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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#028



元歌 篠原涼子with t.komuro「恋しさと せつなさと 心強さと」

恋しさと せつなさと 心強さと
いつも感じている
あなたへと向かって


トロフィーの 先っぽに たけのこの里
金に塗られている
ぺんてるを使って




暮居カズヤスの部屋は静まりかえっていました

どう切り出せば良いのか、お互いに迷っているのです

……

不意に、「グゥ~、ギュルギュル」とモナドンの腹の虫が鳴きました

暮居は少し微笑むと、モナドンに後押しされたかのように口を開きました

……

「君は過去を変えるために、この時代に来たんだろ? あの事故を無かったことにするために……」

あれは事故じゃない! 事件だ! 思い出しても反吐が出る!

「ああ、だけど、事故として処理された」

だから、反吐が出るっていってんだ!

……

……

「先輩に事件当時の記憶が無いことを知った君は、彼女と一緒に時間旅行に出発した、行き当たりばったりを装ってね」

「そして、今のこの時代、事件発生の少し前に予定通りたどり着いたわけだ」

「友人や後輩に会い、探りを入れてみると、オリジナルの自分たちは存在せず、行方不明の状態であることを知る」

「そして君は気づいた、今いるこの世界が、元いた世界とは異なる時間軸の世界であることを……」

「君は安心したはずだ、この時間軸の世界に存在している限り、先輩が事件に巻き込まれる心配は無いと」

「だが、時が経つにつれ、君はこの時間軸の異常さに気づき始める」

「有るはずのものが無く、無いはずのものが有る、異様にいびつな世界だと……」

「やがて君は、今いる世界が、元いた世界と巧みに呼応し合うパラレルワールドであることを発見してしまう」

……

「そして、今、君はおびえているはずだ」

「運命の強靭さに……」

「運命がこちら側に向かって浸食し始め、また先輩を事件の渦に巻き込んでしまうんじゃないかってね」

……

……

「わかっていると思うけど、過去を変えるのはルール違反だ」

「たとえ、この世界が、元の世界と時間軸の異なるパラレルワールドであってもね」

「君が過去を変えてしまえば、全ての時間軸に影響を及ぼすことになる」

……

だから何なんだ?

そんなこと、アタイにはかんけーねー!

……

……

「出来れば僕らだって、手荒な真似はしたくない」

……

殺すのか? アタイを

……

……

「僕がもし、裏社会の人間だったら、そうしているかもしれないね」

「だけど、僕らの弱点は、人を殺せないことなんだ」

「殺すこと自体は簡単だよ、でも、それは思考停止以外の何物でもない」

「だから、僕らは考える、殺さずに問題を解決する方法を……」

「考えて、考えて、百回でも千回でも考えぬく」

「量子双子のことを、AIとクジラ頼みの腑抜け野郎だと思わないでくれよ」

「僕らは、プロジェクトメンバー全員で考えぬく」

「いや、僕なんかは、〈モナドン〉や〈朝焼け〉以上に徹底的に考えている、といえるくらいの自信がある」

「で、そうやって、考えて、考えて、考えぬいて、もう、これ以上考えたら死んでしまう、というくらいの限界にまで来たら……」

来たら?

……

「もう百回くらい考える」

……

そんで? 死ぬのか?

……

「いや、意外と死なないんだな、これが」

「ハッ! と気がつくと、僕たちは、殺人鬼どもよりも圧倒的優位に立っているんだ」

「あとは、指先でピンッとはじいてやるだけさ」

……

……

あれ? 一回殺されてなかったっけ? お前

「うるさいなー! いろいろあるんだよ!」

……

……

で、どうするんだ? アタイをどこかに閉じ込めたりするのか?

「そんなことはしないよ」

……

「君が納得していないまま、君の自由を奪い、僕の意のままにしてしまったら、それは君の心を殺すようなもの、いわば、精神の殺人だ」

じゃあ、どうするんだよ

……

「僕らと同じように、君にも徹底的に考えてもらう」

は? アタイは、アタイなりにチャンと考えて……

「いや、君は全然考えていない!」

あっ! 今、アタイがしゃべってる途中でさえぎったな!

殺人未遂だ! 殺人未遂!

「ゴメン、ゴメン」

……

「とにかく、君は考えていないよ!」

「愛などというものにかこつけて、考えることから逃げている」

「今の君は、感情の奴隷だ」

うるさい! お前なんかに、アタイと先輩の何がわかる!?

……

「現代に愛なんてものは無い」

「僕らは愛無き世界に生きてるんだ」

「君は、本当は無いモノのために命をかけ、ルールまでも破ろうとしている」

……

ふん、何いってるのか良くわかんねえけど、お前の根性がひん曲がってることだけは良くわかったよ

愛が無いなんて、お前、終わってんな!

