メルシーベビー

言葉の国、文字通り、本棚6番街に住んでいます。

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記事一覧

深夜のすべて

むかしラジオか何かで、ある声優が話していた。その世界ではかなりのキャリアがある人らしかった。 「深夜アニメをやったとき、『あなたはすごくうまいので、これから絶対…

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家庭を持つ。メンタルの安定

 霧雨の降る日に、旦那さんが傘を差し、自分が赤ちゃんを抱いて3人で歩いた。そこで味わったのは、かつてないメンタルの安定だった。幸福感とは違う。なにかとても安定し…

10代の頃「文章書くの好きなんだ」「わたし絵描けるよ。メルシーちゃんが書いた詩に、わたしが絵をつけるのいいね」なんて会話をした人が二人いて、でもどっちも実現しなかった。音楽をやっている人とは、絵を曲に入れ替えて同じ会話をしたけど、やっぱり会話だけで終わった。そういうことってある。

0円で幸せになる

 夢を見るのはタダだけど、見せてもらうには金がかかる。最近の詐欺事件を見ているとそんなことを思う。加害者が書いた「ターゲットになりそうな人」の項目には「夢を持っ…

むかし話、いまの話

 両親は完璧ではなかったけれど、いいところもたくさんあった。最近は「毒親」なんて言葉が流行っていて、ひどい親御さんのエピソードには事欠かないのだけど、そんなとき…

君の名は

 フリードリヒ2世と言えば、赤ちゃんを対象にした非道な実験をした人である。と言っても、本人が極悪人だったとかそんなことではなく。フリードリヒさんはただ、赤ちゃん…

軟弱なモヤモヤ

 なにが正しいのか、わからなくなっちゃったな。最初からわかってなかったとも言えるけど。  少し前にした出産は、医師もやや驚くくらい安産だった。理由はいくつかあ…

産後のからだ、あるいは女性の活躍

 見る夢が普通になってきた。産後はなぜかしばらく、夢が3D映像みたいに見えたのだ。妙に立体的な映像がまぶたの裏に浮かんで、なんでいきなりそうなるのかわからなかった…

13

普通においしい、それって最高

 「誰にでも好かれる」なんて所詮は不可能なのだけど、それにしてもサブレを嫌いな人はいないだろう。出産祝いに届いた箱の中の、丸いお菓子を見ながらそう思っている。か…

10

「幸福は、一瞬吹いて去る風みたいなもの」とエッセイに書いていたの、川上未映子だったかな。これは本当にその通りで、たとえば今みたいに、なんかいい感じの曲がラジオから流れていて、それが誰の曲かわからないとき。もしくは赤ちゃんから、ほんのりいい香りがするとき。消えるから価値のある瞬間。

10

世間知らず

 「世間ではよくこう言われている」ことを、自分に言った人はほとんどいなかった。親が離婚すると子どもは不幸なものだ、とか。女は結婚して子どもを産むものだ、とか。あ…

13

助けてもらうための態勢

 産後ケア宿泊が終わる。24時間体制で赤ちゃんをあずかってもらえて、食事は3食、部屋まで運んでもらえる。助産師さんたちによる、毎回の母乳指導付き。なかなか贅沢な経…

9

それはきっと最高の一年

 16歳のときの一年は、まちがいなく特別だった。いままでの人生で一番印象に残っている一年は、と訊かれたらきっとそう答える。  なにもかもが新しい年だった。親元を…

11

お母さんは危ういものだから

産後ケアの施設にいる。出産を報告した人たちは、次々にお祝いをくれる。優しく賢い人たちは、暗に陽に、これからの育児についてアドバイスをくれる。 親による子殺しは、…

13

「(赤ちゃんが)お母さんによく似てますね」と言われる。これで2回目。似てるのか、大丈夫かなあと思う。嬉しい気持ちにはならない。自分の血をダイレクトに継いだ誰かが世の中にいる、その事実にいまだ戸惑っている。
てっきり旦那さんに似ると思ってた。自分の痕跡はどこにも残らないと思ってた。

