こさきたけし
あとで読む記事をマガジンに保存しておくことができます。不要であれば、マガジンの削除も可能です。
キャッチャーやります 取り残された細長い土地はマーケットの壁越しで反対側は今はビジネスホテルになっている。 この土地はうちの祖父(じい)さんがやってた酒屋の空き…
紫陽花 「ただいま!」の声の様子で、弘子さんは娘のはるかちゃんの学校での出来事が手にとるように分かる。 玄関にランドセルを放り出すと、クラスであったこと、友だ…
空蝉 カラスの賢さを見せつけられたことがある。県北のT村があまりのカラス被害に業を煮やし、駆除許可を得て役場と猟友会が捕獲作戦に出た。捕獲といっても猟銃で撃つの…
チャンポン ヘルパーさんと呼ばれているがタカシには何の資格もない。いわゆる世の中でいわれているプータローだ。高校中退、就労意欲なし、向上心なし、なにもなし。 …
ドクダミ ひんやりとした屋敷裏の陰地に群生するドクダミ。濃い緑の葉をつまんで嗅ぐと独特の臭気があるが、これを好む人と、嫌う人は極端に分かれる。このにおいがなぜか…
砲丸 タクヤは早朝、砲丸の入ったバックを抱えてやってくる。ゆっくりとウオーミングアップをする。5㌔の鉄の球をぐりぐりとしごくようにして、右手で首とあごの間に挟み…
秋鯵 波止の先端が大崎さん夫婦の定位置である。 軽自動車を妻のヨシエさんが運転し、今日も釣竿とクーラーボックスと折り畳みイスを積み込んでやって来た。 夫の幸造…
鯖 青魚のなかでも一番は鯖なのである。和泉さんが言うには、鯖の背にある青い縞模様がそのままの全身に浮かび上がるのだという。 鯖てんかん、なのだという。鯖アレル…
エレベーターガール ツナ子さんのことは青葉のおかみさんから聞いた。へえーって思ったが、それが本当なのかどうかは知らない。 でも、ありそうな話ではある。 デパー…
秋刀魚 「おい、おい。ちゃんときれいに食わんか。それじゃあ、あんまり魚がかわいそじゃ」 言うまい、言うまいと思ったのだがまた口をついて出てしまった。杉岡さんは…
金魚玉 「金魚あずかってくれないかしら」 勘定済ませてニュースの終いあたりのナイターの結果を見て腰を上げようとしていたらふみさんが金魚を目の前に差し出した。 …
サーファーの風 猛暑の8月といえども盆を過ぎると客足はガクンと落ちる。だだ広い浜に数えるほどの海水浴客になったのを見ながら、タケシは夏の終わりを感じている。 …
飛び魚 どこで飲んでも飯塚さんは最後に駅裏の出雲そばの店「稲佐」に立ち寄る。 大将の出雲訛りを聞いて、ビールにあごの野焼きをつまんで、おぼつかない足どりでなん…
プールサイド 午前中の市民プールは、顔なじみばかりである。インストラクターの悠木さんは、ガラス越しに朝の光がいっぱいに差し込む室内プールのまぶしいばかりの明るさ…
トッカン 「マスター、お土産。ほらこんなにたくさん」とバーカウンターの上に津崎さん夫婦がブルゾンのポケットから木の実を並べて見せた。 ミズナラ、マテバシイ、ク…
おでん 新宿からひと駅の京王線初台に下り立ったのは三十年ぶりである。出張で上京し、夜の新宿のホテルでの会合が思いの外、早仕舞いしたのでつい足が向いた。 西口も…
2024年3月8日 22:36
キャッチャーやります 取り残された細長い土地はマーケットの壁越しで反対側は今はビジネスホテルになっている。 この土地はうちの祖父(じい)さんがやってた酒屋の空き瓶のケースを積み上げていた場所だ。祖父さんは五、六年前まで元気に商売をやっていたが、同じ通りに安売りの酒量販店が駐車場付きでオープンして客足がぱたりと止まり、古くからの馴染み客への配達だけで細々と生き延びていた。 老舗といってもたかが酒
2024年3月6日 09:25
