新堂粧子

社会学者 作田啓一氏とおよそ四半世紀にわたり、同人誌Becomingなどの出版、編集、…

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社会学者 作田啓一氏とおよそ四半世紀にわたり、同人誌Becomingなどの出版、編集、研究生活を共にしてきました。 人間の非合理性、リアルの探求へと歩を進めた作田人間学の継承、発展のために、今後も活動を広げてゆきたいと思っています。よろしくお願いいたします。

記事一覧

苦悩の共有(「共苦」)と人類の連帯(「憐憫」の感情)

1979(昭和54)年10月『季刊 本の手帖』第23号、昭森社 三人世帯とユートピア    作田啓一  ドストエフスキーの『未成年』の主人公アルカージーは、ある一時期、悪…

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10か月前
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欲望の三角形

1979(昭和54)年 8月『創造の世界』第31号、小学館 欲望の三角形  作田啓一  現代の産業社会においては、企業が消費者の側に欲望をつくり出し、需要の水準を保ったり…

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1年前
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ドスト的空想とマイナス溶解体験

作田氏と地下に入ってゆく小さな薄明かりのレストランに行った時のことを思い出した。そこには常連さんらしき紳士風の老人男性が先客として、ひとり静かにパンを頬張り、ナ…

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1年前
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私の一冊の本 ドストエフスキー『白痴』

1979(昭和54)年12月『総合教育技術』12月号、小学館 私の一冊の本 ドストエフスキー『白痴』 京都大学教授 作田啓一  ドストエフスキーの小説(米川正夫訳)を毎日読…

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1年前
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旅する心で日々を生きる

1978(昭和53)年 4月『Square』No.30、レジャー・サービス産業労働情報センター 旅する心で日々を生きる   作田啓一  観光用の名所やその付近に住んでいる人にとっ…

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1年前
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夢の話はなぜ面白いか

1977(昭和52)年 5月『健康』月刊健康発行所、大阪 夢の話はなぜ面白いか    作田啓一  夢の話はたいがい面白いもので、時には芸術作品に接した時のような感動を経…

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1年前
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流行歌の一つの始まり/短歌のこと

1976(昭和51)年10月『グラフィケーション』10月号、富士ゼロックス株式会社 「流行歌の一つの始まり」作田啓一   頰につたふ涙のごはず   一握の砂を示しし   人…

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1年前
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「忠実な信徒」とは誰か?

1969(昭和44)年 8月 4日『週刊読書人』 (作品社編集部編『ERIC HOFFER BOOKエリック・ホッファー・ブック ─ 情熱的な精神の軌跡』作品社、2003年に再録) エリック・…

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1年前
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閑暇について

1973(昭和48)年 6月20日『京大教養部報』第54号 閑暇について    作田啓一  私の専門は社会学なので、余暇(leisure)についての文献にいくらかは親しんでいる。そ…

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1年前
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日本人はどうして周囲を気にするか

1971(昭和46)年11月14日『中日新聞』 「日本人はどうして周囲を気にするか」(作田啓一氏〔京大教授〕に聞く インダヴュー 生川記者) 〈集団の自立性の弱さ 二重の視…

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1年前
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全体主義の毒

1972(昭和47)年 5月12日『日本海新聞』(共同通信社) 「言論の自由をめぐって」  作田啓一 漏えい事件と川端氏の死  沖縄返還の条件の一つが国民の目から隠されてい…

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1年前
4

何ゆえに裁きうるか②

1971(昭和46)年 6月『展望』筑摩書房(『To Be, or Not To Be: 木下順二対談集』筑摩書房、1972 に収録) 対談 何ゆえに裁きうるか  木下順二(劇作家)  作田啓一(…

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2年前
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何ゆえに裁きうるか①

ぼけぼけの86歳の母が、テレビニュースを見ていても「何もわからん」と言いながら、「なんで人間は戦争なんかするんやろう。なんで?」と繰り返し繰り返し聞いてきます。 …

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2年前
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N・O・ブラウン『エロスとタナトス』

1970(昭和45)年10月『展望』筑摩書房 (書評)N・O・ブラウン著・秋山さと子訳『エロスとタナトス』  作田啓一  この本の魅力は、なによりもまず、フロイトの精神分…

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2年前
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指標とは何か②

〔中略〕 “ファランジュ”のモデル 作田 やはり、ひとつの転換期、それがいつまで続くかわからないような長い転換期にきているのかもしれませんね。ひとつは国際的な関…

