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薄楽詩集

38
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【詩】五月のノスタルジー

【詩】五月のノスタルジー

五月のノスタルジー

  あやめかる安積の沼に風ふけば
       をちの旅人 袖薫るなり    源俊頼

風が万物を薫らせ
蒼い静脈の這う近所の少女の乳房が膨らみ
出戻りの姉の白い太腿はむき出しで縁側に投げ出され
売春宿のぼくの恋人のお腹の産毛が陽炎のようにゆれる
そんな五月の白昼に不如帰が鳴き出すと
工事現場では必ず神隠しが起こり
少女の腋臭のような沼の匂いが山から下りてきて
夕暮の雨は予想

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【詩】かなしみのアリバイ

【詩】かなしみのアリバイ

 かなしみのアリバイ 

かなしみはそれっきりだった
西日はどこまでも赤かったような気がする
葉が揺れて夏なのに散って
人の命の尽きた日にラムネ飲んで
おれは風の中にでた
愛すべきしがらみは
プラカードでこしらえた棺と一緒に燃え
野辺のけむりとなって消えていった

あの連山の端は
うつむいて笑うお前の横顔のようだ
ああ やっぱり 西日はあの端山の向こう側まで
赤く沈んでいたのだった
野あやめを焙煎

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【詩】蛇

【詩】蛇

 蛇

あなたは左なの?
そうだな、少なくとも君よりはね
じゃあ、そのまま左へすすんじゃったらどうなるの?
そうだな、ぐるっとまわって右になる
じゃあ、まっすぐすすんだらいいんじゃない
だめさ、まっすぐ進めば・・・
山あり谷あり そして 海
または 崖 ないしは 壁 だな
じゃあ、抜け道をくねくねよじれながらいくってのはどうかしら
なんか君みたいだな
神様にまた叱られるかな
ああ、人間に裸の羞恥

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【詩】後朝(きぬぎぬ)のうた

【詩】後朝(きぬぎぬ)のうた

 後朝のうた

春はあけぼの山ぎわに目覚めた泡立つ光にふたりのときは美しくこわれ
薄もやのたえだえにしずかに身を横たえるせぜのあじろぎ
水おとはさやけくほそくまだ草むらに這うものの
雲はすでに峰をはなれてたなびき 人の袖の
涙もそのようにまたうつろいゆくものか
しのぶもじずりわれならなくに
また巡り逢う日をおもい
ゆっくりと剥がれた
ときの表皮を
抱くのみの
わたくし
なので

#詩 #現代

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【詩】猫の噂

【詩】猫の噂

猫の噂

   春雨のふるは涙かさくら花
             ちるを
         をしまぬ人しなければ   黒主

細い路地に入ってたぶん
ふと気を許したのかもしれない
その猫は笑ったのである
ちょうどそこに廃棄されたカーブミラーが放置されていたのが
いけなかった
どうもその猫は当局に拉致されたみたいだ

その前夜は春雨だった
ある子供が猫に踊りを教えていたという
密告もあったようだ

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【詩】春のわかれ

【詩】春のわかれ

 春のわかれ

あの日 とぼとぼと歩いた その足跡を
波がさらっていった 浜辺でもないのに 
 
 ぼくは あのとき 泣いていた
 のかも しれなかった

ただ 立ち去っていく背中だけがみえた

 あれは なんだったのか
 女といえばきこえはいいが
   
そうだ あの波は 街の白昼の断崖まで ぼくらが
わずかになった春をむしり取るように無言で働いた 
あのビルの解体現場まで たぶん 達してい

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【詩】薔薇のはなし

【詩】薔薇のはなし

 

 薔薇のはなし

ばらばらになったものをひろいあつめたってジグソーパズルのようには
つながるわけではない 夜と朝もめったにないたまたまで
つながっているようにみえてるだけだ

空き瓶に挿した薔薇がまだあるという奇蹟

曇り窓に朝のひかりがとどまり、ヘアピンが部屋の隅に咲いている
ハンガーにはワンピースが生乾きのままぶらさがり
シンクの皿に残る薄切りのレモンと青白いシーツが
昨夜の雨をよみがえ

