五井

webラジオの作家とディレクターをひっそりやっとります。たまに個人の文章や写真も投稿し…

五井

webラジオの作家とディレクターをひっそりやっとります。たまに個人の文章や写真も投稿します。

マガジン

  • 湯上がりdiary

    八十八ヶ所のお湯屋の記憶。マガジンでは入湯順に並べてあります。

  • 『マリンバとさかな』

    音楽一家の家で飼われていた”さかな”は、長女・茜音の演奏するマリンバの音が大好きだった。そんな茜音は高校三年生の夏。最後の吹奏楽コンクールまであと1ヶ月半しかなかった。

  • おこぼれ帳

    日記を書いたり、フィクションを書いたり、気の向くままにつらつらと。

記事一覧

固定された記事

はじめに

 上京して2ヶ月になる。  温泉道の名人になってからも同じぐらいの月日が経った。こっちで名人の話をすると驚かれる。家に帰り、久々にスパポートをめくると、それぞれ…

五井
2年前
4

19_梅雨間の晴れ湯 -日の出温泉(浜脇)-

 梅雨の時期、休日と晴れの日が重なると心がはねる。今日は少し離れたお風呂に入りに行こう。用事を済ませ、おやつどきの時間に自転車を走らせた。    今日入るお湯屋は…

五井
7日前
4

12_春の夜湯 -永石温泉(別府)-

 うららかな春の日、ひと足早く大学の友人たちが卒業した。久々に会う顔ぶれはたくましくてかっこよかった。えんじ色のガウンと角帽がよく似合う。    食事を楽しみ、夜…

五井
2か月前
8

『マリンバとさかな』 第三話_前半

▼第二話はこちらから  ♩  茜音がいなくなってから、オレの一日は何も起こらなかった。  朝になると茜音の母親が部屋のカーテンを開けにきて、ついでに水槽にエサを…

五井
2か月前

21_真夏のかぶり湯 -寿温泉(別府)-

 あついあつい、と言いつつもお湯をかぶるとさっぱりする。    このところ雨続きで、なかなか湯屋を回れなかった。今日はくもり日。よし、動ける。夕方から用事があった…

五井
3か月前
5

07_昼下がりの湯 -京町温泉(別府)-

 予定が空っぽの休日は、何も考えずに過ごしたい。  最小限の家事をやり終え、ひと息つく。  春が来た。近くの川沿いに並ぶ桜は、その年で一番美しい姿を見せようと一斉…

五井
4か月前
8

『マリンバとさかな』 第二話

 十月。中庭の金木犀も鮮やかなオレンジ色の花を咲かせ、秋の香りを連れてきた。昼休み明けの古文の授業ほど、眠たくなる時間はない。先週席替えをして後ろのほうの席にな…

五井
8か月前

『マリンバとさかな』 プロローグ〜第一話

プロローグ 梅雨も明けた7月中旬、青色の絵の具でたっぷりと塗られた空はとても眩しかった。  産休期間に入って、久々に実家に帰ってきた。  家を出てもう十年にな…

五井
10か月前
2

18_ひだりてみぎて -天満温泉(別府)-

 今年は例年より早く梅雨入りした。  まだ五月中旬というのに、空の色は濁っている。海沿いを走る国道10号線の方から、境川沿いを鶴見岳に向かって登っていく。川沿い…

五井
11か月前
5

62_ニヘイさんと姫様の湯 -照湯温泉(明礬)-

 地獄めぐり二日目。残すは血の池地獄と龍巻地獄の二箇所だった。  地獄をめぐるのは家族旅行のとき以来で、実に十年ぶりとなる。  血の池は名前のごとく、目の前に…

五井
1年前
1

74_坂下ぬくぬく -小倉薬師温泉丘の湯(鉄輪)-

 日々のなかには、思いもよらぬ偶然が転がっている。    ついさっきまで、おやど湯の丘の貸切露天を堪能していた。(おやど湯の丘の記事はまた後日。)    すぐそこに…

