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#28 音楽史㉓【2000年代前半~中盤】「細分化しています」だけで終わらせません!

クラシック音楽史から並列で繋いでポピュラー音楽史を綴る試みです。このシリーズはこちらにまとめてありますのでよければフォローしていただいたうえ、ぜひ古代やクラシック音楽史の段階から続けてお読みください。

これまでの記事↓

(序章)
#01「良い音楽」とは?
#02 音楽のジャンルってなに?
#03 ここまでのまとめと補足(歴史とはなにか)
#04 これから「音楽史」をじっくり書いていきます。
#05 クラシック音楽史のあらすじと、ポピュラー史につなげるヒント


(音楽史)
#06 音楽史① 古代
#07 音楽史② 中世1
#08 音楽史③ 中世2
#09 音楽史④ 15世紀(ルネサンス前編)
#10 音楽史⑤ 16世紀(ルネサンス後編)
#11 音楽史⑥ 17世紀 - バロック
#12 音楽史⑦ 18世紀 - ロココと後期バロック
#13 音楽史⑧ フランス革命とドイツ文化の"救世主"登場
#14 音楽史⑨ 【19世紀初頭】ベートーヴェンとともに始まる「ロマン派」草創期
#15 音楽史⑩ 【1830~48年】「ロマン派 "第二段階"」 パリ社交界とドイツナショナリズム
#16 音楽史⑪【1848年~】 ロマン派 "第三段階" ~分裂し始めた「音楽」
#17 音楽史⑫【19世紀後半】 普仏戦争と南北戦争を経て分岐点へ
#18 音楽史⑬【19世紀末~20世紀初頭】世紀転換期の音楽
#19 音楽史⑭【第一次世界大戦~第二次世界大戦】実験と混沌「戦間期の音楽」
#20 音楽史⑮【1940年代】音楽産業の再編成-入れ替わった音楽の「主役」
#21 音楽史⑯ 【1940年代末~1950年代】 ロックンロールの誕生と花開くモダンジャズ
#22 音楽史⑰ 【1950年代末~60年代初頭】ティーン・ポップの時代
#23 音楽史⑱ 【1960年代中期】ビートルズがやってきた!ブリティッシュ・インヴェイジョンのインパクト
#24 音楽史⑲ 【1960年代後半】カオス!渦巻く社会運動とカウンターカルチャー
#25 音楽史⑳ 【1970年代】交錯する方向性 ~"複雑化"と"洗練"、"反発"と"原点回帰"
#26 音楽史㉑【1980年代】デジタル革命
#27 音楽史㉒【1990年代】"オルタナティブ" な時代
<今回> #28 音楽史㉓【2000年代前半~中盤】「細分化しています」だけで終わらせません!

ポピュラー音楽史を調べていったときに、90年代のオルタナティヴロックをもって物語が終了している場合が非常に多いんですよね。00年代以降の音楽は「細分化している」「評価が定まっていない」「体系化するのは不可能」「新しいものが生まれていない」などという言葉で誤魔化されたり、取り上げるとしても「youtubeの時代」など、音楽ジャンルのことではなく産業の部分のみしか語られないものばかりだと感じます。音楽そのものやアーティストの歩みについては、そのシーンにどっぷり浸かっている人や、リアルタイムで追っている人以外には、「歴史」「ジャンル」としてまったく見えてこないのです。

しかし、現在はもう2020年を過ぎており、2000年といっても20年も前の話になるんです。人によって視点や評価の相違はあれど、歴史を語ることは十分可能なはずだと思いませんか。

どうしてこのような20年間の空白が生まれてしまっているかというと、やはりポピュラー音楽史が「ロックの歴史」中心にしか語られてこなかったからだと思います。21世紀においては、ロックに加えて、EDMやヒップホップなどが目まぐるしく発達を続けていて、それらは歴史として記述されておくべき事象なのではないでしょうか。ヒップホップもハウスミュージックも1970年代には萌芽が見られ、本格的に1ジャンルとなった1980年代から数えてみても、既に40年ほどの歴史がある音楽なのです。「ポピュラー音楽史」の真ん中に居座っているロック史の停滞を横目に、ヒップホップの流れやEDMの歴史を追っていくと、ようやく今現在の音楽へ至る流れや全体像が見えてくるような気がします。

