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夏目ジウ 掌編・短編小説集

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これまでnoteに掲載した小説をまとめました😀 暇(いとま)にでも、気軽に読んでください。
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記事一覧

追憶【掌編小説】

追憶【掌編小説】

 拳の記憶よりも、愛の追憶は遥か深い。
 ボクシング世界タイトルマッチで僅か1R59秒で惨敗を喫した松下タツヤは絶望の淵にいた。
 古びた病院の個室にはユリがずっと付き添っている。両親のいない彼はユリ無しでは生きられない。この試合に勝てばプロポーズをするつもりだったのだ。そんな絵に描いたような幸せを目前にしたまさかの出来事・・・一命は取り留めたが、医師からは引退勧告を受けざるを得なかった。
 「タ

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同じ窓辺の外【掌編小説】

同じ窓辺の外【掌編小説】

※3,109字数。
本作品はフィクションです。

―来年はもう死んでるかもしれないから。
 私は、阿佐子に初めて同窓会に参加する理由をこう答えた。来月60歳になる私は、死に至る病を抱えているわけでは無い。ただ、去年の12月に職場の同い年の女性が立て続けにコロナワクチンの後遺症で亡くなり、死ぬことが今までより身近な存在になっていた。
 コロナなんかで、絶対に死にたくないー。夜通しずっと私は睡眠

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朝焼けの幻たち【掌編小説】

朝焼けの幻たち【掌編小説】

 明朝のランニングから、私は一日の英気を享受する。

 去年60歳で大病を患ったが、奇跡的に退院した。そのちょうど半年後に、不思議なことに元の生活に戻った。さらには、その翌日から罪滅ぼしと言わんばかりに夫の則男と朝4時に起床し、ウォーキングを始めることにした。運動が苦手でも、病み上がりに人は突然思い立ったようにウォーキングを始めるらしい。

 元来から不健康生活だった夫は嫌々ながらも毎朝のウォーキ

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最後の聖女【掌編小説】

最後の聖女【掌編小説】

 ※2,851字数。
  本作はフィクションです。

 愛娘の結婚は、時として父性の感情機能を激しく揺さぶることがある。特に、正博のようにシングルファーザーとして一人娘を育ててきた場合は尚更だ。長年来、娘の為に注がれたあらゆる情念は鼓動そのものが永久に奪われるかもしれない。
 【パパ、おはよう。
 さっき、賢太朗君からプロポーズされた。】
 明け方の4時に夏菜子は父へLINEをした。父はトイレの便

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短編小説「告げるキセキは白いが元々は黒い」前編

短編小説「告げるキセキは白いが元々は黒い」前編

 小学校6年の作文で将来の夢「アイドルと結婚します」と、僕は大口をたたいた。周囲の同級生達は意外だったのか、それを境に僕に対して後ろ指を指すようになった。そのうち同級生に留まらず、担任の前田先生までも僕を怪訝な目で見るようになった。でも、校長先生は「横山君。アイドルは腹黒いから気をつけなさい」と説いてくれた。

 あの時の校長室での教えは僕に世の中は甘くない、と教えてくれた。

 高校を卒業してす

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短編小説「告げるキセキは白いが元々は黒い」後編

短編小説「告げるキセキは白いが元々は黒い」後編

 翌日僕は仕事を休んだ。
 一日休暇を取る、などとそんな一時的なものではない。永遠にずっと、休むつもりだった。入社二年目の僕に工場に行くメンタルなんか、体内にはなかったのだ。
 窓から差し込む陽光が途轍もなく眩しかった。

 これから僕はどうなって行くのか。
 途方もない死に近い何かが追いかけてくる。寝ても醒めても、「死に近いもの」しか身近にない場合はどんな末路を辿るのか。

 携帯電話のバイブ音

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ありえない星の群たち【掌編小説】

ありえない星の群たち【掌編小説】

 「やっぱり、別れようと思うんだ」
 日付けが変わるか変わらないかぐらいのタイミングで裕樹は恋人のエミーにそう告げた。

 8月、真夜中の公園。
 周りは蝉が激しく鳴いていたにも関わらず、彼女は耳を塞いだようにその鳴き音は一切聴こえなかった。エミーは追いたてられるように声を出さずに静謐に涕泣した。
 時が一瞬止まったように、息を一つ吐いたエミーは声を絞り出すように言った。何となくそんな気がしていた