五井
1年前
1

06_年の瀬、晴れの日 -餅ヶ浜温泉(別府)-

 年に二度、夏と冬に部屋中をぞうきんがけするようにしている。    夏はからりとした暑さで乾くから。冬は大掃除も兼ねている。  年末の帰省前になると、いつも落ち着…

五井
1年前
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08_日々、いい湯 -幸温泉(別府)-              

 手足がかじかむ冬のある日、気づけば朝まで机にかじりついていた。時刻はまもなく6時を回る。もう少しで朝風呂がはじまる時間だった。のどが弱くて暖房も苦手だから、と…

五井
1年前
2

24_小道のかくれ湯 -鉄輪すじ湯温泉(鉄輪)-

 ある冬の夜、鉄輪の温泉街を友人と歩いていた。夜になると、あちこちから昇る湯けむりがいっそうくっきり見える。道路の排水溝からもけむりが出ていて、真下に来るとやや…

五井
1年前
2

22_夏の湯上がり -海門寺温泉(別府)-

 夕方からの用事も無事に終わり、晴れて自由の身となった。  時計を見るとまもなく21時。あまり時間はない。素早く準備して家を出た。  夜にもなればさすがに涼しくな…

五井
1年前
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17_行きつけの湯 -富士見温泉(別府)-

 境川を泳ぐ鯉のぼりたちも役目を終えた5月の中頃、今月はまだ温泉に入ってないことに気づいた。このところ、連日何かに追われていて心の余裕が持てなかった。  たまに…

五井
1年前
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はじめに

はじめに

 上京して2ヶ月になる。
 温泉道の名人になってからも同じぐらいの月日が経った。こっちで名人の話をすると驚かれる。家に帰り、久々にスパポートをめくると、それぞれのお湯屋での記憶が源泉のごとく流れてくる。
 
 別府が恋しいというよりは“別府の湯”が恋しいのかもしれない。鶴見岳のふもとにのぼる湯けむりたち。街中でただよう石けんやお湯のにおい。ちょうどこの週末、別府では第108回別府八湯温泉まつりが開

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19_梅雨間の晴れ湯 -日の出温泉(浜脇)-

19_梅雨間の晴れ湯 -日の出温泉(浜脇)-

 梅雨の時期、休日と晴れの日が重なると心がはねる。今日は少し離れたお風呂に入りに行こう。用事を済ませ、おやつどきの時間に自転車を走らせた。
 
 今日入るお湯屋は、10号線沿いにあるゆめタウンよりも先の、朝見川を大分市方面に渡る橋のすぐそばにある。この辺りは「浜脇温泉」と呼ばれるエリアで、初めて来た。番台さんはいらっしゃらず、箱にお金を入れておいた。建物向かって右側が男湯で、入ると早速、下へと続く

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12_春の夜湯 -永石温泉(別府)-

12_春の夜湯 -永石温泉(別府)-

 うららかな春の日、ひと足早く大学の友人たちが卒業した。久々に会う顔ぶれはたくましくてかっこよかった。えんじ色のガウンと角帽がよく似合う。
 
 食事を楽しみ、夜もふけ、ひとりの時間になった。今日は帰り道にどこかの温泉に行こうと決めていた。海岸沿いの10号線から永石通りに入る。すぐ左手に湯屋が見えた。半分ほど開いた窓から湯気がこぼれる。今日の気分はここではない。次の機会に–、と声を漏らして素通りし