2020年代の「今現在」のさまざまな音楽は、昔の音楽からどのように繋がり、紡がれ、ここに至ったのか。この疑問をはらすために、今回も引き続き各分野の視点を移動させながら見ていきたいと思います。それではまいります。



◉ヒップホップ

ニューヨークから生まれたヒップホップは90年代以降、西海岸や南部からもアーティストが現れ始めていました。

90年代に盛り上がったギャングスタ・ラップは、東西抗争が激化し、銃撃事件による死者が出るなど、悲惨な状況となってしまいます。その後は集団での抗争は鎮静化し、個人間の中傷合戦(ビーフ)が盛り上がりました。ニューヨークでは、ジェイZナズがメキメキと台頭。2000年代に入り、2人はキング・オブ・ニューヨークの座を巡る激しいビーフで争い、ヒップホップのヘッズたちを盛り上げたのでした。

このように、ストリートでのサイファー文化が盛り上がっていたヒップホップシーンから勝ち上がって登場したのが、ドクター・ドレーのプロデュースによって99年にメジャーデビューした白人ラッパーのエミネムです。「エミネム自身ではなく、二重人格の別キャラが歌う」という設定を用いて、セレブへの過激な口撃や、下品なブラックジョークをラップするスタイルがヒットし、一気に大成功に繋がりました。アルバム、シングルのセールスが計1億5500万枚を超え、世界で最も成功したミュージシャンのうちの1人といわれる存在になっています。


一方で、2000年代に入ると、90年代から水面下で目まぐるしく発展していた南部サウスのラップ」が若者の認知を集めていきました。南部のラップはリリックの意味よりもビートを重視する「ノリがいい」もので、ニューヨークのラップは「カタすぎる」「マジメすぎる」「東海岸のラップは古くてオトナが聴くようなものであり、若者が聴くラップはサウスだ」というふうな風潮まで作られつつありました。ジェイZがUGKを招いて2000年にリリースした「Big Pimpin’」は、サウスのスタイルに注目が集まるきっかけとなりました。

メンフィスで育ったサブジャンル「クランク」は、リル・ジョンによって認知度を獲得。一方アトランタのサウンドは「トラップ」というジャンルで呼ばれるようになります。T.I.、ヤング・ジーズィ、グッチメインがトラップ三銃士とされていますが、プロデューサーのゼイトーベンの手腕もトラップの発展に大きく貢献しました。


さて、エミネムの大成功に加えて、もう一人、2000年代に登場した重要なヒップホップ・アーティストとして、シカゴ出身のプロデューサーであったカニエ・ウェストが挙げられます。プロデュース業としても成功したのに加え、自らもラッパーとしてデビューし、ポップなスタイルで大成功しました。

カニエ・ウェストが多用した手法が、「チップマンクソウル」です。これは、サンプリング元の原曲のピッチを上げたものを素材として利用する手法のことで、アニメなどでリス(=チップマンク)がしゃべるときにこのように人間の声を上げて吹き込む例が多く、それを連想させることからこの名が付きました。チャカ・カーンの「Through The Fire」のピッチをあげたものにラップを乗せた「Through The Wire」は特に有名です。

他に00年代初期、NYには50セントというラッパーが出現し、長けたマーケティング手腕で躍進していました。従来のギャングスタ・ラップスタイルの新世代である50セントと、革新的なサウンドを実験していった新世代カニエ・ウエストはトップ争いのムードとなっていきましたが、お互いの3枚目のアルバムの売り上げでカニエが勝利したことから、ギャングスタラップの時代はいよいよ終了していき、新機軸のカニエの時代へと風潮が傾いていきました。


◉ネオソウル

こうして徐々にポップへ接近し始めたヒップホップと近い分野とも言える動きであり、コンテンポラリーR&Bから派生したサブジャンルとして誕生したのが「ネオソウル」。デジタルな印象のあるニュー・ジャック・スウィングなどのR&Bとは全く異なる、往年のソウルとヒップホップスタイルが結合したようなソウルフルなサウンドがこう呼ばれ、90年代末から登場していました。