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令和の風船おばさん【掌編小説】

 僕たちは、今日も一人の女性に魅せられる。彼女はいつも携帯電話片手に大きな紙袋を引っ提げている。年齢はいくつだろう。目の周辺に無数のシワがあるから、40歳は超えているのだろう。

 小学校の休み時間にみんなで外を眺めていたら、何やら彼女は話をしていた。
 「もしもし。私です。今週日曜日ですね。かしこまりました」
 おばさんは風船を背中につけて空を飛ぶ。その風船をレンタルする仕事をしているらしい。背

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父殿にならなかった阿修羅【掌編小説】

父殿にならなかった阿修羅【掌編小説】

※1944字数。
 本作品は二人称小説です。

 茂男、あなたが亡くなって四十九日が過ぎた。昨日その法要は無事に終わっている。私は、毎夜襲いくる寂寥感を紛らわしている。その時の気分によって日記にしたり、言葉にしたり。くよくよするのはやめてほしい、だの、早く新しい恋を見つけろ、だの、突き放すようなセリフが天国から降ってきそうだけど、まだあなたが忘れられない。私にとって、あなたは人生そのものだから。死

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創作小説「宇宙をラーメンと呼ぶ男」前編

創作小説「宇宙をラーメンと呼ぶ男」前編

 男は、突然、宇宙を「ラーメン」と呼ぶようになった。しかし、不幸にも男はラーメンの存在を知らない。食べ物なのか、何なのか、もしかすると人間なのかもしれないと19年間を過ごしてきた。ラーメンが「らーめん」かもしれないし、イタリア風に「La men」かもしれない。一つ言えることは、男が苦労をし過ぎて、あまりにも厭世的になっていること。宇宙みたいな、遥か恒久へ逃げ出したくなったことは確かなようだ。

 

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オリジナルの中のオリジナルの男【掌編小説】

オリジナルの中のオリジナルの男【掌編小説】

 ※本作品2,519字数。

 勇侍(ゆうじ)は極度に女性に弱い。
 なぜか。
 赤面症で、あがり症で、緊張しいだ。 
 一見すると、好青年風なのに非常にもったいないこと他ならない。もっとグイグイ積極的に行けば、運命が変わるし、毎日が楽しくなるはず。同じバイト仲間の爽介(そうすけ)はイケメンでモテる。自分から何のアクションが無くても、女性が声を掛けてくる。勇侍は素直に羨ましいと思っている。

 勇

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短編小説「最後の息子」前編

短編小説「最後の息子」前編

1 

 昨夜、桜井青志(あおし)は初めて母・美津子に敬語で話しかけた。
 そろそろ彼女を連れて来たいです、と。盛夏なのに、ヒンヤリとした冷たい風が吹いていた。
 父の没後10年という節目までは、青志は母に寄り添うと決めていた。今年40歳にもなる彼にとっては、最大限の気遣いだった。それは、最愛であった亡き父・隆志(たかし)との男同士の約束だと信じて疑わなかった。
 「しばらくは、かあちゃんを頼むぞ

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短編小説「薔薇脳歌(ばらのうか)」前編

短編小説「薔薇脳歌(ばらのうか)」前編

 薔薇にまつわる噂にこんな話がある。
 父が産まれたばかりの女の子に薔薇を差し出せば、その子は美しく賢く、かつ幸せになるそうだ。

 松山仁志は祖母のハナから「あんたの前世は女だった」と言い続けられていた。それが原因ではないが、もし自分が親になれば女の子が欲しいと願っていた。自らの育ての親代わりだった祖母が言っていた「女の子」を見てみたい、いや女の子を育てたいと幼な心は思った。何よりも、一年前に亡

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ショートストーリー「元・世界一位」

ショートストーリー「元・世界一位」

 親戚の宇宙(ひろし)おじさんは元世界一位らしい。その正式な称号が世界第一位なのか、はたまた世界チャンピオンなのかはハッキリと分からない。
 去年夏に勇気を振り絞って訊いてみた。
 「おじさんって何の世界一位なの?」
 おじさんは怪訝な顔をした。
 「紳助君知りたい?」
 僕は目を輝かせてうなずいた。
 「・・・おじさんは何の世界第一位か忘れたよ」
 こう言うと頭をポリポリと掻いて、苦笑いをした。

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