……

「終わってるのは、僕じゃなくて人類の方さ」

「昔、財産を持っていない労働者にも選挙権が与えられたとき、その様子を見て、私有財産が否定された、といった人がいたんだ」

「もちろん、現実の私有財産自体は無くならないんだけど、構造的には否定されたも同然だ、と判断したんだね」

「もし、その人が今も生きていて、我々現代人を見たら何というだろう」

「地球を何回も破滅させるだけの威力を持った核兵器を保有しながら、平然と暮らしている我々人類を」

「未熟で不完全な存在のまま、まるで神のイカズチのような破壊力だけを手に入れてしまった僕たちを」

……

「きっと、その人は〈人類はすでに滅亡した〉、というだろうね、構造的には、すでに滅亡したようなものだと……」

「僕らは、すでに決定している世界滅亡までの猶予期間をウロウロしながら過ごしているだけなんだ」

「現に、核戦争が絶対に起きないと信じている人間なんて一人もいないじゃないか」

「実際に核爆発が起きたら、そりゃあ、驚いた顔をして「信じられない!」と叫ぶだろうよ」

「でも、みんな心の奥底では「やっぱり、そうだったか、ついにその時が来たか」と薄ら笑いを浮かべながら死んでいくのさ」

……

「僕らの指導者は、悪魔から光り輝く金色のトロフィーを授与されたんだ、核ミサイルというトロフィーをね」

「僕らは、スタンディングオベーションで、その指導者に最大の賛辞を送る」

「僕ら自身が選んだ指導者だからね」

「しかも、その核ミサイルは、僕らや、僕らの愛する人々に向けられている、核攻撃は敵の報復を前提としているし、だいいち放射能に国境なんて無いんだから……」

「そんな僕らに、愛を語る資格が有ると思うかい?」

……

「アホ面で拍手喝采を送る僕らの口の周りには、チョコレートがベットリとついている」

「有権者たちには、甘いモノさえ与えておけば大丈夫だ、と指導者たちは思っているんだ」

「なぜだかわかるかい?」

……

「僕ら自身が、甘いモノしか欲しがらないからさ」

「僕らは、資産を一円でも多く増やしたいと思う一方で、税金は一円でも少なく納めることに躍起になり、あわよくば、できるだけ多くの交付金を手に入れたいと思っている」

「子供たちの通学路に歩道を作るために税金を納めたいとか、自分が働いた分の税金で公園を作ってもらい、老後はその公園で子供たちの遊ぶ姿を眺めながら過ごしたい、などとは決して思わない」

「税金の金額だけではなく、その使い道に心を砕く人間がもしもいたならば、その人は変わり者扱いされてしまう、それが現代だ」

「どうだい? 現代に愛などというモノが本当に有る思うかい?」

……

「そんな僕らを指導者たちは徹底的に馬鹿にしている、甘いモノしか欲しがらない奴らだとね」

「僕らだって、本当の意味で指導者に興味なんか持っていない、自分たちに甘いモノを与えてくれる存在以上の価値は無いし、それ以上の期待もしていない」

……

「どうだい? 終わっているのは人類の方だろ?」

……

……

じゃあ、お前の仕事は何だ?

人類のためにやってるんじゃないのか?

その、クソみたいな人類のために仕事をしているのか?

……

「もちろん、絶望しているよ」

「でも、全ては絶望から始まる」

「深海の底にたどり着いたものだけが、浮上することが出来る」

「海底を勢い良く蹴り上げて、一気に浮上するんだ」

「残念なことだが、絶望から始めずに何かを成し遂げようとしている人々が、やけに多すぎる」

「彼らは、浅瀬でピチャピチャと遊んでいるだけで、結局、何も成し遂げることができない」

……

ふん、何が絶望だ! そんなのは、余裕の有る人間がかかる贅沢病だ!

世の中にはな! 絶望なんてする暇がないくらい必死に生きている奴らがいるんだ!

ただ、食うためだけに必死で働いている奴らがいるんだ!

絶望なんてのは、空腹の辛さを知らずに育ってきたボンボンのたわごとだ!

……

「いや、君だって絶望している」

「君は、自分が絶望していることに気づいていないだけさ」

は? お前の気持ちなんてお見通しだ的ないいかたしやがって、何様のつもりだ?