前回の記事では、まず筆頭としてディアンジェロエリカ・バドゥを取り上げましたが、さらに、アリシア・キーズ、エリック・ベネイ、ジョン・レジェンド、ミシェル・ンデゲオチェロ、ジル・スコット、レイラ・ハサウェイ、ローリン・ヒル、ビラル、マックスウェル、アンソニー・ハミルトン、ミュージック・ソウルチャイルド、ドゥエレ、といったアーティストらが90年代末~2000年代にかけてネオソウルの隆盛を創り上げました。

ネオソウルでは打ち込みではなく生演奏の土臭さもしばしば重要視されたため、ファンクやジャズのミュージシャンとの距離が近い分野ともなっていきました。



◉コンテンポラリー・ジャズ

さて、フュージョンやスムースジャズの時代を終え、新たなコンテンポラリージャズの段階へ突入していたジャズ史ですが、大枠としてはポストバップの路線が続きながらも、ネオソウルの影響が見られ始めるのが00年代以降の特徴と言えます。

ビバップへの懐古趣味的な「新伝承派」とも、AOR路線のスムースジャズとも違う、新たなジャズのフェーズに進むきっかけをつくったのが、前回紹介したM-BASE派でしたが、さらにその次の世代から重要なアーティストが登場し始めました。

その筆頭はトランペット奏者のロイ・ハーグローヴでしょう。アコースティックなジャズとしては、クインテットやビッグバンドを率いて活動し、さらにRHファクターというバンドではネオソウルの影響が感じられる、グルーヴィーなサウンドを打ち出し、その次の世代で巻き起こるネオソウルとの積極的な融合への先駆けとなったのでした。ロイ・ハーグローヴは、先に挙げたミュージシャンたちとともにネオソウルのムーブメントを牽引したメンバーの一人にも数えられます。

同じく、サックス奏者のジョシュア・レッドマンやベーシストのクリスチャン・マクブライドも重要です。この世代のジャズミュージシャンは皆、フュージョン世代のプレイヤーの指導を受け、そういったメンバーに認められて台頭しながらも、自らはヒップホップ・ネオソウル世代としてサウンドを確立していったといえます。

イスラエル出身のベーシスト、アヴィシャイ・コーエンは、上に挙げたような同世代のミュージシャンと演奏しながら、自身の作品では中東らしさを全面に出した独自のサウンドを奏で、「イスラエルのジャズ・中東系のジャズ」が盛り上がるきっかけとなりました。

同じく彼らと同世代のピアニストのブラッド・メルドーは、クラシックに大きな影響を受け、バッハを解体するアルバムを出したり、クラシック界を代表するソプラノ歌手とのコラボを果たす一方で、レディオヘッドの楽曲をカバーするなど、同世代のロックへの興味も持ち、それらをすべてコンテンポラリージャズとして落とし込みました。

1990年頃のM-BASE派以降、ジャズ史上においては、特に名前の付いた派閥名、もしくはムーブメント名、ジャンル名が残念ながら分類されていません。一番目立つ潮流としてはネオソウルへの興味が特徴的でありながらも、アコースティックなポストバップにこだわったスタイル、クラシカルで難解なスタイル、民族的要素を取り入れたスタイルなど、非常にさまざまな方向性があるものがすべて大雑把にまとめられ、この世代以降すべてのジャズを今のところ「コンテンポラリー・ジャズ」と呼ぶのが妥当な感じになっています。

この世代の重要プレイヤーは他に、ブライアン・ブレイド(Dr)、マーク・ターナー(Sax)、エリック・ハーランド(Dr)、ピーター・バーンスタイン(Gt)、ベン・モンダー(Gt)、カート・ローゼンウィンケル(Gt)、クリス・ポッター(Sax)らが挙げられます。

