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SS『街路樹と換気扇』

SS『街路樹と換気扇』

 空回りする換気扇を眺めていた。風に吹かれて回るだけの存在はもう何十年もそこにいるらしい。粉のような雪が申し訳程度に降っている。久しぶりにここら辺で降ってみようか、なんて思っているかのように少しずつ、微かに舞っている。
 

雀が小さな鉢に植えられたというのに大きく育ってしまった何らかの木に留まった。私にとってそれがなんの木であるかは関係ない。ただ、そこには木があって、窮屈そうに生えているのが心地

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SS『私と共に生きるもの』

SS『私と共に生きるもの』

前作『校舎はどこかに繋がる』で【暴風】というお題でコラボさせて頂きましたkiiさんの絵の作品に小説をつけさせて貰いました。

「誰が初めに言ったのだろうね、桜の木の下には死体が埋まってるだなんて」

 先生はテスト中に外を見てそっと呟いた。窓際最前列の席の私にしか聞こえないようなその優しい声は、体育科の先生とは思えないものだった。

 数学をカリカリと解く空間は、嫌悪感と諦めで満たされている。これ

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SS『校舎はどこかに繋がる』

SS『校舎はどこかに繋がる』

【お題『暴風』】

 風が止んだのはその一瞬だけだった。君は笑っていた。窓際で僕を見てる。
 臨時休校になった校舎の中で、僕は帰ることが出来なかった。雨にも負けず一生懸命登校したというのに、社会は無慈悲に到着してから休校を告げる。
 ローファーの中は水没していて、僕は歩く度に水たまりを作る。
 帰ればいい。
 帰ればいいのだけど、来た時よりも強くなった雨と風の中を疲れ果てた体で駆け抜けることが出来

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SS『山は秘密基地』

SS『山は秘密基地』

あたかも入ってくださいかと言っているような木の間を通り抜ける。そこだけは草も生えずただ土がむき出しに、人を誘う。

誰もが自分だけの秘密基地だと思っていた場所は、さすがに荒れ果て自然の占領場となっていた。

もういいよ。

声が聞こえる。それはきっと麓の神社で遊ぶ子供たちの声。立ち止まり、耳をすませばたくさんの音で溢れている。木がぶつかる。草が揺れる。笑い声。飛行機の通過。なにかの唸り、そして、心

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SS『ネ申』

SS『ネ申』

 俺は壁に背をつけている。目の前を男が通り過ぎ、パソコンに何かを打ち始めた。冷たいという感覚もなく、俺はそこにいる。アラーム音が体の中の空洞に虚しく響いていた。

 その日、俺はいつも通りターゲットの家に向かっていた。誰にも気づかれることなく、ぬらりと侵入する。調べた通りならば家主はシャワーに入っているはずだった。やけに静かな部屋。転がっている死体。一見、自然死のような綺麗な遺体には、喉仏に刻まれ

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SS『26日まであと5分』

SS『26日まであと5分』

 仕事はまだ終わらない。今日で何連勤だろうか、なんて疑問はできるだけ持たないようにする。有線ではクリスマスソングしか流れてないのに、クリスマスである実感が無くなって何年経っただろう。
 年末の忙しさに何故クリスマスという行事が盛り上がるせいで、こんなにもやりたくないことをやらされる。
 閉店作業を終えて、寒いだけの街に戻る。都会はきっとイルミネーションでクリスマスを感じるのだろうけれど、僕が生きる

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SS『地名が逃げた』

SS『地名が逃げた』

 地名が逃げた。きっと嫌気がさしたのだろう。ありとあらゆる看板から各地の地名は逃げてしまった。交差点に差し掛かっても青い板が掲げられているだけになった。通っていた病院はただの『診療所』になってしまった。地域を表していたものは全てが消えた。