紫陽花 「ただいま!」の声の様子で、弘子さんは娘のはるかちゃんの学校での出来事が手にとるように分かる。 玄関にランドセルを放り出すと、クラスであったこと、友だちの男の子と話したこと、先生に褒められたことを一気にしゃべってそれからおやつだ。 そんなはるかちゃんがランドセルを背負ったまま玄関に座り込んだ。「ただいま」の声のトーンがいつになく沈んでいた。玄関に出てみると、庭先に咲いた満開のアジサイを
2024年3月3日 19:15
空蝉 カラスの賢さを見せつけられたことがある。県北のT村があまりのカラス被害に業を煮やし、駆除許可を得て役場と猟友会が捕獲作戦に出た。捕獲といっても猟銃で撃つのであるが、猟友会員の赤い帽子を見るとカラスは一斉に隣の谷に移動するのである。 無線連絡で「あっちの谷に回ったど」と入る。猟友会が移動すると、上空からあざ笑うように元の集落に戻りごみ漁りや畑に舞いおりる。一日中、それを繰り返して結局は駆除を
2024年3月1日 11:27
チャンポン ヘルパーさんと呼ばれているがタカシには何の資格もない。いわゆる世の中でいわれているプータローだ。高校中退、就労意欲なし、向上心なし、なにもなし。 免許はいちおう持っている。原付免許。ペーパー二回落ちてやっと受かった。唯一、自分を証明する紙といえばこれだけ。 「タカシくん、水曜日は付きおうてよ。いつものコース」。リネン交換のワゴンを押してエレベーター待ってると、ヤマザキさんが廊下の向
2024年2月25日 20:48
ドクダミ ひんやりとした屋敷裏の陰地に群生するドクダミ。濃い緑の葉をつまんで嗅ぐと独特の臭気があるが、これを好む人と、嫌う人は極端に分かれる。このにおいがなぜか嫌いではない。むしろわざわざ摘んで確かめてみるほどだ。 このにおいを嗅ぐと決まって思い出す路地がある。子どものころの光景。N君は義足だった。小学校に入る前に、電車に轢かれたらしいのだが、詳しいことは知らない。N君は戦艦と戦闘機のプラモデル
2024年2月24日 20:10
砲丸 タクヤは早朝、砲丸の入ったバックを抱えてやってくる。ゆっくりとウオーミングアップをする。5㌔の鉄の球をぐりぐりとしごくようにして、右手で首とあごの間に挟み込んだ。 砲丸のひんやりとした冷たさが、掌の温もりでじんわりと熱を帯びてくる。体を動かしながら、準備する間のだるい感じが嫌いではない。 直径2・1メートルのサークルに入るまでの2、30分。まだ眠った体を投てきに持って行くまでのさまざまな
2024年2月23日 20:22
秋鯵 波止の先端が大崎さん夫婦の定位置である。 軽自動車を妻のヨシエさんが運転し、今日も釣竿とクーラーボックスと折り畳みイスを積み込んでやって来た。 夫の幸造さんは、助手席によいしょと乗り込むとまっすぐ前を見詰めたままだ。爽やかな秋の風が吹くようになってから夫婦はこの波止で釣り糸を垂れるのが日課となった。 幸造さんは、猛暑の夏をほとんど寝転んで過ごした。脳梗塞で倒れ、半身が不自由になって2
2024年2月22日 18:13
鯖 青魚のなかでも一番は鯖なのである。和泉さんが言うには、鯖の背にある青い縞模様がそのままの全身に浮かび上がるのだという。 鯖てんかん、なのだという。鯖アレルギー。青魚のうちでも、鯵でもサンマでも鰯でもなく鯖なのである。和泉さんはそれでも鯖が店頭に並ぶ梅雨ころになると決まって、鯖を注文し、背中から腹まで縞模様にして二晩ほどかゆい、かゆいといってのた打ち回り、仕事を休むのである。 そのころ、ボク
2024年2月21日 16:41
エレベーターガール ツナ子さんのことは青葉のおかみさんから聞いた。へえーって思ったが、それが本当なのかどうかは知らない。でも、ありそうな話ではある。 デパートのエレベーターに乗っていたツナ子さんがいきなり各階のボタンを押しながら姿勢を正して「いらっしゃいませ。ご利用の階をお知らせください」としなやかにやるらしい。 その話なら知っている、という常連客が何人かいた。トキワデパートのエレベー
