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映画『午前4時にパリの夜は明ける』をみる。

『レッド・ロケット』鑑賞直後の、シネ・リーブル梅田。来場者プレゼントにもらったストロベリー柄のステッカーを眺めつつ、30分後に控えた仏映画の初日を待ちます。R-18指定、冷静に考えてなんちゅうモン配っとるんや。最低で最高な映画の後は、ゲンズブールとエマニュエル・べアールの実に23年振りとなる共演作。本当に、長い夢から覚めて朝を迎えた気持ち。

フランス国立放送局Radio Franceは、セーヌ川のほとりに位置しています。劇中に登場したクラシック音楽ホールはAuditoriumと呼ばれ、同局建物内に併設されている。ヨーロッパの国営ラジオ局にはいくつか聞き慣れた名前がありますが、深夜ラジオという存在がどう人々に位置付けられていたのか。ミッテラン政権下、1981年のフランスがどのような姿だったのか。

春に観た『エンパイア・オブ・ライト』あるいはボウイのドキュメンタリーでも80sのパンクとモードとが共存する当時の暮らしぶりをほんの少しだけ垣間見ることができましたが、依然として「深夜ラジオ」像は曖昧なまま。夜に生きる人々のため、あるいは眠れぬ夜を共に明かしてくれるパートナーとして「ただそばにいる」。果たしてフランスにおいてはどうだったか。

女優・岸井ゆきのが「やられた」と語ったファーストカット。ラジオDJの柔らかく温かな語り口をバックに、登山リュックがはち切れそうになる程荷物を詰め込んだ家出少女タルラ(ノエー・アビタ)は、点滅式の路線図に目をやった。スクリーンいっぱいに星図が映し出されたような美しさ、パリの夜の雑踏。画角がビッシビシ決まっていく爽快感、あのシーンを何回も観たい。

監督のミカエル・アース曰く、70年代から90年代にかけ放送されていた番組『夜のこと(Les choses de la nuit)』の1コーナー「あなたの名前は?」に着想を得た作品。スタジオに招かれたゲストスピーカーと司会者の間には本編同様に衝立が置かれており、お互いの姿を確認することはできません。日本でも、深夜ラジオの醍醐味といえばやはり生電話ではないでしょうか。

ハガキ職人が構成作家としてヘッドハントされるように、ヴァンダ(エマニュエル・ベアール)のラジオをこよなく愛していたエリザベートもまたこの番組の電話番として雇われた。そこへ偶然ゲストとしてタルラが招かれ…非常にシームレスに小気味良く舞台が整っていく、この辺りの構成も見事。ラジオが人と人とを繋ぎ、ほつれそうになった家族の糸をも補修していく。

しかし電話番だけで生活費を工面することは非常に難しい。図書館受付とのダブルワークをこなす中で、エリザベートはユーゴ(ティボー・ヴァンソン)と知り合う。一方彼女の息子マチアス(キト・レイヨン=リシュテル)もまた、家出少女タルラとの仲を深めていく…子どもの恋愛と大人の恋とが交錯し、それぞれのパーソナリティが心地良い湿度で静かに浮かび上がってきた。

エリック・ロメール『満月の夜』をタダ観したことがきっかけで、タルラは映画女優の夢を追いかけ始める。血の通った関係がそれぞれの自立を促し、進むべき方向へと背中を押した。マチアスから告白を受けた日の晩、タルラは再び部屋から姿を消す。ラストシーンがどうか、三度目の再会を果たせた「メタファー」であることを願うばかりです。必ずまたどこかで会える。

前作『アマンダと僕』でも劇伴を担当したNYの作曲家、アントン・サンコ。岩清水あるいはミストシャワーと形容するべきか、本当に素晴らしい出来。枯れ木が再生するようにエリザベートの表情もまた徐々に明るさを取り戻した、タイトル通り「夜は明け」始めたのでした。『いつかの君にもわかること』でも感じた邦題の魔力がここにも。やっぱ貫禄凄えわゲンズブール。

<今後の鑑賞候補作品 ※気まぐれに変更有>

『EO イーオー』
『私、オルガ・ヘプナロヴァー』
『TÁR』
『ソフト/クワイエット』
『aftersun/アフターサン』
『なぎさ』
『ぼくたちの哲学教室』
『Rodeo ロデオ』
『カード・カウンター』
『遺灰は語る』
『プー あくまのくまさん』

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