小清水志織

本音で嘘を書いているひとりです。小説、詩など好きなものを。

小清水志織

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マガジン

  • 蒼生のレファレンス

    世界を知りたがる少女と、世界を知りたがらない青年。 星《ルーレタ》の導きによって結ばれた二人が不思議な事件に立ち向かっていく、異世界謎解きアドベンチャー。

  • 詩集

    note をはじめたころから貯めてきた詩をまとめています。

  • 連載小説『言葉くづし』

    言葉では打ち消せない想いが、きっと真実。

  • 夏炉冬扇(中断)

    大変申し訳ありませんが、制作の途中で挫折してしまい、更新をストップいたしました。別のかたちで最後まで書き直したものが、連載小説『言葉くづし』(サイト内マガジンのひとつ)です。よければそちらをご覧ください。

  • 魂の読書感想文

    読書記録と感想、プラス魂。

記事一覧

16. 〈もつ〉者と〈もたざる〉者と

こんな匂いを、エレナは知っていた。 十年前、深夜にベッドの上で目覚めたとき,大好きなマホガニーの芳香は消え失せて、その代わりに肉が焦げた匂いが邸宅に立ち込めてい…

17

15. ペガススと騎士

はるか遠くで弾けた爆音は、エルたちのいる宿舎の敷地にまで鈍く響き渡った。 「まさか……?」 カペラと表に駆けだしたエルは、西方につづく坂道の上から高く火の手が上…

小清水志織
10日前
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14. 裏切りの星

エルとカペラが会っていたのと同時刻。 エレナ・ローゼンハイムは長い凸凹の坂道を登って、喫茶店《ウラヌス》の洒落たドアを押し開けた。ドアの隙間からリスのリゲルがさ…

小清水志織
2週間前
15

葉桜

伝えたい言葉は春の訪れと一緒に 背伸びした青空へ吸い込まれていった 咲きはじめだけが取り柄の桜のように きつく吹いた風に負けてしまいそう 本物のお姫様になりたくて …

小清水志織
3週間前
27

13. カペラの追憶

カペラ・オリーヴェの部屋にエルが訪れたのは、午後の授業が終わった夕方のことだった。 早くもあの事件から一か月たち、殺気立っていた街の空気は徐々に緩まりつつある。…

小清水志織
3週間前
19

12. 守れなかった朝を迎えて

空気の透きとおる朝。雲ひとつない秋晴れの空にむかって硝煙が立ち昇っている。 エルは熾きがくすぶる公会場の真ん中に独りで立っていた。死体のほとんどは女性、子ども、…

小清水志織
1か月前
16

11. 孔雀明王

降り注ぐ火の粉が公会場を昼間のように照らしていた。割れる火炎瓶。絶え間ない爆発音。逃げ惑う観客や聖歌隊。鼻が曲がりそうな、人の肉の焼けた匂いが立ち込める。 恐慌…

小清水志織
1か月前
18

10. 分天の祭り

豪華絢爛、という言葉が今日ほど似合う日も少ないだろう。 錦糸の刺繍が施された紅麻の帷子を身にまとい、客を接待する女たち。 村の若衆は早くも紹興酒が回り、千鳥足で歌…

小清水志織
1か月前
18

9. 光と闇の狂宴

「だっさ。こいつが強盗を倒したって大嘘ね」 梯子から滑り落ちて頭を抱えているエルを見下ろしてエレナは言った。 「それで? 《ヘデラ・ヘリックス》の意味は何だった…

小清水志織
1か月前
21

8. 雷撃王の恐怖

「本校が建っているハレーという地域は、五百年前まで城塞として利用されてきた。北側には当時から商業の中心地であったウノ市街を見下ろせ、隣国と国境を接する他の三方は…

小清水志織
1か月前
16

7. 天に近づく秘密

その日は夕暮れと同時に激しい夕立となった。 エルは図書館の仕事を終えると休む間もなく女子寮へ走った。寮の入り口にぽつんと明かりの灯る守衛室の前で、エレナ・ローゼ…

小清水志織
2か月前
21

6.同族の誼(よしみ)

「調べてないってどういうことよ!」 エルは髪の毛を逆立てて怒る女性というものを初めて見た。エレナがカウンターを挟んでダビィに激しい抗議の声を上げている。後方の事…

小清水志織
2か月前
19

5.たぶん運命の出会い

乳白色の朝日がカーテンを柔らかく照らしている。薄い雲のヴェールに包まれた空の下を鳶がゆっくり旋回する。気温がぐっと下がったせいで、エルは毛布から這い出るのがとて…

小清水志織
2か月前
21

4. ニアミスの二乗

たなびく雲の合間から、白沙を撒いたような星たちが瞬いている。 すっかり夜が更けた「裏の市」の石畳のうえを古びたランタンがひとつ揺れている。 明かりを持ち上げると、…