2024年2月20日 13:02
秋刀魚 「おい、おい。ちゃんときれいに食わんか。それじゃあ、あんまり魚がかわいそじゃ」 言うまい、言うまいと思ったのだがまた口をついて出てしまった。杉岡さんは、また反省しきりである。 N社の社員食堂は食品関連会社が一堂に集まった八階建てビルの最上階にある。杉岡さんは会社がまだ木造二階建ての水産加工会社時代から総務畑一筋に来て、この十一月の誕生日には定年退職である。 港を見下ろすしゃれた展望食
2024年2月19日 17:45
金魚玉 「金魚あずかってくれないかしら」 勘定済ませてニュースの終いあたりのナイターの結果を見て腰を上げようとしていたらふみさんが金魚を目の前に差し出した。 何の変哲も無い赤一色の金魚2匹。ただ珍しいのは丸いガラスの玉に入って、ぶら下がるように紐が付いている。ガラスは手作りの感じで青い縁取りがしゃれている。 ふみは駅から桟橋のある港に行く途中にある小さな居酒屋である。ママさんの名前がふみ子だ
2024年2月18日 21:04
サーファーの風 猛暑の8月といえども盆を過ぎると客足はガクンと落ちる。だだ広い浜に数えるほどの海水浴客になったのを見ながら、タケシは夏の終わりを感じている。 タケシの現場は山陰のK海水浴場。三百台収容の駐車場の八割が他県ナンバーでそのほとんどが瀬戸内海側から中国山地を越え高速道路を利用してやってくる。 Jドリンク飲料のボトルカーのアルバイト運転手のタケシはこの夏もこの浜の臨時売店を任された。7
2024年2月17日 14:17
飛び魚 どこで飲んでも飯塚さんは最後に駅裏の出雲そばの店「稲佐」に立ち寄る。 大将の出雲訛りを聞いて、ビールにあごの野焼きをつまんで、おぼつかない足どりでなんとかアパートにたどり着く。 飯塚さんは、戸別詳細地図が売りの住宅地図出版の営業マンで、大きな地図を持って事業所を駆けめぐる。飛び込み営業である。 何度も転職してこの仕事に就いたがあと半年で定年である。足腰もすっかり弱くなった。沿線の駅周
2024年2月16日 19:09
プールサイド 午前中の市民プールは、顔なじみばかりである。インストラクターの悠木さんは、ガラス越しに朝の光がいっぱいに差し込む室内プールのまぶしいばかりの明るさが嫌いではない。 朝10時から午後3時まで、25メートルプールは8コースのうち6コースをウオーキングに開放している。 午後3時の幼児水泳教室までの時間は、中央の監視台の上から、コースを何度も往復する人たちを見詰めるのが悠木さんの仕事であ
2024年2月15日 12:04
トッカン 「マスター、お土産。ほらこんなにたくさん」とバーカウンターの上に津崎さん夫婦がブルゾンのポケットから木の実を並べて見せた。 ミズナラ、マテバシイ、クヌギ、サワグルミ…。公民館の秋の巨樹探索会に貸し切りバスで出掛けたのだ。 バスで二時間ほど揺られ県北の自然公園の散策路を巡った。十一月に入っての冷え込みで紅葉の見事さはここ数年で一番だったらしく、夫婦は興奮気味に秋の山の色づきをマスターに
2024年2月14日 19:20
おでん 新宿からひと駅の京王線初台に下り立ったのは三十年ぶりである。出張で上京し、夜の新宿のホテルでの会合が思いの外、早仕舞いしたのでつい足が向いた。 西口もそうだが京王デパートの地下のターミナルはすっかり様子が変わっていた。飛び乗ればどれも初台に停まるはずの電車が地下を走り続け、笹塚まで連れて行かれてしまった。笹塚からまた逆戻りした。 地下一階だったはずのホームが随分深くなりエスカレーターが