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2年前
2

指標とは何か①

(眼鏡を外した作田氏の写真はめずらしいので掲載しようと記事の抜粋を入力し始めたところ、おもしろい議論がつづくのでカットしづらく長くなりました。2回に分けて投稿し…

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2年前
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苦悩の共有(「共苦」)と人類の連帯(「憐憫」の感情)

苦悩の共有(「共苦」)と人類の連帯(「憐憫」の感情)

1979(昭和54)年10月『季刊 本の手帖』第23号、昭森社

三人世帯とユートピア    作田啓一

 ドストエフスキーの『未成年』の主人公アルカージーは、ある一時期、悪友と共にたまたま街で出会う女性を両側からはさむかっこうで歩きながら、卑わいな会話をやりとりするという趣味の悪い楽しみにふける。アルカージーは、この悪友に、ルソーが少年の頃、向こうから歩いてくる女性に自分のからだのふだん隠されて

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欲望の三角形

欲望の三角形

1979(昭和54)年 8月『創造の世界』第31号、小学館

欲望の三角形  作田啓一

 現代の産業社会においては、企業が消費者の側に欲望をつくり出し、需要の水準を保ったり高めたりするようになった。このような需要の創造は、J・K・ガルブレイスが現代の特性として指摘していらい、今では広く知られている。欲望をつくり出す最も有効な方法は、消費者が関心を抱いているだれかが、問題の商品を愛好していると見せ

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ドスト的空想とマイナス溶解体験

ドスト的空想とマイナス溶解体験

作田氏と地下に入ってゆく小さな薄明かりのレストランに行った時のことを思い出した。そこには常連さんらしき紳士風の老人男性が先客として、ひとり静かにパンを頬張り、ナイフとフォークを美しく使いこなしていた。作田氏はその老人を観ながら、「彼は数年前に妻を失ったやもめ男で、毎夕、決まった時間にここに来て、決まったメニューを食するのだよ。彼の住まいは……」と語り始めた。「ええええ? 知ってる人?」「ははは、ド

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私の一冊の本 ドストエフスキー『白痴』

私の一冊の本 ドストエフスキー『白痴』

1979(昭和54)年12月『総合教育技術』12月号、小学館
私の一冊の本
ドストエフスキー『白痴』
京都大学教授 作田啓一

 ドストエフスキーの小説(米川正夫訳)を毎日読みふけり、そのあげく世の中が今までとは別なふうに見えたのは、十六歳の冬であったと思う。ドストエフスキーに限らず、この時期に読んで感動した本が最も強く記憶に残っている。ここでは『白痴』を挙げておいたが、私としては『悪霊』でも『カ

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旅する心で日々を生きる

旅する心で日々を生きる

1978(昭和53)年 4月『Square』No.30、レジャー・サービス産業労働情報センター

旅する心で日々を生きる   作田啓一

 観光用の名所やその付近に住んでいる人にとっては、その名所は見るに値しないありふれた場所であるにすぎない。ところが、その人がまた、別の人にとっては住みなれた場所にすぎない風景を、高いコストを払ってでも見るに値するものとみなして、そこへわざわざ出かけてゆく。私は旅

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夢の話はなぜ面白いか

夢の話はなぜ面白いか

1977(昭和52)年 5月『健康』月刊健康発行所、大阪

夢の話はなぜ面白いか    作田啓一

 夢の話はたいがい面白いもので、時には芸術作品に接した時のような感動を経験することがある。それは一つには、ごく平凡な夢はすぐに忘れられ、誰かに語る時まで記憶に保存されている夢は、それだけ面白い内容のものであるためかもしれない。だがそうであるとしても、人から聞く夢の話はたいがい面白いということには変わ

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流行歌の一つの始まり/短歌のこと

流行歌の一つの始まり/短歌のこと

1976(昭和51)年10月『グラフィケーション』10月号、富士ゼロックス株式会社
「流行歌の一つの始まり」作田啓一

  頰につたふ涙のごはず
  一握の砂を示しし
  人を忘れず

 石川啄木の歌集『一握の砂』に収められているこの歌は、朗詠の形をとって明治四十三年に流行した。同じ年、ガードンという外国人の曲で「真白き富士の嶺(ね)」が若い世代のあいだで広く歌われた。その二番の前半と三番の後半

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「忠実な信徒」とは誰か?

「忠実な信徒」とは誰か?