9

新生活。 無理はしてしまうものだから

産後ケアの施設でこれを書いている。 「産後リゾート」みたいなおしゃれなホテルではなく、建物は木造で古い。それでも掃除は行き届いており清潔で、何より人とご飯が優し…

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深夜のすべて

深夜のすべて

むかしラジオか何かで、ある声優が話していた。その世界ではかなりのキャリアがある人らしかった。

「深夜アニメをやったとき、『あなたはすごくうまいので、これから絶対売れると思います!頑張ってください!』ってお便りが届いたんです。深夜アニメやってる奴の、全員が新人じゃねーぞ!」

もう売れている人に対する、なかなかのお便り。

アニメはあまり見ないから事情は知らない。でもそんな勘違いをしてしまうくらい

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家庭を持つ。メンタルの安定

 霧雨の降る日に、旦那さんが傘を差し、自分が赤ちゃんを抱いて3人で歩いた。そこで味わったのは、かつてないメンタルの安定だった。幸福感とは違う。なにかとても安定した気持ち。パズルのピースがきちんとはまって落ち着くような。

 こういうものを味わえるということは、やっぱり人間、結婚して子どもを産むことが幸せに違いない。なんてことは言わない。

 メンタルが不安定な時期に結婚・出産していたら、どうな

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10代の頃「文章書くの好きなんだ」「わたし絵描けるよ。メルシーちゃんが書いた詩に、わたしが絵をつけるのいいね」なんて会話をした人が二人いて、でもどっちも実現しなかった。音楽をやっている人とは、絵を曲に入れ替えて同じ会話をしたけど、やっぱり会話だけで終わった。そういうことってある。

0円で幸せになる

0円で幸せになる

 夢を見るのはタダだけど、見せてもらうには金がかかる。最近の詐欺事件を見ているとそんなことを思う。加害者が書いた「ターゲットになりそうな人」の項目には「夢を持ってない」などの内容があり……。

 自力で夢を見られず、ひとさまに見せていただこうと思えば、観覧料くらいは取られる。ということは、ここを自前でなんとかできれば、そのぶん節約になる。かもしれない。

 むかし岡田淳の児童向け文学で「夢見る

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むかし話、いまの話

むかし話、いまの話

 両親は完璧ではなかったけれど、いいところもたくさんあった。最近は「毒親」なんて言葉が流行っていて、ひどい親御さんのエピソードには事欠かないのだけど、そんなときこそ「してもらってよかったこと」を考えるのは悪くない。

 両親はよく、兄とわたしが小さかった頃の話をしてくれた。

 幼い兄のしたことと言えば──たとえば、ハンガーで父親の鼻をひっかけて引っ張ったこと。父が帰宅するなり「お父さんおかえ

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君の名は

 フリードリヒ2世と言えば、赤ちゃんを対象にした非道な実験をした人である。と言っても、本人が極悪人だったとかそんなことではなく。フリードリヒさんはただ、赤ちゃんを集め、言葉を教えないで育てただけだった。

 どんな言語にも触れさせずに赤ん坊を育てたら、最初にどんな言葉を発するんだろう?子どもが初めに話すのは、フランス語だろうか、ラテン語だろうか?それとも他の言語?人間の始まりの言語は何だろう。そ

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軟弱なモヤモヤ

軟弱なモヤモヤ

 なにが正しいのか、わからなくなっちゃったな。最初からわかってなかったとも言えるけど。

 少し前にした出産は、医師もやや驚くくらい安産だった。理由はいくつかある。ひとつには、まだ20代だったこと。それから妊娠中(妊娠前も)、お酒やタバコをやらなかったこと。冷たい飲みものや食べものを避けたこと。

 短いスカートもはかなかった。体を冷やすことは悪だと、母親からさんざん聞かされていた。高校や中学

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産後のからだ、あるいは女性の活躍

産後のからだ、あるいは女性の活躍

 見る夢が普通になってきた。産後はなぜかしばらく、夢が3D映像みたいに見えたのだ。妙に立体的な映像がまぶたの裏に浮かんで、なんでいきなりそうなるのかわからなかった。