他にもビリー・チャイルズ(Pf)、ジェフ・パーカー(Gt)、ジェイソン・モラン(Pf)、アーロン・ゴールドバーグ(Pf)、テイラー・アイグスティ(Pf)、ジョン・メイヤー(Gt)、ダニー・マッキャスリン(Sax)、アダム・ロジャーズ(Gt)、ヴィンセント・ハーリング(Sax)、ウォルター・スミスⅢ世(Sax)、ニコラス・ペイトン(Tp)など、多くの若手プレイヤーが一気に台頭し、ジャズ界が息を巻き返し、フュージョン時代から決別した新たな段階への突入が決定的となったのでした。日本からはこの時期、ピアニストの上原ひろみ(日本以外ではHiromi という名義)がやってきて、超絶技巧でコンテンポラリージャズシーンにインパクトを与えました。

また、ジャズボーカリストとしてノラ・ジョーンズが登場し、非常に人気となりました。ジャズレーベルの名門、ブルーノートからCDが発売されたために、ジャズボーカリストとして注目されましたが、ノラ・ジョーンズの音楽性はカントリーやフォークのようなシンガーソングライター的な性格も持っており、そのカテゴライズには賛否が集まりました。ただ、この時代、ロック、ヒップホップ、クラブミュージックなど、あらゆるサウンドが溢れる中で、アコースティックなスタイルがジャズと呼ばれるのにふさわしかったのでしょう。




◉R&B

ヒップホップやネオソウルといった分野が草の根で勢力を増していたのに対し、「ポップスのメインストリーム」として確固たるポジションに君臨していたのが「R&B」だといえるでしょう。90年代から引き続き、歌唱力を武器に多くのアーティストやセレブ達が活躍しました。

〈2000年代の代表的R&Bアーティスト〉
マライア・キャリー、ブライアン・マックナイト、キーシャ・コール、デスティニーズ・チャイルド、ビヨンセ、フェイス・エヴァンス、ロビン・シック、ニーヨ、マリオ、マイア、シアラ、アシャンティ、ジャギド・エッジ、T-ペイン、ジェニファー・ロペス、ケリー・ヒルソン、マーカス・ヒューストン、エイメリー、ネリー、プッシーキャット・ドールズ、レイ・ジェイ、プリティ・リッキー
など。


2000年代のメインストリームの音楽性としては、ヒップホップと同じようなビートのループを用い、ソウルと同じような構成でゆったりとポップに歌い上げる形が主流だったといえます。

ところがこの後から、ヨーロッパで発達が進んでいたクラブミュージックのDJ達がアメリカへ進出する手がかりとしてR&Bシンガーとコラボするようになり、次第にフロア志向のダンスサウンドが強まっていくことになります。



◉クラブミュージック

1990年代、ヨーロッパにおいて一気に多くのスタイルが登場したクラブミュージック。その流れは大きく分けると、4つ打ちが主体のハウスミュージック系の潮流と、ジャングル系のブレイクビーツの音楽がルーツとなっている潮流に分けることができます。

◆トランスの人気
ハウスミュージック系では特に、オランダ発祥のダッチトランスが、2000年代に入りさらに勢いを増していました。トランスの代表的なDJ・ティエストは、2001年にボーカリストをゲストに迎えた自身のアルバムをリリースし、そのエモーショナルなダンストラックにボーカルを乗ったサウンドは、もう少し後にEDM(エレクトロ・ダンス・ミュージック)と呼ばれようになるジャンルの先駆的な存在として位置付けられています。2004年のアテネオリンピックのオープニングセレモニーでは、史上初めてDJとしてパフォーマンスを披露するなど、ヨーロッパで絶大な支持を得る存在となっていたのでした。

ティエストに並ぶダッチトランスの代表的DJとなったアーミン・バン・ブーレンらも活躍を続け、ヨーロッパのクラブシーンは勢いを増します。

こういったサウンドに呼応するように、トランス以外の分野においてもエレクトロサウンドのカラーが強まっていきました。90年代から00年代にかけて、一気にPCによる制作が主流となり、多くのシンセサイザーやエフェクターのプラグインをインサートできるようになったことも相まって、このような傾向が強まったのです。

