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月曜日の図書館51-60

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月曜日の図書館 depends on me

月曜日の図書館 depends on me

例えば書庫出納。申し込んだ利用者には番号札を渡し、本のレシートの端っこにその番号を書いて、出納係の人に渡す。
その番号すら、判読が難しいときがある。

新人のN藤くんの字は、小学一年生のそれのように振り幅が激しく、しばしば心の眼で読まなければならない。

車いす用の自習席に電気がつかない、と言っておじさん(ちなみにそのおじさんは車いすではなく、ただの正義の人)が窓口で怒鳴り散らす。おじさんのことは

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月曜日の図書館 本物

月曜日の図書館 本物

大学受験で初めて訪れたまちの博物館で、わたしは「マラーの死」を見た。裸で、脇腹を刺されたマラーは、画面いっぱいにぐったりとうなだれている。
初めて見た実物は、ものすごく大きかった。歴史の教科書に載っていたので、どんな絵かは知っていたものの、このサイズは予想外だった。
マラーは持病の水虫のために、しょっちゅうお風呂に入っていた。その無防備なときを狙って、反対派に命を奪われたのだった。
殺された上に、

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月曜日の図書館 ふつうのチョコレート

月曜日の図書館 ふつうのチョコレート

開館するまでの30分、ポストに返ってきた本を消毒したり、乱れた本棚を整えたりする。記載台もえんぴつも消毒。検索機のキーボードの上にはラップをかける。床に落ちていた紙くずを拾い上げたら、メインテーマは殺人、と書いてあった。

返本していたK川さんが、踏み台をめちゃめちゃに壊してしまう。プラスチックが劣化していたのだ。どのくらい前からここにあったのだろう、と考えていて、ふと台湾では食べ物だけでなく、雑

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月曜日の図書館 断れない性格

月曜日の図書館 断れない性格

玄関を入ってすぐのところに謎の人間像がそびえ立っている。なんでも外国の町と友好都市になった記念に作られたとかで、彼女(?)の着ているドレスには、両都市を象徴すると思われる特産品が描かれている。彼女の左半分は黒髪に黒眼、右半分は金髪に青眼。

表情は特にない。

像の飾り場所はすぐには決まらず、あちこちで断られた挙げ句、図書館に「押しつけられた」と聞く。今はBDS(貸出手続きをせずに本を持ち出そうと

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月曜日の図書館 片付けと厄除け

月曜日の図書館 片付けと厄除け

図書館で働く人は極端な人が多い。事務室を見渡しても、ものすごく潔癖な人か、片付けという概念を知らない人かの2択に分かれる。

K川さんの机の上は、無印で買ってきたファイルボックスに書類が整然と分類され、あいまいに投げ出されたものはひとつもなく、清浄な空気が流れている。

一方向かいの席のI元さんの机の上は積載量の限界を軽く超える高さまでありとあらゆるものが積み上がっている。のみならず、机の横にはこ

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月曜日の図書館 怖くない話

月曜日の図書館 怖くない話

怖い話が苦手だ。人が死ぬ話も嫌。窓口で「おすすめのホラー小説を教えてください」と言われたらどうしようとびくびくしている。

前に仕事で『エクソシスト』を観なければいけなかったときは、半年くらい不眠症になった。克服するためにわたしもブリッジができるようになればいいのではと思ってせっせと練習していた。

背骨をすこぶる痛めた。

怖い話はしかし魅力的でもある。小さいときに読み聞かせをしてもらった絵本の

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月曜日の図書館 地味な宝物

月曜日の図書館 地味な宝物

〇〇株式会社50年史とか、△△学校100年のあゆみ、などといった本は、たいてい重厚感を出そうとして布張りの高級なつくりをしているため、ラベルシールがすぐにはがれてしまう。こんなときにはラベルの上からボンドを塗りたくるのがうちのやり方。最初にそれを教えられたときは絶句したが、確かにこの方法だとラベルは本体にしっかりとくっついてはがれなくなる。

筆または大胆に指で塗るため、あちこちにムラができて、乾

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月曜日の図書館 技を引き継ぐ

月曜日の図書館 技を引き継ぐ

カウンター業務のかたわら、郷土玩具の本をめくり、エクセルに文字を打ち込んでゆく。玩具の名前と、起源と、ゆかりの場所をリスト化するのだ。この地に伝わる素朴な玩具をこつこつ集め、いつか郷土資料コーナーに展示するのがわたしの夢である。

展示に必要なケースや資材はまだない。いつも年のはじめに「お金がふってわいたら買いたいもの」の照会がきて、毎年応募するのだが、残念ながら実現できていない。お金は大抵「トイ

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月曜日の図書館 諸行無常

月曜日の図書館 諸行無常

研究室の奥から、古老のインタビューが発掘される。100年くらい前、図書館ができた時に働いていた人たちの貴重な話である。

わくわくしながら読み進めると、××は軍人上がりで気位は高いが仕事をしないので△△係の仕事を押しつけてやった、とある。早速ディスっている。

奇しくも昔ここで働いていた、というおじいさんから電話がかかってくる。自ら「伝説の司書」と称して苦労話や自慢話を延々聞かせてくるので、携帯電

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月曜日の図書館52 わたしが何を探しているか、教えてください

月曜日の図書館52 わたしが何を探しているか、教えてください

図書館には、あると思ったものがなかったり、ないと思ったものがあったりする。

『明月記』の全文を現代語訳した本は(たぶん)存在しないが、漢の時代の中国の石碑に刻まれた文を現代語訳した本はある。

何を尋ねられても「そんなのわかるわけないじゃん」と一蹴してはいけない。逆に「そんなの簡単じゃん」と思って調べてみると、あたりをつけた本がまったくの的はずれだったということもある。

謙虚に、どちらの方向に

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