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うつは甘えか、甘えはうつか

部下が、会社に来なくなった。

出勤時間を2時間ほど過ぎたころ、俺の携帯電話に着信があった。

「起き上がれません。もう無理です。すみません。」

そう言い残して、あいつは俺が話している途中で電話を切った。

何日か経って、人事部の人間が言うには、どうやらうつ病だったらしい。


…また「うつ」か。



正直、都合の良い話だよな。

自分の根性の無さに病名をつけるなんて。

なぁ、ずいぶんと良い逃げ道を見つけたじゃないか。
その蓑の中はさぞ快適なんだろうよ。





以前、営業部の課長であるシゲにパワハラをされたと言って辞めていった女の子がいたが、そいつも鬱だと言っていた。


シゲはアホだが、面倒見が良い奴だ。
人望も厚く、営業部では後輩からしょっちゅう飲みに誘われている。
たかられてるだけにも見えなくもないけど。

シゲは自分の機嫌は自分でとれる奴だ。
そんな男がパワハラなんて理不尽なマネするわけがない。
同期だからわかる。

その日シゲは珍しく落ち込んでいて、1人でワインのボトルを空けてしまった。
それに付き合って俺もかなり飲んでしまって、同期の出世コンビと言われた俺らは次の日、お互いにすごくちょっとした遅刻をした。



その女が失業保険の手続きで鬱だとわかった翌日には、シゲのパワハラは社内で問題になった。

社長直々に各部署を回って直々に忠告しに来たほどだ。

「パワハラはいけません。昨今パワハラが問題になっており、パワハラは良くないので、パワハラを辞めましょう」

言っていたことを要約するとこんなかんじだった。




とにかく、こんな時代なのだ。

俺は体育会系で育ったが、シゲのように情に厚いわけでもないので、普段あまり叱ることもないがさらに叱らないようにすればいい。

簡単な話だ。


簡単な話、だと思っていた。




…またしても「うつ」。

ブルータス、お前もか坂口。


いい加減にしろよ。

俺が何をしたって言うんだ。


「起き上がれない」だと?

「行きたくない」だけだろ。

じゃあお前、地震が来て今にも家が倒壊しそうってときに、そのまま死ぬのか?
今日腹が減ってもコンビニにいかないのか?

そんなわけないよな。


急に居なくなった奴の仕事を誰がやると思ってんだ。

人に迷惑かけておいて、当の本人は今頃ネットフリックスでも見て空想の世界に癒されてんだろうよ。

寝ころびながら、映画も見られる良い時代になったもんな。

あの野郎。





坂口は事務の中で1人だけ浮いていた。


入社したばかりのころはやる気のある真面目な奴だと思っていたが、気が付けばぼーっとしていていて人の話を聞き逃すことが多いし、指示をすぐに忘れる。


報連相もないから、納期ギリギリになって「間に合いそうにないです」と言ってきて、流石にと思って注意したら「課長が忙しそうだったので言えませんでした」と小学生みたいなことを言ってくる。

あーいえばfor you.
基本的に言い訳の多い奴だった。



それでも俺も周りもなんとかあいつとコミュニケーションをとろうと、何回か飲みに誘った。

しかし坂口は、一度歓迎会に来ただけでそれ以降坂口は飲み会に顔を出さなかったし、業務外で誰かに話しかけてるところを見たこともなかった。


仕事が出来ないのはともかくとして、こんなにもアットホームな群れに入る努力も見せず、希薄な人間関係を作ったのは本人の責任だ。

そりゃ行きたくなくなるよな。
会社に居場所がないんだから。

でもそれはそんな環境を作った自分が悪いんだろ。



鬱になる奴は、真面目な奴が多いと言うけれど、本当にそうか?
真面目である奴が相談もせず次の日からいなくなるか?

辞表を出す最低限の責任を負うことから逃げるなんて、そんな不真面目なことないだろう。

皆んな、金を稼ぐ為に頑張ってるんだ。

お前は1人、ただ怠けているだけじゃないか。


そして彼らは「自分が怠けている」ということすら認めず、「鬱」だという最近流行りの宿り木に隠れる。

卑怯者じゃないか。

鬱は、甘えだろ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




…というですね、

ことがあったとしましょう。

これは僕の妄想にすぎません。

「鬱」からほど遠く、弱者に理解のない人にとって、「鬱」というものがどれだけ都合の良い言葉なのだろうと、僕は想像します。


シゲはパワハラをしているつもりがなくても、大人の熊がじゃれていて人間を殺してしまうように、信頼関係のないイジリを繰り返したのかもしれない。


坂口くんは実は自分に厳しくて、ずっと自分を責め続けてきたのかもしれない。

ストレス過多になるとAPDといって人の話が聞き取りづらくなることがあります。
脳が回転しないから。


「なんでできないんだ」と問われるから、嘘をつくのは良くないと思って正直に答えたら嫌な顔をされる。

そして傷ついた時の痛みを思い出して、人に対して強烈に臆病になってしまう。

友達もいないからストレスを発散することもできず、回復することがないから徐々に体力は下降線をたどります。

最初だけやる気に満ち溢れているのはあるあるですね。

何もしていなくても常に限界ギリギリの淵に立っている。
だから、いざという時に筋を通せない。

自然なことです。



それでも、やっぱり、鬱って甘えなのです。


僕は鬱になって10年が経ちますが、昔からこう思ってきました。

甘えですよ、鬱なんて。




「いや甘えとか気持ち云々の話じゃなくて、脳神経の異常だからしょうがないんだよ」

Twitterなどでそういう返し刀を見る度に、「言い訳感すごいな~」と思っていました。

もちろん僕も鬱になったとき、ずっと陰鬱とした気持ちが晴れず、布団に横になって「死ねばいいのに」と自分に語る日々を振り返ると、確かに「異常」ではあったなと思います。