◆エレクトロクラッシュからフレンチエレクトロの発展へ

まず2000年代前半には、1980年代の音楽であるニュー・ウェイヴ、ポストパンク、シンセポップ等を、90年代に発達したハウスミュージックの概念で再解釈する「エレクトロクラッシュ」というムーブメントが起きていました。DJヘルフィッシャースプーナーミス・キティン・アンド・ザ・ハッカーティガ、ヴィタリック、LCDサウンドシステムフリーズポップなどが代表的です。

このような、ポストパンク・ニューウェイブの電子音楽的な更新が日本では「テクノポップ」「テクノ」という名前で認知されているのではないでしょうか。

こういったエレクトロクラッシュやシンセポップ、テクノの要素が、ハウスミュージック、特にテックハウスの分野と融合していって発生したのが、エレクトロハウスです。エレクトロハウスは、ハウスの中でもハードな一分野であるとされ、2000年代中盤から人気が高まっていきました。

エレクトロハウスはまず、フランスのフレンチハウスからの流れとしてフレンチ・エレクトロが発展していきました。フレンチハウスはダフトパンクの登場以降、注目が高まっていましたが、ダフトパンクのマネージャーを務めていたペドロ・ウィンターによって2003年に設立されたエド・バンガー・レコードから、ジャスティス、ブレイク・ポット、サンジェルマン、セバスチャン、DJメディカシアスなどの多くのフレンチ・エレクトロのアーティストが輩出されました。

これらのフレンチ・エレクトロは、サウンド的にはまだエレクトロクラッシュや従来のフレンチハウスの要素が残っていましたが、次第にダンスフロア向けの強烈な「エレクトロハウス」のサウンドへと昇華されていくことになります。


◆エレクトロハウス

エレクトロハウス人気のきっかけとなったのが、ベニー・ベナッシ「サティスファクション」です。そこから、デッドマウス(deadmau5)やデヴィッド・ゲッタ、ジョン・ダールバック、といったアーティストが台頭し、フロアライクなエレクトロハウスのサウンドが確立したのでした。


広義の「ハウスミュージック」の中で、2000年代に人気となった「トランス」と「エレクトロハウス」は、お互いに影響を受けながら発達し、クラブのダンスフロアで客を盛り上げさせるエンターテイメント的な性格が強まっていきました。そしてこの後、2000年代後半にはヨーロッパを飛び出して全世界を席巻していくことになり、大きくEDM(エレクトロ・ダンス・ミュージック)と呼ばれる分野へと繋がっていきます。


◆ドラムンベース/リキッドファンク

クラブミュージックの中でハウスルーツとは異なるもう一つの流れが、ブレイクビーツ系の流れです。90年代をおさらいすると、まずレゲエの派生ジャンルとしてジャングルが生まれ、そこからドラムンベースが誕生して人気となりました。さらに極度に細分化させた強烈なビートによるドリルンベース、ブレイクコアなどの過激なサウンドへも発展していました。

一方で、2000年代には新しい動向を見せるようになります。ブレイクコアなどとは逆に、ソフトでポップな方向性へ昇華させた「リキッドファンク」というサブジャンルが誕生したのです。ハイ・コントラスト、ダニー・バード、ロジスティクス、DJハイプ、ロンドン・エレクトリシティーらがリキッドファンクの代表的なアーティストです。


それまで、ドラムンベースはそのジャンル専門のDJにしか選曲されていませんでしたが、次第にあらゆるDJに選曲されるようになり、世界的に広まっていきました。ドラムンベースの国際化の代表的な一例としては、オーストラリアから登場したアーティスト・ペンデュラムの人気が挙げられます。ペンデュラムは2000年代後半以降、ロックとの融合を打ち出してさらに注目されました。



◆2ステップ/ダブステップ

90年代、ドラムンベースの影響を受けたブレイクビーツ系のもう一つのジャンルが、UKガラージでした。「テンポを落としたドラムンベース」と捉えられたこのジャンルから、90年代末、ハネたリズムが特徴のサブジャンルとして「2ステップガラージ」が台頭し、メインストリームでの成功を果たしました。2ステップガラージは2000年代に入ると単体のジャンルとしては下火になりますが、よりベースを強調するスタンスをとったダブステップの誕生へとつながりました。

