた。そのあいだにもスピーカーからは、虎太郎がミギテに自白させたシュハンによる脅迫の全容と、Noobへの悪趣味の裏でリンチやいじめを受けていた生徒たちの証言がそれぞれの音声で流されている。
"ジョン・レノンからの啓示"に続き、アイ先生も、シュハンらの悪事を告発した。これでこの掃討作戦の成功率がぐっと跳ね上がる。

Marshallは今朝、スニーカーを履く僕の背中に向かい「晩飯までには帰って来い」と投げかけた。

教室に向かう途中の廊下で、雫は「行かないで」と袖を引っ張った。

「カウボーイ・ビバップ最終話のスパイクじゃないけどさボクは。ボクの人生を後悔したくないから行くよ」と昨夜、優璃に送ったLINEに既読は付いている。

そして今回、ありとあらゆる悪意ある痛みを浴びせられた虎太郎は、ICU集中治療室に居た。
検査の結果、右胸骨第6,7,8肋骨骨折、左橈骨遠位端骨折、腹部臓器軽度損傷合併(肝臓)、脳震盪、全身打撲という壮絶な診断を受けたにもかかわらず、なんとか一命を取り留めていた。


──ボクだけ無傷ってわけにはいかないのさ。
もし殺すなら、そのよく肥えた喉元食いちぎって道連れにしてやるよ。五体満足で帰れると思うな。

刃渡り165センチ。
Noobの全身は怒りに満ちていた。

           *


2024年6月5日 12:11。

2年6組の教室には、シュハン以外誰もいなかった。

皆、逃げ出したのだ。
それは、これまで脆弱で些々たる人間だと思い込んでいたNoobが、何かとんでもない報復をしにやってくるという確信にも似た危機感からに他ならない。

Noobを見るなり、群衆たちが「殺れ!」、「やり返せ!」と捲し立てる。教室前の廊下に群がる野次馬どもを、生活指導教員と6組担当教員が、必死で制止している。

シュハンは、映画『羊たちの沈黙』のレクター博士の如く、ただじっと席につき、騒ぎ立つ現状を眺め、薄らわらっている。

──映画の話次いでに。ホアキン・フェニックス主演の『JOKER』って映画の感想の大半が、ジョーカーに対する批判や、自分がジョーカーになる可能性について示唆するものばかりで、誰も、自分自身が傍観者となってジョーカーを生み出す可能性については語っていなかった。それについては同情したくもなった。

ただ、自分の弱さから目を背け、誰かを傷つけて良い理由には決してならない。

これは映画やフィクションの世界じゃない。
そんな面構えでNoobは教室の前に立った。

教室に一歩足を踏み入ると、群衆たちの騒めきは、水を打ったかのように静まり帰った。



           *


「やあ。久しぶり。元気してた?」

シュハンは、飄々とした口調で言った。


──ビシャンッ


Noobは、一発、奴の右頬を平手打ちする。


「元気だよ、お陰様で」


「あれ、こういう時って左頬も差し出せばいいんだっけ。アレ。右頬だっけ?」


「ボクは無神論者だし、きみはキリストでも何でもない」
そう言ってNoobは、シュハンと向き合う形で腰掛けた。


──ブゥーン。
校庭に面した窓から飛来した手のひらサイズの小型ドローンが、天井スレスレの位置でホバリングし、両者の状況を録画している。白いボディフレームには青い文字で『ZiON』と表記されている。


「まあなんだっていいさ、この際。」
シュハンは少し不満そうな口調でそう告げた。


「ああ、ただきっちり落とし前は付けてもらう。それだけは覚悟しろよ。」
Noobが顔色一つ変えず伝える。


           *


「きみの父親が政治家という立場を失ったのを好機と見たマスコミが、余罪だけじゃなく家族構成なんかのプライベートについても嗅ぎ回っている。」


「へえ。キミが僕を脅迫か。なかなか面白いね。」


「何も面白くない。お前のやった事の全て、面白い事なんて一つもない。」


「僕は楽しかったよ。本当に楽しかった。キミの顔がションベンまみれになる姿も。あの虎太郎とかいう輩が車に撥ねられる寸前に見せた表情も。何もかも全てが最高に面白かったなぁ…フッ、フフゥ…フプ…ギャハハハハ!クッソ最高だよォ」

うわ、マジかよ。と群衆たちがざわめく。

「認めるのか。」

「フフフ…あー笑った。ああ、認めてやるさ。言っただろ。この際、なんだっていいって。」


──シュボォッ
ポケットの中に忍ばせていた制汗スプレーを噴射したその刹那、袖口に仕込んでいたライターを着火させたシュハンは、Noobの顔面目掛け火炎放射器のメソッドで虚を突いた。
だが、慣れない動作のせいなのか、はたまた小型ドローンのプロペラから発生する気流のせいなのか、炎は廊下側の群衆たちに向かって爆ぜ、Noobの左頬をおまけ程度にジュっと一瞬掠めたまで。

