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奇妙な味の短編

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奇妙な味の短編を集めてしまった。
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ただいま

親がいなくなって家は僕のものになった。

だからか扉が勝手に開くようになった。閉めてもまた勝手に開く。
どの引き出しにも隙間が空くようになった。押しても押してもまた勝手に隙間が出来ている。
家中にとても隙間が多い。
数えようとしたけど、こんなには数えられはしない。
数えられないほど隙間が多いということは、すべてが見えるようになって、すべてが見られるようになったということなんだろうか?

これでは何

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『誰』

脳が欠陥品と判明したので良品に交換して貰うことにした。
配送も終わったのであとは待つだけ。
これで仕事のミスも、無駄にざわつく不安感もなくなる。薬の量も減らせるかもしれない。
出ていった妻子も戻ってきてくれるかもしれない。
仕事も辞めなくて済むかもしれない。
何もかもに我慢してうつ向いているだけの生活もやめられるかもしれない。

僕は玄関まで椅子を持ってきて座って待つことにした。

それにしても

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『聞こえてますか?』

通りから銃声が一発。
日本でも聞こえるようになったか。
彼らの勝利だ。
祝ってあげる。
僕からも銃声を一発。
自分の頭がよく爆ぜた。
君の頭にも一発。
君の頭はよく爆ぜた。

嘘は良くないよ。
通りから銃声なんて聞こえない。

でもどこかの国で銃声が一発。
今日も誰かの頭はよく爆ぜた。

無言の返事

「ただいま」
母は死んでるのでもう答えない。
「おやすみ」
父も死んでるのでもう答えない。
生きているときから返事はなかった。
両親と入れ違うように喉の手術は成功して声を取り戻した。

やっと発声できるようになったのに無言で答える部屋は死んでいるようだ。

もう一度「ただいま」と私はいう。
もう一度「おやすみ」と私はいう。

いるいない人

いない人を呼ぶのは不可能なのでいる人を呼んだ。
いない人が来た。
いない人はいなかったので「いないからね、僕は」と言った。
「いないですよね、あなたは」
「ええ、いるはずがありません」
「いる人を呼びたいのですが…」
「ええ、いる人を呼んでください」
「いない人がまた来ませんか?」
「いない人がいるんですか?」
「いない人が言うセリフではないです」
「いない人が言うべきセリフとはなんですか?

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静かな安心

バラバラになった夫はもう怖くなかったので夕食を作ってあげることにした。
また失敗して焦がしてしまった。
お前には時間の感覚もないのかと怒られてばかりだった。
殴られてばかりだった。
でも、もうあの手では殴れないよね。
今では浴室で静かにしている。
静かにしている夫のことは今でも好きみたい。

水回川頭鳥咥私

カラカラカラと水車が回って川底で頭を打った。
これで仕事が捗るかもしれないとオフィスでキーボードを打つ。
お客さんが全員戻って来た。
半裸である。
悲しそうだ。
見たことない悲しさだ。
でも川底はとても涼しい。
私に服は必要だ。
ダウンジャケットを重ね着する。
このオフィスはクーラーを効かせ過ぎている。
まるで冬のようだ。
この国は冬を殺したのにそれはおかしい。
お客さんは全員風邪を引いたまま帰っ

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呑み殺し

地下室の母親探して私は土を呑み込んでいく。
呑んでも呑んでも見つからぬところが母親らしいが素直な子供のままの私はいつまでも呑み込んでいける。
あらかた呑み込んだところでさらに呑み込んでいける。
土だけを呑み込んだところで見つからないのか?と首の角度を変え地下と地上も呑み込んでいく。
軽い町から重い星まで喰らったところで母親吐き出した。

バラバラだったけど母は母だ。

愛してる。

美味しい。

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聞こえない声

「おかえり」
妻は返事をしない。
帰宅したらメイクも落とさずソファーに横たわって何時間も動けなくなる。
「早くお風呂に入ってリラックスした方がいいよ」
返事はない。
身動きひとつない。
「食事も栄養バランスをもっと考えなきゃ」
妻はまた涙を流した。
「君なら大丈夫。俺は知ってる」
知ってるとも。

薄まっていく自分の体を見ながら夫はいつもの言葉をつぶやく。

ごめん、君のために死ねなかった。
ただ

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僕らの色彩

僕らの色彩

気が狂ってしまった友人を弔うことにした。
そのために全員を集めることにした。
みんな大学や仕事先を休んですぐに集まってくれた。
その友人もたいそう喜んだ。
その友人は気が狂ってしまっていたので、
「久しぶり」「元気だった?」「会えて嬉しいや」「また遊べるんやね」「あの頃みたいに戻れるかな?」と言っている。
僕らは答える言葉を持っていなかったのでそそくさと土を掘った。

その友人は深い穴の

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必ず当たる先生の数字

「さっきあの先生に8と言われたんだけどなんだったんだろ?」
「言われたんだ?」
「うん。あの先生時々数字だけ口にするのなんなんだろね」
「知らなかったの?」
「なに?」
「受験が成功する生徒の数よ。先月は9だったわ」
「私…」
「必ず当たるから怖いのよね」

時がなければ

「時間が怖くなりました」
「なにもかもが時間の通りに流されて殺されていきます」
「私たちはみな一緒の犠牲者だと知りました」
「時間の対義語は空間であるとも知りました」
「知ってしまったので」

そう言った彼女は空間に逃げ込んだ。

時の流れはなくなり彼女は静止したまま死となんら変わりのない物体と化した。

貴方は気付きもせず私のような女を愛し始めた

父も母もとうとう私のことだけに飽きたらず貴方のことまで罵り始めた。
心の奥底から憤怒が沸き立つ。
さんざっぱら幾多ある短所と長所の中から短所だけを幼年期からあげつらい私の自尊心を壊し続け、誰にも愛されない、愛されなくて当然だろうという『私』を作り上げたというのに、今度は貴方の番だとでもいうかのように優しい貴方から、自分たちにこき下ろされても当然だろうという情けない『貴方』を引きずり出そうとしている

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二人二体

二人二体

少女は自分を成長させるように人形も育て始めた。

母に見捨てれた日に与えられた人形は手のひらに乗るほど小さかった。

少女のほうは何時なんどきもその人形を手離すことはなかった。

握りつぶさぬように、手離さないように、起きているときも寝ているときも人形は少女の小さな手に繋がれていた。

誰も気づかない速度で徐々にだが確実に人形は育ち始めた。

少女の手から吸い出された思いは人形の中に充満していって

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