小清水志織
2か月前
16

3. ハマル神父

エレナが坂道を駆け下りるほんの少し前、エルは守衛たちの追跡を逃れて同じ坂道を登っていた。 足腰に自信のあるエルでさえ、凸凹ばかりの坂道には閉口した。古代、この坂…

小清水志織
3か月前
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2. 知りたがりのエレナ

私立ミレトス学院は、五百年前の城砦都市ハレーの遺構を改修して作りあげた全寮制のマンモス校である。かつて栄えた王国の宮殿がそのまま講堂として生まれ変わり、この学校…

小清水志織
3か月前
20
16. 〈もつ〉者と〈もたざる〉者と

16. 〈もつ〉者と〈もたざる〉者と

こんな匂いを、エレナは知っていた。
十年前、深夜にベッドの上で目覚めたとき,大好きなマホガニーの芳香は消え失せて、その代わりに肉が焦げた匂いが邸宅に立ち込めていた。

当時、いまよりも背の低かった彼女は、異変を感じてベッドの上を半ば転がるように滑り降りると、隣で眠っていたはずの女中を探して寝室のドアを開けた。

目の前の光景に、エレナは言葉を失った。
そしてすぐ、身体に容赦無い熱気を浴びることにな

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15. ペガススと騎士

15. ペガススと騎士

はるか遠くで弾けた爆音は、エルたちのいる宿舎の敷地にまで鈍く響き渡った。

「まさか……?」

カペラと表に駆けだしたエルは、西方につづく坂道の上から高く火の手が上がっているのが見えた。

「あの場所は……。《ウラヌス》!」

エルは全速力で走り出した。後ろからカペラの呼び止める声が聞こえたが、振り返ることなく人の群れを縫うように進んだ。

私立ミレトス学院の生徒もよく利用するその喫茶店は、美味し

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14. 裏切りの星

14. 裏切りの星

エルとカペラが会っていたのと同時刻。
エレナ・ローゼンハイムは長い凸凹の坂道を登って、喫茶店《ウラヌス》の洒落たドアを押し開けた。ドアの隙間からリスのリゲルがさっと走り抜ける。チリンとベルの音が鳴ると、すぐに店長が手を振って出迎えてくれた。

「エレナちゃん。祭りの夜、大変な目に遭ったと街の人から聞いたよ。ケガの具合はどうだい」

「店長ありがとう。まだ顔の火傷が痛むけど、だいぶ治ってきたわ」

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葉桜

葉桜

伝えたい言葉は春の訪れと一緒に
背伸びした青空へ吸い込まれていった
咲きはじめだけが取り柄の桜のように
きつく吹いた風に負けてしまいそう

本物のお姫様になりたくて
はりぼてのお城に棲んでいる
そんなの「かっこわるいよ」と
わらう君がいる

わたしがいつもとおんなじ
「元気」で在るために
並べた噓八百 浮かべた笑顔を
いまだけは 忘れていいかな

葉桜 まだらに複雑に
色づく姿のまぶしさが
なんだ

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13. カペラの追憶

13. カペラの追憶

カペラ・オリーヴェの部屋にエルが訪れたのは、午後の授業が終わった夕方のことだった。

早くもあの事件から一か月たち、殺気立っていた街の空気は徐々に緩まりつつある。カペラが重苦しい防弾チョッキをさっぱり脱いで、お気に入りの生成色のブラウスだけで登校できたのも、実に久しぶりのことに思われた。

しかし、穏やかになりつつあったカペラの神経を逆撫でしたのが、他ならぬエルクルド・エーフォイの訪問であった。彼

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12. 守れなかった朝を迎えて

12. 守れなかった朝を迎えて

空気の透きとおる朝。雲ひとつない秋晴れの空にむかって硝煙が立ち昇っている。

エルは熾きがくすぶる公会場の真ん中に独りで立っていた。死体のほとんどは女性、子ども、老人だった。五十人は下らない数の人間が、わずか十数分の間に生命を奪われた。死体や瓦礫を運ぶ荷車の列が、まるで葬列の予行演習のように思えて、エルは目を逸らした。

「やっぱりここに居た」

後ろから声をかけられて、はっと顔を上げる。

「も

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11. 孔雀明王

11. 孔雀明王

降り注ぐ火の粉が公会場を昼間のように照らしていた。割れる火炎瓶。絶え間ない爆発音。逃げ惑う観客や聖歌隊。鼻が曲がりそうな、人の肉の焼けた匂いが立ち込める。
恐慌状態では皆が自己を優先する。幼い子どもが無惨に踏みつけられても、その母親は我が子の安否を確かめる余裕すらない。すし詰めになった人間どうしが一斉に動き回れば、行き着く結末は悲劇しかない。

たちどころに人間の雪崩が起こり、何百という者が将棋倒

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10. 分天の祭り

10. 分天の祭り

豪華絢爛、という言葉が今日ほど似合う日も少ないだろう。
錦糸の刺繍が施された紅麻の帷子を身にまとい、客を接待する女たち。
村の若衆は早くも紹興酒が回り、千鳥足で歌い、踊る。
都市庁の高官は冠にあしらった宝石の美しさを自慢している。
ふだん贅沢には無縁の農民たちも、この日ばかりは髪を整え、化粧をし、一張羅を着こなして街に繰り出す。