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【詩】ミモザの頃

【詩】ミモザの頃

 

 ミモザの頃

用心しなければならない 今日が
無事なのは 川面がひかりをはじき
鳥の声がきらめいているからなのだ 
朝からのこの道には ささやかな三月の平穏がながれ 
午後のいつもの公園につづいている そこには

昨夜の褥の春雷はなく ミモザの匂いの
記憶があの噴水にたちあがる

やわらかなはるのうれい

ああ 喪われている現在 恋は
剪り時がむずかしいのだ
#詩 #現代詩 #自由詩 #

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【詩】たぶんジブラルタルまで

【詩】たぶんジブラルタルまで

 たぶんジブラルタルまで

俺は共産主義者だが
このトラックを盗んだ
その理由がけっさくだ
つまり、オンボロだったんだ
わかるかい 小僧
廃棄するんだとさ
まだ六十キロは出せるのに
書類に印鑑が押されたんだ だから
俺はこの相棒と一緒に党を辞めたのさ
ことわっておくが
俺は今でも共産主義者だぜ
運転手はそんなことを陽気に言った

夕立があがると彼は窓を開けて
タバコを吸いながら
どこへ行くのかと聞

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【詩】哀歌(エレジー)

【詩】哀歌(エレジー)

やっとひとりになれた夜 おれは波止場の見える安ホテルの一室で 
情交の名残りでもあるかのようにシーツに落ちていた あの時の
一本の縮れた女の陰毛を思い出していた

湖水を染める晩秋の夕焼けはとっくに終焉し
もうじき窓には無影灯のように青白い
女の貧相な乳房が姿を見せるだろう

おれが女をはじめて抱いたのは いや 抱かされたのは どうでもいいような研修会のあとの五階建ての薄汚れたこのホテルだった 初

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ある女の肋骨

ある女の肋骨

いいですわ お貸しします でも明日のこの時間には返してくださいね 女はそう言うと身を起こし背を向けると何やらごそごそと裸なのに下着を脱ぐような仕草をしてはいどうぞと自分の肋骨を渡した そしてもうじき時雨がきますからこれで運んでくださいとバイオリンケースを渡した 私は高級娼婦を買うために用意していたそれなりの金額を女に渡し、これで弟によくしてやれますわと礼をいう女の声を背に夜の街に出るとすぐにタクシ

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【詩】つらいコスモス

【詩】つらいコスモス

 つらいコスモス

秋の日の無言の約束が
静かな哀しみとなって 咲いているのだった
つらいコスモスが 
あきらめて咲いているのだった

困惑のほほえみが さびしく揺れて
暮れ方のコスモスは 
取り返しのつかないぼくのしくじりを
ことあるごとによみがえらせる

ちがうひととの陽だまりに
果たされなかった約束は揺れ
路傍のコスモスに今もうずく恋の蒼痣

ぼくらはこれから何年ものあいだ
    

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【詩】ほろ酔いの唄

【詩】ほろ酔いの唄

 ほろ酔いの唄

高校の時だった
誰とも口をききたくなくて
図書室に入り浸りだった
分からないことがやたらとできて
グーグルもヤフコメもなかったからね
おれの心の中はわだかまりばっかりだった
父親も母親も友だちも学校も教員も社会とか国家とかいうものも
ややこしい幾何学不規則多面体みたいに 分からないまま
ザラザラゴツゴツして突っ立ているんだよね おれの至近距離にさ
まあ それが「実在」が実在するっ

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【詩】あじさい

【詩】あじさい

夕暮の路地の雨の中
貴女の踵の折れたハイヒールを見つめ
わたしは薄紫に咲いたのでした

白い少女のときもあったけど
わたしはあのときから貴女の雨を聴くようになりました
悲しい夜の腎臓にしとしと浅緑の雨が降り
憂鬱な朝の子宮にじとじと浅黄色の雨が降り
淋しい胸にひねもすしくしく青褪めた雨が降り
そして わたしは貴女の心の雨になりました

だけど 昨日の貴女は なぜか
知らない人の夕焼け染みついて

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