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『マリンバとさかな』 第三話_前半

『マリンバとさかな』 第三話_前半

▼第二話はこちらから

 ♩

 茜音がいなくなってから、オレの一日は何も起こらなかった。

 朝になると茜音の母親が部屋のカーテンを開けにきて、ついでに水槽にエサを落とす。日が沈むと、カーテンを閉じにきて、再び水槽にエサを落とす。一日が終わる。



 朝が来る。エサが降ってくる。暗くなる。エサが降ってくる。一日が終わる。
 朝が来る。エサが降ってくる。暗くなる。エサが降ってくる・・・・・・・

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21_真夏のかぶり湯 -寿温泉(別府)-

21_真夏のかぶり湯 -寿温泉(別府)-

 あついあつい、と言いつつもお湯をかぶるとさっぱりする。
 
 このところ雨続きで、なかなか湯屋を回れなかった。今日はくもり日。よし、動ける。夕方から用事があったので、お昼に一ヶ所、用事を済ませた後にもう一ヶ所入ることにした。国道10号線でゆめタウンの方へ自転車を走らせ、流川通りに入る。この辺りは小道が多くて、たまに道に迷ってしまう。そんな時は、海か山、どちらかを目指して進んでいけば、大概どこかの

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07_昼下がりの湯 -京町温泉(別府)-

07_昼下がりの湯 -京町温泉(別府)-

 予定が空っぽの休日は、何も考えずに過ごしたい。
 最小限の家事をやり終え、ひと息つく。
 春が来た。近くの川沿いに並ぶ桜は、その年で一番美しい姿を見せようと一斉に花ひらく。風が吹いて花が散る。枝から舞う花はゆらゆらと川へ落ちてゆく。日本人はその景色に儚さを感じる。この感情はきっと遺伝子レベルで刻み込まれている。ずいぶん前に、ある友人が「桜はせいぜい80回ぐらいしか見れないからね」と言っていたこと

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『マリンバとさかな』 第二話

『マリンバとさかな』 第二話

 十月。中庭の金木犀も鮮やかなオレンジ色の花を咲かせ、秋の香りを連れてきた。昼休み明けの古文の授業ほど、眠たくなる時間はない。先週席替えをして後ろのほうの席になったから、何人か頭が上がったり下がったりしているのが分かる。朝はあんなに晴れていたのに、徐々に雲行きが怪しくなってきて、まだ14時過ぎなのに教室は電気をつけていないとうっすら暗い。これはひと雨来ちゃうな。降ってきちゃったら自転車は学校に置き

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『マリンバとさかな』 プロローグ〜第一話

『マリンバとさかな』 プロローグ〜第一話

プロローグ 梅雨も明けた7月中旬、青色の絵の具でたっぷりと塗られた空はとても眩しかった。

 産休期間に入って、久々に実家に帰ってきた。

 家を出てもう十年になるんだ。
 これからしばらく実家で過ごすと思うと、ちょっとそわそわする。
 母は私を車から降ろすと、すぐ買い物に出ていった。

 詩音も大学生になって一人暮らしを始めたから、2人の部屋にはほとんど物が残っていない。

 あそこはど

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18_ひだりてみぎて -天満温泉(別府)-

18_ひだりてみぎて -天満温泉(別府)-

 今年は例年より早く梅雨入りした。
 まだ五月中旬というのに、空の色は濁っている。海沿いを走る国道10号線の方から、境川沿いを鶴見岳に向かって登っていく。川沿いの桜並木は、あっという間に春の知らせを告げて散り、若緑の葉ヶ生い茂っている。あたりのシロツメクサもぐんぐん伸びる。石垣道路を横断し、小道に入って少し進むと、一角から人の声が聞こえてくる。お風呂上がりのおばあ様たちが団らんしていらした。
 

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62_ニヘイさんと姫様の湯 -照湯温泉(明礬)-

62_ニヘイさんと姫様の湯 -照湯温泉(明礬)-

 地獄めぐり二日目。残すは血の池地獄と龍巻地獄の二箇所だった。
 地獄をめぐるのは家族旅行のとき以来で、実に十年ぶりとなる。


 血の池は名前のごとく、目の前に真っ赤な湯だまりが広がっている。閻魔大王様がいらっしゃるあの世の地獄。数ある地獄の中でも、血の池でぐつぐつ煮えたげられるのが一番怖い。
 