 出産で夢の見え方が変わるなんて、そんな話聞いたことないな……。ずっとそのままなのか、産後すぐだけの話なのか。よくわからないまま過ごしてみたら、答えは後者だった。

 近頃は前と同じように、映画のような映像で夢を見る。なんだろう、わ

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普通においしい、それって最高

普通においしい、それって最高

 「誰にでも好かれる」なんて所詮は不可能なのだけど、それにしてもサブレを嫌いな人はいないだろう。出産祝いに届いた箱の中の、丸いお菓子を見ながらそう思っている。かおる堂のカオルサブレ。

 かおる堂とは、地元秋田で名の知れたお菓子屋さんで、小さい頃からごくあたりまえにその名前を目にしてきた。いま改めて、その箱やパッケージを見ている。中に入っている、この絵は東郷青児か。名物のサブレにはちょっとしたポ

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「幸福は、一瞬吹いて去る風みたいなもの」とエッセイに書いていたの、川上未映子だったかな。これは本当にその通りで、たとえば今みたいに、なんかいい感じの曲がラジオから流れていて、それが誰の曲かわからないとき。もしくは赤ちゃんから、ほんのりいい香りがするとき。消えるから価値のある瞬間。

世間知らず

世間知らず

 「世間ではよくこう言われている」ことを、自分に言った人はほとんどいなかった。親が離婚すると子どもは不幸なものだ、とか。女は結婚して子どもを産むものだ、とか。あるいは、片親育ちだと健全な子に育たない、とか。

 自分の周りにいた人は、だいたい最初からこう言っていた。

「結婚したまま親がケンカばかりしているより、さっぱり離婚して暮らしたほうがいい。そのほうが子どものため」

「結婚しなきゃいけな

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助けてもらうための態勢

助けてもらうための態勢

 産後ケア宿泊が終わる。24時間体制で赤ちゃんをあずかってもらえて、食事は3食、部屋まで運んでもらえる。助産師さんたちによる、毎回の母乳指導付き。なかなか贅沢な経験だった。

 いまは自治体の補助があるので一日5000~10000円で泊まれるけど、補助が切れると一泊3万円になる。助産師のひとりは「私たちはずっといてもらってもいいんですけどね、一泊3万っていうと……うん、私なら考えちゃうかな」とコ

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それはきっと最高の一年

それはきっと最高の一年

 16歳のときの一年は、まちがいなく特別だった。いままでの人生で一番印象に残っている一年は、と訊かれたらきっとそう答える。

 なにもかもが新しい年だった。親元を離れて女子寮で暮らすようになった。初めての、知り合いのひとりもいない街は、あらゆるヘマをするのに最適だった。

 ひどく似合わない髪型にして、寮にいる年上のおねえさんに嗤われた。同級生の路上ライブに「これも経験かな」と思って付き合った

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お母さんは危ういものだから

産後ケアの施設にいる。出産を報告した人たちは、次々にお祝いをくれる。優しく賢い人たちは、暗に陽に、これからの育児についてアドバイスをくれる。

親による子殺しは、母親によるものが圧倒的に多いこと。閉鎖的な家庭では虐待が起きやすいこと。母親と子どもがベッタリだと、父親が除け者になり、結果的に家庭の崩壊につながりやすいこと。

時に「子どもより夫が大事」と考えたほうがいいこと。それが世間の常識に反する

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「(赤ちゃんが)お母さんによく似てますね」と言われる。これで2回目。似てるのか、大丈夫かなあと思う。嬉しい気持ちにはならない。自分の血をダイレクトに継いだ誰かが世の中にいる、その事実にいまだ戸惑っている。
てっきり旦那さんに似ると思ってた。自分の痕跡はどこにも残らないと思ってた。

新生活。 無理はしてしまうものだから

新生活。 無理はしてしまうものだから

産後ケアの施設でこれを書いている。

「産後リゾート」みたいなおしゃれなホテルではなく、建物は木造で古い。それでも掃除は行き届いており清潔で、何より人とご飯が優しい。旦那さんが、ここ1週間は仕事に集中したいと言うので、乳幼児を連れて連泊することになった。

助産師さんに「赤ちゃんお預かりしますね」と言われて、整えられた部屋に一人になる。少し楽な気持ちになる。楽になるってことは、いままでが張り詰めて

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