※注意すべきは、この段階で誕生した「ダブステップ」は現在一般的にダブステップとして知られているサウンドとは異なっています。一般的に知られているサウンドは、EDM段階になって派生した「ブロステップ」というものであり、本来はダブステップのサブジャンルであるはずでした。そのため、ブロステップがダブステップと呼ばれて世間一般に知られている状態に対して、今でも賛否の意見があります。

ブロステップではない、この時期の純粋なダブステップの代表的なアーティストは、ブリアル、アートワーク、ベンガ、スクリーム、ハッチャなどです。


このあとEDM段階に入り、4つ打ちで主流となったサウンドは大きく「ハウスミュージック系」とまとめられたのに対し、ダブステップのような非4つ打ちのサウンドは、ベースを強調させたサウンドであったことから「ベースミュージック系」とまとめられていきました。



◉ロック

さて、ここまで敢えてロック以外の潮流を先に詳しく見ていきましたが、21世紀に入った途端にロックがいきなり滅んだわけではもちろんありません。ただ、21世紀以降のロックは、取り立てて大きなカテゴライズがされていないため、大枠としてはすべて、90年代に発生した「オルタナティブロック」の延長上であるという解釈がなされてしまっているようです。

ただ、ロックの文脈上にありながら、エレクトロニカへの接近など、今までとは違う進化形態を求めていたバンドも出現しており、それらは「ポストロック」と呼ばれるシーンを産みました。フロア志向を強めたハウスなどのクラブミュージックとは裏腹に、実験音楽的な要素が強かったエレクトロニカやIDMは、こちらの分野と結合していったといえるでしょう。

ロックバンドのエレクトロニカへの接近の動きで先駆者となったのは、前回の記事でも紹介したレディオヘッドでしょう。アルバムの発売の度にその作風を変化させ、問題作であり大傑作である「キッドA」が発売されたのが、ちょうど2000年でした。賛否両論を巻き起こしたこのアルバムから、「細分化しており体系化が不可能」と言わしめる00年代の幕明けとなったのです。



◆IDM/エレクトロニカ/フォークトロニカ/ポストロック

エレクトロニカはフォークギターなどのアコースティックで内省的な音楽と相性が良く、エレクトロニカから派生して「フォークトロニカ」という分野も生まれました。前回 IDM の項で紹介したフォーテットは、2001年のセカンドアルバム『ポーズ』でフォークとの接近を深め、作品が紹介される際にフォークトロニカの語が用いられました。2000年代に入ってから登場したティコビビオも、この分野の代表的なアーティストです。

ロックバンド側の動きであるポストロックの動きとしてはまず、シカゴのトータスなどによるシカゴ音響派が代表例でしょう。シーアンドケイク、ガスター・デル・ソル、サム プレコップ、プルマン、エアリアルエム、アイソトープ217、シカゴ・アンダーグラウンドなどが他の代表的なユニットですが、彼らはほとんどトータスのメンバーの在籍するバンドであったりソロ名義であったりしたため、シカゴ音響派はトータスを中心とした一ムーブメントであったといえます。クラシックルーツの現代音楽・実験音楽のミュージック・コンクレートやアンビエントミュージック、それらの影響を受けたドイツのクラウトロック、同時期のフリー・ジャズなどの価値観をリスペクトしながら、メロディにとらわれず音響を重視したロックサウンドを志向しました。

ギターを中心にさらに複雑で変則的なリズムを展開する、マスロックというサブジャンルも登場し、ポストロックの代表的なイメージとなります。マスとは数学のことであり、理知的に構成されたサウンドが特徴です。ミッション・オブ・バーマ、シェラック、バトルス、ヘラ、ドン・キャバレロなどがこの分野のバンドとされます。

このようなムーブメントのあと、「ポストロック」の意味する範囲は曖昧になっていき、議論が巻き起こるとともに、ポストロックの代表格と目されていたグループが幅広い音楽性をカバーするようになったり、「ポストロック」の名称を拒否するものも現れ、ポストロックという用語自体が人気を失っていきました。