1969(昭和44)年 8月 4日『週刊読書人』
(作品社編集部編『ERIC HOFFER BOOKエリック・ホッファー・ブック ─ 情熱的な精神の軌跡』作品社、2003年に再録)

エリック・ホッファー著『大衆運動』
作田啓一

 原題は「忠実な信者」(The True Believer, 1951)。拾い読みをした記憶があり、八年前『大衆』というタイトルの同じ訳者の手による邦訳で通読した。今度

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閑暇について

閑暇について

1973(昭和48)年 6月20日『京大教養部報』第54号

閑暇について
   作田啓一

 私の専門は社会学なので、余暇(leisure)についての文献にいくらかは親しんでいる。それで、部報編集委員長の佐野利勝先生から余暇について一文を草するようにというご依頼があった時、即座に書きますと答えた。ところがよく考えてみると、部報が求めているのは社会学のエッセイではない。よく考えてみなくても、それく

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日本人はどうして周囲を気にするか

日本人はどうして周囲を気にするか

1971(昭和46)年11月14日『中日新聞』
「日本人はどうして周囲を気にするか」(作田啓一氏〔京大教授〕に聞く インダヴュー 生川記者) 〈集団の自立性の弱さ 二重の視点から自己を規制〉

生活空間の違う集団の目を意識

--恥の意識は他の民族に比べて日本人の著しい特徴ですか。

「恥は何を意味するかで違ってきますが "社会や集団には一定の基準があって、その基準より劣位に立つまいという配慮から

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全体主義の毒

全体主義の毒

1972(昭和47)年 5月12日『日本海新聞』(共同通信社)
「言論の自由をめぐって」
 作田啓一

漏えい事件と川端氏の死

 沖縄返還の条件の一つが国民の目から隠されていたという事実が、外務省の公電漏えいで明らかになった。この公電の内容は、沖縄返還について国民が判断するさいの重要な資料である。その資料に極秘の印が押してあったということは、国民全体の意向を政府がまだ代表しえない段階において、政

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何ゆえに裁きうるか②

何ゆえに裁きうるか②

1971(昭和46)年 6月『展望』筑摩書房(『To Be, or Not To Be: 木下順二対談集』筑摩書房、1972 に収録)
対談 何ゆえに裁きうるか
 木下順二(劇作家)
 作田啓一(京都大学教授・社会学)

はじめに
原点としての東京裁判
裁判における客観的価値
〔以上、略〕

裁きの根拠は何か
〔前回「何ゆえに裁きうるか①」〕

無関心という悪
 木下 つまりそういうギャップがある

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何ゆえに裁きうるか①

何ゆえに裁きうるか①

ぼけぼけの86歳の母が、テレビニュースを見ていても「何もわからん」と言いながら、「なんで人間は戦争なんかするんやろう。なんで?」と繰り返し繰り返し聞いてきます。
裁きと悪についての面白い対談を見つけました。一部分を2回に分けて掲載します。

1971(昭和46)年 6月『展望』筑摩書房(『To Be, or Not To Be: 木下順二対談集』筑摩書房、1972 に収録)
対談 何ゆえに裁きうる

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N・O・ブラウン『エロスとタナトス』

N・O・ブラウン『エロスとタナトス』

1970(昭和45)年10月『展望』筑摩書房
(書評)N・O・ブラウン著・秋山さと子訳『エロスとタナトス』
 作田啓一

 この本の魅力は、なによりもまず、フロイトの精神分析理論の大胆な解釈にある。ブラウンという人は、アメリカの大学で古典学を講義しているそうだが、近代の人文諸学や文学についても博い知識をもっていて、これらの知識が、フロイト理論のもつ含蓄の深さを立証する形となっている。たとえば、モー

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指標とは何か②

指標とは何か②

〔中略〕

“ファランジュ”のモデル

作田 やはり、ひとつの転換期、それがいつまで続くかわからないような長い転換期にきているのかもしれませんね。ひとつは国際的な関係から決まるというかある程度外側から決まっていく目標がありまして、その目標を達成するために個人や集団といった単位が、欲求をコントロールするというシステムがあり、それが文明を築く原動力になったと思います。歴史的にそうだと思います。
 それ

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指標とは何か①

指標とは何か①

(眼鏡を外した作田氏の写真はめずらしいので掲載しようと記事の抜粋を入力し始めたところ、おもしろい議論がつづくのでカットしづらく長くなりました。2回に分けて投稿します。)

1971(昭和46)年12月15日『学際』第12号、センチュリリサーチセンタ株式会社(『学際』No.1、2001年 5月15日、株式会社構造計画研究所、に再録)
座談会 「指標」とは何か ~その周辺と背景を語る~
 湯川秀樹(京

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