ここが何駅かもわからない。

 目的地を伝えたとしても、私たちはこことそこの違いを表現出来なくなっていった。

 それは今まで言葉に頼りすぎていたからだ

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SS『空を飛べ』

SS『空を飛べ』

君は何も分かってない。

望は最後にそう言った。チクチクとした心をそっと怒りで包んで、泣きそうな自分を隠した彼女は、いつものお店でコーヒーを一杯買った。それはいつもより苦く感じたらしく、零して白いブラウスが汚れ舌打ちをしていた。

同時刻、碧は温泉に入っていた。日頃はシャワーで済ますから、熱いものに包まれること自体が新鮮であった。顔が赤くなり、緩く、何も考えていないようだった。サウナに入って、どこ

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SS『電車の中の平穏』

SS『電車の中の平穏』

きぃきぃと音が鳴っている。低音が体の中を走る。視界は白とグレーの間。駅が現れては消え、また現れる。斜めに切れたようなマンションを見て、『日射権』というどっかで習った言葉を思い出す。色つきの不織布マスクをしてる人に高貴さを感じて心も視界と同じ色になる。

男の人が半ズボンを履いている。その足は年老いた大木を思わせた。隣に座るかつては老婆と言われ、社会が長生きすることに慣れたからおばちゃんと形容するよ

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SS『この世の支配者』

SS『この世の支配者』

【お題:猫と歯車と宇宙のネックレス】

私の手の中には、猫と歯車と宇宙のネックレスがある。それが何であるか説明が必要だろう。だが先に君の覚悟を聞くべきなのだ。これが何であろうと、君は私の座を受け継ぐ覚悟はあるか?あると言うのなら、私の話を聞け。ないのならば、このまま私を殺して奪い取ればいい。

だけど、それをしたら……、まあそれは自分の目で確認してくれたらいい。

いいか、話を聞く気があるのなら私

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SS『4階トイレから見る空気』

SS『4階トイレから見る空気』

トイレの窓から山を見るのが好きだった。休み時間の初めの5分間は、窓のある一番端の個室に入ってボーッとしてきた。雨の日も、曇りの日も、晴れの日も変わらずルーティンとしてその時間が大切だった。

なんて山かも知らない。隣の県の山かもしれないし、どこにあるのかも知らない。
遠くの山は、気候によって見えたり見えなかったりする。それを毎日、毎時間確認するのだ。

今日は空気が澄んでいるな。

ああ、今日はあ

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短編『離れがたい』【1週間限定無料公開中】

短編『離れがたい』【1週間限定無料公開中】

【おにロリ(お兄ちゃんとロリータ)アンソロジーに寄稿した作品】

 愛情なんて知らない。僕の愛情なんて、他者からしたら気持ちの悪いもので、犯罪として扱われる。別に普通にその子のことが好きなだけなのに、世間的に居場所がないから僕の愛情は消し去ったほうがいいらしい。

 幼い女の子が好きだ。

 小学生以下の女の子。ランドセル姿だって素敵だと思う。でも、それよりももっと幼い子になんとも言えない感情が湧

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SS『彼岸花の秘密』

SS『彼岸花の秘密』

みなさんご存知の通り、彼岸花の時期がやってきました。なので、今日は彼岸花の使い方を教えようと思います。

さて、さすがに君たちが一切の知識がない、とは思ってないのですが、改めて1からお伝えしようと思っています。よろしいですか?

みんなのお父さんお母さんもこの時期は人間の国に3日間ほど滞在しています。

お分かりの通り、彼岸花はあっちの世界との通路なのです。使い方は簡単。それぞれ割り当てられた彼岸

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短編『ラブホの間違い電話』

短編『ラブホの間違い電話』

 大きく伸びをした。冷たいシーツを感じながら、ベッドに寝ころんだままの裸の私は布団から顔を出した。恵太朗さんの肌が触れ合っているところだけ少し湿っていて、離れようとすると吸いついたものが徐々に取れるような感覚になる。割と私の一部となりつつある恵太朗さんは、私を抱きしめながら眠っている。

 枕元にコンドームと並べて置いたはずのスマホを手探りで探す。画面をつけて、あれ。
「しーちゃん、どうしたの?」

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