……

「君は、愛無き世界に絶望している」

……

「僕たちは、生産性や効率性のためだったら、多少の犠牲は致し方ない、と思っている」

「その、多少の犠牲に自分の愛する人が含まれていることも承知している」

「現代社会を維持するためには、仕方のないことだと思っているんだ」

「それなのに、愛する人が実際に犠牲になってみると途端に豹変する」

「「わかってはいたけれど、こんな風になるなんて思ってもいなかった」と訳の分からないことをいって泣き叫ぶんだ」

「ニュースで報じられる〈死〉についてだってそうだ」

「災害やテロで大きな被害が起こったら、アナウンサーの神妙な顔に合わせるように、まるで自分の愛する人が犠牲になったかのように心を痛める」

「けれども、話題が次の明るいニュースに移り、アナウンサーが笑顔になった途端、さっきまでの悲しみなんて忘れ去ったかのように、僕らは急に笑い出す」

「そして、陽気なCMにつられて、僕らの体は自然に踊りだすんだ」

「現代に本当の愛なんて無い」

「僕らの愛は、愛のごっこ遊びだ!」

……

……うるさい

……

うるさい! うるさい! うるさい! うるさい!

わかったような口をききやがって!

お前に、アタイの気持ちがわかるもんか!?

愛は、有るか無いかじゃねぇ! 愛は信じるもんだ!

……

……

アタイは、壁に向かって思いっきりパンチをすると、部屋を飛び出しました

……

そして、廊下に出ると、もう一度壁を叩きました

……



暮居カズヤスが並べた御託は、アタイを説得するためのものだとわかっています

暮居は、軽蔑すべき人類を〈僕ら〉といっていました

奴はわかっているのです

批判の全てが自分自身に返ってくることを……

モナドンとかいうAIも、暮居が批判していた生産性や効率性のおかげで生み出されたものだということを……

ようするに、愛を都合の良い言葉として軽々しく利用するな、と奴はいいたいのでしょう

突き放すような冷たいいいかたをしていましたが、暮居自身が愛情を持っていない訳ではありません

だから、アタイの愛を全ての否定したわけではないのです、きっと……

……

けれども、アタイが感情の奴隷になっている、というのは図星でした

そして、しっかりと考えていないというのも……

考える?

いや、あえて考えないようにしているのかもしれません……

考えれば考えるほど、足がすくんで前に進めないことだってあるのです

もしかしたら、アタイは今まで、そうやって生きてきたのかもしれません

……

アタイは、少しへこんだ壁を指先で確かめるようになぞると、階段を勢いよく駆けおりました



その当時、先輩はキャバクラ『えるみたーちゅ♡』で嬢として働いていました

本入店から半年しかたっていないのに、どういうわけかナンバー2に成り上がっていました

先輩自身は人気ランキングなど特に気にしてなかったようですが、上位の古株たちは流石に面白くなかったようです

先輩は、いじめられはしなかったものの、しっかりと目を付けられ、店では孤立気味でした

そんなある日、隣町にある同じ系列のキャバクラ店『ムーラン・ガールズ』で火災が発生してしまいました

幸い死傷者はなかったものの、とても営業ができる状態ではなかったそうです

今思うと、この問題に対応するためにオーナーが選んだ解決策が、まずかったとしかいいようがありません

オーナーは『ムーラン・ガールズ』のランキング上位の嬢を一時的に『えるみたーちゅ♡』で出勤させるといいだしたのです

そうなると、『えるみたーちゅ♡』で下位ランクだった嬢の出勤日数は極端に減らされしまうことになります

当然『えるみたーちゅ♡』の嬢たちは、面白くないし不平不満も溜まってきます

『ムーラン・ガールズ』の常連だった隣町の客たちは取り込めたものの、誰それが誰それの太客を奪っただの、まあ、良くあるタイプのトラブルも多発し始め……

やがて嬢たちは、『えるみたーちゅ♡』グループと『ムーラン・ガールズ』グループとに分かれ対立してしまいました

表立った抗争はありませんでしたが、いや、それだからこそ、両グループのフラストレーションはどんどんと高まっていきました

こういったとき、欲求不満の解消は弱いモノに向けられてしまいます

そう、一匹狼の先輩です

本当は弱くないのですが、先輩は自分が元武闘派スケバンである事を隠して働いていたので……

しかも先輩は『えるみたーちゅ♡』グループのリーダーから、自分たちのグループに入るよう誘われていたのですが、断り続けていたのです

……

ある日の仕事終わり、先輩は『えるみたーちゅ♡』グループに呼び出されました

店の裏の空き地で、先輩はキャバクラ嬢に囲まれました

出勤できていない嬢もいたので、かなりの大人数です

仕事にあぶれたキャバ嬢たちの目は、かなり血走っていました

気の強そうな顔をしたリーダーが、先輩の前に歩み寄りました

そして、先輩の胸ぐらをグッと掴みました

先輩は手を出さず、ただニヤニヤしていたそうです

……

……

……

……

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