ポストロックが廃れていったあと、アメリカのインディーシーンではニューヨークを中心に、フリーフォークというジャンルが台頭しました。これは、サイケデリックなサウンドや複雑なリズム、民俗音楽的要素などを取り入れた、いわばポスト・ロックの亜種です。アニマルコレクティブがその代表的存在だとされます。



◆UKロック

このような実験的で突飛なムーブメントが巻き起こった中でも、オルタナティブロック、ブリットポップ、ポップパンク、ミクスチャーなどといった流れが90年代から続くUKロックの勢いはまだまだ衰えず、大型バンドが台頭していきます。00年代を代表するバンドとなったのは、コールドプレイ、アークティック・モンキーズ、ゴリラズ、カサビアン、ザ・リバティーンズ、などのバンドでした。



◆USロック

一方のアメリカ勢も、様々な方向性のバンドが登場しています。ミクスチャーのリンキン・パーク、ラウド系のスリップ・ノットやシステム・オブ・ア・ダウンインキュバス、ポップパンクのマイ・ケミカル・ロマンスパラモア、サム41、オール・タイム・ロウなどのバンドが筆頭として挙げられるでしょうか。

ザ・ストロークスザ・ホワイト・ストライプス、キングス・オブ・レオン、ブラック・キーズらは、ガレージロック・リバイバルを引き起こしました。

さらに、ハードコア・パンクをルーツに持つジャンルとして、90年代後半から出現していた「エモ」サニー・デイ・リアル・エステイトというバンドが一度「エモ」として知られましたが、グランジブームと重なり、曖昧な定義のまま消滅するかと思われていました。しかし、その後ゲット・アップ・キッズアット・ザ・ドライブインジミー・イート・ワールドなどといったバンドが「エモ」として成功し、2000年代のロックの中で1つのムーブメントとなったのでした。


ここまで挙げた潮流とは異なるバンドとして、マルーン5も取り上げるべきでしょう。ポップロックバンドとして登場した彼らですが、「ネオソウル期最初のロックバンド」と評されたように、R&B~ネオソウル、ヒップホップの影響が強い音楽性によって、同時期のロックに比べて商業的な、イロモノのアイドルグループのように捉えられてしまいました。

しかし、00年代から20年代にかけてロックの勢いに陰りが見えはじめ、R&Bやヒップホップ、EDMが主流となっていったアメリカの音楽シーンに、彼らは既に順応できていたことによって、長いあいだ成功し続けることができたのです。反抗心や懐古的なムーブメントではなく、長く親しまれるポップを追求し続けたマルーン5は、柔軟な考えによって、ある意味では先見の明があったとも言えるでしょうか。



◆シンガーソングライター

さて、00年代のバンドを中心に紹介してきましたが、ソロシンガーやシンガーソングライターなどで成功したアーティストにも触れておきます。

00年代以降の重要なシンガーソングライターの筆頭は、なんといってもアヴリル・ラヴィーンでしょう。ポップロック路線のサウンドで、ティーンエイジャーとして大成功しました。他にジョン・メイヤーブリトニー・スピアーズクリスティーナ・アギレラなどもソロシンガーとして台頭し大成功しました。



◉映画&ミュージカル

最後に、映画音楽とミュージカル界についても見ておきます。ミュージカルシーンでこの時期注目すべきは、特定のアーティストのヒット曲で構成した「ジュークボックス・ミュージカル」が登場し人気を博したことです。代表例としては、ABBAの音楽を取り上げた『マンマ・ミーア!』が挙げられます。

ディズニー映画では、『ターザン』『ブラザー・ベア』で、元ジェネシスのフィル・コリンズが音楽を担当したことが注目すべきポイントです。また『リロ&スティッチ』では、エルヴィス・プレスリーの楽曲など既存曲の積極的使用が特徴となりました。

そのほか、劇伴の分野では、70年代末以降、ロマン派的なシンフォニックサウンドで第一線に立ち続けるジョン・ウィリアムズが、往年の『スターウォーズシリーズ』などを引き続き担当していたほか、00年代からは『ハリーポッターシリーズ』などでも大成功しました。さらに、映画音楽として非常に有名になった例としては、『パイレーツ・オブ・カリビアン』のハンス・ジマーも挙げられます。


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