 すぐ隣には龍巻地獄があって、30〜40分に一度、お湯が龍のように轟々と噴き出る間欠泉だ。時間が

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74_坂下ぬくぬく -小倉薬師温泉丘の湯(鉄輪)-

74_坂下ぬくぬく -小倉薬師温泉丘の湯(鉄輪)-

 日々のなかには、思いもよらぬ偶然が転がっている。
 
 ついさっきまで、おやど湯の丘の貸切露天を堪能していた。(おやど湯の丘の記事はまた後日。)
 
 すぐそこには、このあと入るつもりの豊山荘がある。(豊山荘の記事はまた後日。)貸切湯のときは、ジモ泉に入るときよりも長くじっくり、ひとりの時間を楽しむことにしている。おかげで身体はまだほてっていて、次の湯に入るにはもう少し時間が欲しい。

 2月中

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06_年の瀬、晴れの日 -餅ヶ浜温泉(別府)-

06_年の瀬、晴れの日 -餅ヶ浜温泉(別府)-

 年に二度、夏と冬に部屋中をぞうきんがけするようにしている。
 
 夏はからりとした暑さで乾くから。冬は大掃除も兼ねている。

 年末の帰省前になると、いつも落ち着きがない。
 
 年の瀬までまだ2週間以上あるけれど、快晴の休日、早々と冬のぞうきんがけをすることにした。
 
 まずは掃除機をかけて、部屋をざっときれいにする。のホコリを取り除く。雑巾は使い古しのタオルを切ったものを使う。うすっぺらの

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08_日々、いい湯 -幸温泉(別府)-              

08_日々、いい湯 -幸温泉(別府)-              

 手足がかじかむ冬のある日、気づけば朝まで机にかじりついていた。時刻はまもなく6時を回る。もう少しで朝風呂がはじまる時間だった。のどが弱くて暖房も苦手だから、とにかく着こんで寒さをしのぐ。今日はゆっくり家を出ても大丈夫。朝風呂で疲れをとって仮眠すると決めた。

 近くの共同温泉は、どこも同じ時間に扉を開ける。どの湯に行こうか迷ったけれど、まだ行っていない場所を思い出した。着替えと洗面具を持って、ま

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24_小道のかくれ湯 -鉄輪すじ湯温泉(鉄輪)-

24_小道のかくれ湯 -鉄輪すじ湯温泉(鉄輪)-

 ある冬の夜、鉄輪の温泉街を友人と歩いていた。夜になると、あちこちから昇る湯けむりがいっそうくっきり見える。道路の排水溝からもけむりが出ていて、真下に来るとやや熱い。

 むし湯広場から筋湯通りを下る途中で、湯屋を見つけた。鉄輪すじ湯温泉というらしい。ちょうど2人組の女性が出てきたところだった。今日もあったまったわねえ。湯冷めしないうちに早く帰りましょ。すれ違いざまに会話が聞こえた。この日は少し風

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22_夏の湯上がり -海門寺温泉(別府)-

22_夏の湯上がり -海門寺温泉(別府)-

 夕方からの用事も無事に終わり、晴れて自由の身となった。
 時計を見るとまもなく21時。あまり時間はない。素早く準備して家を出た。

 夜にもなればさすがに涼しくなると思っていたけれど、湿り気のある空気が漂っていた。幸い、雨はまだ降りそうにない。一方通行の道をぐんぐん進んでいく。公園の灯りが見えてくると、目的地はもうすぐそこ。駅前の大通りから少し入ったところにある共同温泉だ。

 海門寺温泉。炭酸

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17_行きつけの湯 -富士見温泉(別府)-

17_行きつけの湯 -富士見温泉(別府)-

 境川を泳ぐ鯉のぼりたちも役目を終えた5月の中頃、今月はまだ温泉に入ってないことに気づいた。このところ、連日何かに追われていて心の余裕が持てなかった。

 たまには湯に浸かろう。どうせなら温泉に。

 市内の温泉がマークされている地図を広げ、どれにしようか天の神に聞いてみる。

 かきのたね、ごはんつぶまで言い終えると、止まった指は今日の湯を教えてくれた。

 自転車を走らせ数分、富士見通りから路

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