その状態で誰かに「お前、外でろよ」と強制されたところで、耳を塞いで毛布を一枚追加して被って目の前の現実を見ないように必死に努力するでしょう。



でも、「「鬱は甘え」なんて言ってくる人は間違っていて、僕は悪くない。だって、脳神経の異常はしょうがないことなのだから」

という言い分には、どうも昔からしっくりこなかった。

そして最近、「ただの浮浪者」であるプロ奢ラレヤーのnoteを見て、すごく納得できたのです。


うつは甘えだが、最低限の「甘える機会」を獲得できないから、甘えてもしょうがない場面で甘える状態になるのであって、うつ患者に『聞くアヘン』を与えるために「甘え」を悪にするのは結局ジリ貧だ。

プロ奢note無料部分より


この一文にビビっときて
「あぁ、鬱の人ってマヌケなんだ」
という文言が思い浮かびました。

どういうことかというと、


「鬱の人は、間抜けである」



「間が、抜けている」



つまり、タイミングがおかしいということです。



多くの人が甘えるべきタイミングで甘えてこず、

多くの人が甘えずに頑張っているタイミングで甘えている。

多くの人が怠けるタイミングで怠けず、

多くの人が怠けずに頑張っているタイミングで怠けてしまう。

だから「俺らが頑張っているのにアイツだけ怠けやがって!甘ちゃんが!何が鬱だ!」と反感を買っているだけであって、彼らはもう既に「甘え終えた人達」なのだということです。

彼らは、幼少期に家族に甘え、兄弟に甘え、友達に甘え、そして甘えられることを繰り返したのでしょう。

そして自分が「面倒くさい」と思ったときにきちんと怠け、まわりもある程度それを容認していたのでしょう。

そして、今なお彼女や友達、同僚の仲間に愚痴を吐いたり、仕事を振ったり、そして愚痴を吐かれたり仕事を振られたりと、甘え甘えられは日常に溶け込んでいて、それが「人情」となって人間関係を強固にしていった。

だから踏ん張らなきゃいけないときに、踏ん張る体力が残っている。

「鬱って怠けてるだけじゃん」「鬱って甘えじゃん」と言う人は、実は休むべき時に怠けているし、働いていない時にちゃんと甘えているのでしょうね。



例えば、仕事が出来る人ほどサボるのが上手いですよね。

僕の飲食で働いていたときお世話になった先輩に「仕事はサボる為にしろ」というよくわからない名言を常々言われていましたが、

ラッシュが落ち着いて、多くの人が気が抜けるアイドルタイムに先輩が猛烈に仕事を進めるのは「イザしんどいときに、ちゃんとラクができるように」でした。

「ちょっと面倒」なときに仕事をしておくと、「めちゃくちゃ面倒」なときにラクになりますよね。

それと同じで、少しでも時間があるうちに自分を甘やかして怠けていないと、イザという正念場で怠けてしまう。

それが鬱なんですね。





鬱の人は大抵マジメで、勤勉です。

あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、これをするべきあれをするべきと根詰めて考えます。

ちょっと時間が空いたら寝ころんで休めばいいのに。
周りの人が手が空いてたら「ちょっと手伝って」と言えばいいのに。

少し時間が空いても1人でせかせか動いているから、本当に時間の無いときにパンクする。

当たり前ですね。



普段なんでもないときに、ちゃんと挨拶をして、コミュニケーションを取っていると、イザと言う時に彼らは手伝ってくれます。

飲み会で自分のことを喋っているから、イザと言う時に「お前、体弱いって言ってたもんな」という理解があります。

そういう伏線を張っていないから「なんだアイツ突然辞めやがって、無礼な奴だな」となる。



普段の時に「イザという時のような動き」をしているから、イザという時に普段以下の動きをしてしまうんですね。

休めるときに休まないといけません。
我々はマッチョと違って体力がないのですから。

なんでもない「普段」が一番大事で、ここで「甘える」を怠けてはいけないのですね。






うつは甘えです。

では甘えている人は、うつなのでしょうか。

いいや、誰しもが、甘えているはずなのです。
元々、僕らは子どもの頃から強くはないのですから。

「いつまでも弱いままの人」と、「しかるべきときに強くなれる弱い人」人がいるだけです。


何事も、大切なのはタイミング。

間のある男に、間男になりたいものですね。

なんか違いますね。




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