騒ぐ群衆を尻目に、Noobは出来るだけ冷静な口調で締めくくる。
「優璃さんに謝れ。それから虎太郎さんや苦しめてきた複数の被害者達に自分がやった事の罪を償え。」


嗚呼、オーバーキル。仇討ち完了。


6拍ほど間があったが、次の瞬間には、「うああああ!」と、理性を失った獣のように狼狽する主犯シュハンが、駆けつけた体育教師や柔道部顧問らに取り押さえられていた。


イッヒヒッヒ、ギャッハッハッハ。

シュハンは、気が狂ってしまったかのように嗤い続けていた。まるで、泣き方を忘れてしまったあのJOKERの様に。

                                       *


2024年6月12日。

一連の騒動、というか事件から約二週間後。

Noobと優璃、ユウキ、美穂、ごっつん、そして雫は、虎太郎のお見舞いに来ていた。
当人はというと、政府要人が入院するような完全個室型のICUに転室したようだ。いわゆる賠償というやつらしい。

『面会謝絶』と表記されており、表情は伺えないものの、ドアのすぐ横に、藤川虎太郎様と書かれたネームプレートがある事に皆が安心する。

虎太郎はあと1センチ内側に右8番目の肋骨が折れていれば肝臓を大きく損傷し、間違いなく出血性ショックで命を落としていたこと。
だが、奇跡的にも脳や頸椎は無事で後遺症のリスクも今のところ無いこと。
そして虎太郎の骨密度が通常の5倍という数値だったため、左手首の骨折は今月いっぱい迄のギブス対応で済むということ。
彼の好きな音楽の趣味がイケてること。
毎日右手でギターを撫でていること等を、主治医から説明された。


「あの…一瞬だけでも顔を見たり出来ませんか?」

ユウキが、そう言うと主治医は「ちょっとお待ち下さい」と笑顔で応対し、病室に入っていった。


その数秒十後に、「今ちょうど眠っていらっしゃるので、起こす事は出来ませんが、それでも宜しければご様子を見ていかれますか?」との事。

これには一同、快諾した。


           *


──スーハ。スーハ。

酸素マスク越しに、息を吸い、息を吐く。
BPMは60。彼らしいグルーヴ。優しい。

点滴や、サチュレーション、脳波計測機、浮腫んで別人のような顔、管やケーブルだらけの全身、テーブルに置かれた無数のCDと、年季の入ったポータブルプレーヤー、ベッドサイドで輝くルシール…

雫と美穂は、その痛々しい姿を見て、しくしくと泣き出してしまった。

優璃は、全て自分のせいだと言わんばかりの落胆を見せ、ユウキやNoobがそんな彼女の体をさする。「ボクのせいだよ」、「いや、俺のせいだ」

ごっつんは、虎太郎の愛用していたギターに触れ、泣いていた。






           *



その日は、皆すぐに解散した。
優璃はユウキの兄であるユウイチと虎太郎の店『Free』に向かい、営業を手伝った後、自宅に帰ると言っていた。

Noobは、今朝Marshallに言われた通り、夕食の時間までに施設に帰所して、食堂や入浴室を掃除したりしている。

普段となんら変わりないはずなのに、久しぶりに帰ってきた気がする。

ひょいっと、なんて事ない様にMarshallがNoobの肩に乗る。「ひとつ聞いても良いか」と、何かを尋ねに来たようだ。

「もし、その…虎太郎が今回のライブに参加出来なかったとしたら、どうする?」

「これは、みんなと話して決めたんだけど、やるよ。必ずやり遂げる。」浴槽をごしごし磨く手を止め、Noobはそう答えた。


           *


「なあ、Noob。」


「ん、何?」


「7月は…あれだろ。母親と面会があるし、夏休みも始まるな。」


「うん、そうだよ?」
やけに歯切れが悪いMarshallの様子に、少しきな臭さを覚える。


「も、もし。もしも都合が良ければ、7月四週目の日曜日に若宮パークで開催される『矢場スギルスキル』に連れて行ってくれないか?」


何だそんなことか。と思ったが、思い起こせばMarshallが施設に来てからの数ヶ月、この猫はまるでイエネコのように生きていた。それはきっと平和的で安全な生活ではあるけれど、彼は元々、日本屈指のB-BOY。自分の原点である"現場"に行きたくて仕方がないのだ。

ブロックパーティ風の昼型イベントということや、全国から集まる若手ラッパー、注目度の高い新星たちはのライブ、ラップバトル、ダンスバトル、そして大御所ゲストとして出演が決定しているBuddha Brainの三人に会えるということで、Noobにとっても行かない理由など寧ろ無かった。


「最近のお前は色々あったから。…なかなか言い出せなかった」
Marshallはそう言って、Noobの左頬に出来た火傷痕をペロっと舐めてみせる。

「お前が前に進むかぎり、きっと何か大切なことを学ぶ機会にもなるはずだ」


          *

「Marshall、ありがとう」

「おう。みんなも誘ってやれ」

「うん。そうするよ!」


大丈夫。
もっといける。

傷も癒える。
もっといける。


次回のM4S


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