記事一覧
小説 【誰かが誰かのS】①
時々、私はとても凶暴になる。
それは、ソファの上で寝そべっているつーちゃんの、妙になまっちろい足の裏だったり、爪の甘皮を時間を掛け丁寧に整えているのが目に入ってきた時だったりした。
私の足の裏はつーちゃんより硬くて黒ずんでいたし、爪ごときはパチパチンと切ったらお終いでいいわけで、男のくせに、いつまでも指先に執着して弄っている姿を見ると心底イラついた。
「ちょっと、ゲームばっかりしてない
小説【ブレインフォグの明日】③
「いやもう、このコロナ禍で業績が芳しくなくってね」
美那が聞きもしないのに、課長は開口一番そう言った。彼が話す度、ウレタンマスクがもごもごと動いて鼻が現れる。
私物を会社に取りに行ったついでに、お見舞金十万円と未消化の有給換算三万六千円が手渡された。課長が精いっぱいやらせてもらうと言っていた答えがこれだ。
案の定、退職金は出なかった。一年ごとの契約社員には一円もないのだ。改めて示された
小説【ブレインフォグの明日】②
ワンルームの部屋中にゴミが散らかっていた。あちらにもこちらにも自身が撒き散らしたウイルスが付着している気がし、散らかった紙皿やティッシュやカップ麺の空容器など拾い集めゴミ袋に入れた。
次の朝、まだ夜も明けきらない薄暗い中を、美那は辺りを見回しこっそりと部屋を出た。
袋を両手に下げゴミ集積場に持っていく。コンテナの蓋を、音をたてないよう用心深く開けて袋を入れる。外階段を上がり部屋のドアの前に
小説【ブレインフォグの明日】①
はじまりは、味覚の変化だった。
日曜日の朝。コーヒーカップに口を付けたとき香りがなかった。バタートーストは味のない高野豆腐を噛んでいるようだったし、口に入れたサラダはジャリジャリするだけで、咀嚼し飲み込むとドレッシングの油がただぬるりと口の中に残った。その後じわりと熱がでて、三八度四分まで上がるのに一時間とかからなかった。
まずい……、新型コロナ? なぜどうして? どうしよう、どうなるの
小説【せとでん通勤者~妄想する女~】
午前7時48分「大森金城学園前」駅。ドアが開くと女子大生の華やかな一団が下車していった。
入れ替わりに乗車してきたカレシとカノジョのふたり連れ。運よく空いた私のまん前の席にするりと並んで座った。
え、だるま? と思うほどにまん丸の身体つきのカノジョ。
嬉しそうに自分の脂肪で膨らんだ肩を、隣に座ったカレシの身体にクイクイと擦りつけながらおしゃべりが始まった。ふたりがステディーな関係かど
小説【リア充に燃える日々】
下ろしたてのコーヒーカップは、メインディッシュの皿の斜め右三十度の位置に移動させた。テーブルの中央の花瓶は、アシンメトリーになるように、左側奥にさりげなく寄せた。構図はこれでよし、窓からさす光もカーテンのはためく感じもこれでよし、いい感じ。
蘭子はおもむろにスマートフォンを構えると、テーブルの上の料理を連写した。
「ママ、まだ食べちゃだめなの? お腹空いたよう」
「麻里亜、もう少し待ってて
小説 【誰かが誰かのS】③
結局、久志との関係は、彼の両親の干渉で解消したのだった。それは唐突に、実にあっけなく。久志に、この上もない良家のお嬢さまとの縁談が持ち上がったのだ。それもこれも、地元有力者としての父親の力の由縁だ。
「うちの息子のような子持ちの男と、いつまでも付き合っていてもねえ。先生にも将来がおありでしょうから」
アパートの薄暗い玄関で、久志の母親はそう言いながら、脱ぎっぱなしの私のサンダルやパンプスを
小説 【誰かが誰かのS】②
私は、つーちゃんの前にも、男と同棲をしていたことがある。
久志と出会ったのは、保育園の夏祭りの夜だった。
彼が担当のクラスの園児、裕樹の父親だと、そのとき初めて認識したのだった。なぜなら、裕樹の祖母が朝夕の送迎をしていたからだ。久志親子は、さんざめく園庭の片隅で盆踊りの輪を遠巻きにし、ぼんやりと突っ立っていた。
「裕樹くんのお父さんですか。担任の高橋です。一緒に踊りませんか?」
「あ、ど