帝国民にとって一年に二度だけの楽しみ、分天の祭りの夜がついに到来し

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9. 光と闇の狂宴

9. 光と闇の狂宴

「だっさ。こいつが強盗を倒したって大嘘ね」

梯子から滑り落ちて頭を抱えているエルを見下ろしてエレナは言った。

「それで? 《ヘデラ・ヘリックス》の意味は何だったの?」

「……。もうちっと相手を心配しても罰は当たらないと思うが」

ぶつぶつ文句を言いながらエルは一冊の古書をひらいた。

「私は焦ってるの! ユーリア人は今みたいに差別される対象じゃなかった! 支配層のガリシア人はもちろん、敗戦国

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8. 雷撃王の恐怖

8. 雷撃王の恐怖

「本校が建っているハレーという地域は、五百年前まで城塞として利用されてきた。北側には当時から商業の中心地であったウノ市街を見下ろせ、隣国と国境を接する他の三方は天然の断崖によって守られている。しかし、孤立した自然環境は文明の発達を遅らせ、前時代的な卜占や精霊信仰によって村落が運営されていたという。当時ハレーの大半を占めていた民族こそ、君達のよく知っているユーリア人である」

ピーコック先生による帝

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7. 天に近づく秘密

7. 天に近づく秘密

その日は夕暮れと同時に激しい夕立となった。
エルは図書館の仕事を終えると休む間もなく女子寮へ走った。寮の入り口にぽつんと明かりの灯る守衛室の前で、エレナ・ローゼンハイムは仁王のような顔をして傘を差していた。

「そこの暴漢。門より先は男子禁制よ」

白と黒を基調とするボウタイブラウスにネイビーのスカート。膨らんだブロンズの髪の毛が長く肩に垂れている。エレナが濡れた草地を大股で進んでいくのを、エルは

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6.同族の誼(よしみ)

6.同族の誼(よしみ)

「調べてないってどういうことよ!」

エルは髪の毛を逆立てて怒る女性というものを初めて見た。エレナがカウンターを挟んでダビィに激しい抗議の声を上げている。後方の事務職員たちは困り顔で座っているが、トラブルに巻き込まれぬようわざと押し黙っていた。

「事件があった日に『裏の市』で買い物をした客のリストですけどね……。俺たちは新聞記者でもなければ都市庁でもないから、調べる方法が無いんですよ。それに市場

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5.たぶん運命の出会い

5.たぶん運命の出会い

乳白色の朝日がカーテンを柔らかく照らしている。薄い雲のヴェールに包まれた空の下を鳶がゆっくり旋回する。気温がぐっと下がったせいで、エルは毛布から這い出るのがとても億劫だった。

肌を引き締めるほど冷たい空気のなか、エルは汚れた下着を脱ぎ捨てた。角ばった細身のシルエットが暗やみにうごめく。肉体に刻まれた生々しい傷痕は、アラベスクにも似た幾何学模様を作っている。

清潔なシャツに着替えたあと、エルは家

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4. ニアミスの二乗

4. ニアミスの二乗

たなびく雲の合間から、白沙を撒いたような星たちが瞬いている。
すっかり夜が更けた「裏の市」の石畳のうえを古びたランタンがひとつ揺れている。
明かりを持ち上げると、外套を羽織ったエレナ・ローゼンハイムの端正な顔が闇に浮かび上がった。ロングスカートの裾から冷え切った秋の夜風が忍びこんでくる。

「本当にこのあたりで間違いないの?」

エレナは前方を走るリゼルにむかって囁いた。リゼルはときたま石畳の表面

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3. ハマル神父

3. ハマル神父

エレナが坂道を駆け下りるほんの少し前、エルは守衛たちの追跡を逃れて同じ坂道を登っていた。

足腰に自信のあるエルでさえ、凸凹ばかりの坂道には閉口した。古代、この坂の上の台地に城砦が築かれ、外敵の動きを常に探査していたという。

「……!」

エルはあまりの美しさに目を奪われた。彼の背後にはウノ市街のまばゆい夜景と湾港に停泊しているいくつもの船、そしてまっくらな近海の様子がはるか遠くまで見渡せた。

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2. 知りたがりのエレナ

2. 知りたがりのエレナ

私立ミレトス学院は、五百年前の城砦都市ハレーの遺構を改修して作りあげた全寮制のマンモス校である。かつて栄えた王国の宮殿がそのまま講堂として生まれ変わり、この学校のシンボルとなっている。

附属図書館は講堂のとなりに建てられた三階建ての建物だ。空から眺めると、大きな楕円型のドームの隅に四角い枡をくっつけたような、不思議な構造をしているのがわかる。

中央のドームはかつて王国の円形劇場だったところで、

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