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教養・ノンフィクション

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『家を失う人々』 マシュー・デスモンド

『家を失う人々』 マシュー・デスモンド

本書は、社会学教授マシュー・デスモンドが、米ウィスコンシン州最大の都市ミルウォーキーの、貧困層の住むトレーラーパークと黒人住人の多く住むスラムに、合わせて一年余り住んで行ったフィールドワークを記録したものである。
登場するのは全て実際に著者が現場に住みながら知り合った人々であり、書かれている出来事や会話は、実際に著者が目の前で見て、聞いたことだという。
膨大な取材をまとめ上げた本書が見せる現代アメ

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『サンダカン八番娼館』 山崎朋子

『サンダカン八番娼館』 山崎朋子

1972年初版の本書は、70代80代の老女となった元からゆきさん達の生の声を取材したドキュメンタリー作品である。

貧困ゆえに苦しく耐えがたい人生を送った女性達の声なき声を聞くことが、女性史研究者としての仕事であるという著者の強い想いが、プロローグで語られる。
貧困地から南洋に送られて行った彼女達に、階級と性という二重の虐げが集中して表されている、つまり、日本における女性の苦しみの原点がある、と著

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『ロシア語だけの青春』 黒田龍之助

『ロシア語だけの青春』 黒田龍之助

代々木駅東口。駅を出て道を渡った先には、雑居ビルが立ち並ぶ。その店舗と店舗の間に、狭くて古い階段が。

道案内で始まるプロローグを読みながら、自然とその歩幅に呼吸が合っていく。
狭い階段を上って行き着くのは、小さな語学専門学校。著者が高校時代から通い、後に講師も務めていたミール・ロシア語研究所だ。
本書はこのロシア語学校の物語、そして著者の「ロシア語のことしか考えていなかった青春の日々」が、瑞々し

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『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』 坂井豊貴

『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』 坂井豊貴

構成員一人一人の意見が共同体の意思決定に反映される民主制。多数決は、その意思決定の代表的であり最も有名なプロセスだ。
その多数決を「疑う」という本書、内容が気になって読んでみたら、とても面白く勉強になった。

★多数決の弱点

著者はまず、多数決による決定において生じうるいくつかのパラドックスを、選挙という例を使って説明する。

(例1)
1人の有権者が1名の候補者だけに投票する単記式の多数決によ

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『海事史の舞台』 別枝達夫

『海事史の舞台』 別枝達夫

激安古本で出回っているが、お値段以上の価値がある、この一冊を紹介したい。

著者、故別枝達夫氏(1911-1978)は、イギリスの海事史を主な研究分野とした歴史学者。
本書は、海事史研究に関する氏の貴重な著作を長いものから短いものまで集めた一冊である。

*****

骸骨旗の帆船に凄みのあるいでたち。カリブ海で暗躍したような、いわゆる海賊たちの起源は、16世紀、エリザベス朝のイギリスにあるという

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『統合失調症の一族』 ロバート・コルカー

『統合失調症の一族』 ロバート・コルカー

この本をはじめて見たのはどこかの洋書サイトでだったか。目が引き寄せられたのはその表紙、豪華な螺旋階段にずらりと並ぶ正装した大家族の写真である。
題名は"HIDDEN VALLEY ROAD Inside the Mind of an American Family”。
なにやらアメリカの個性的な家族の話らしいこの本には、素通りできないものを感じた。
ただ値が張るのでちょっと検討、とアマゾンのカート

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『宇宙からの帰還』 立花隆

『宇宙からの帰還』 立花隆

「地球は青かった」というガガーリンの言葉は、人類で初めて宇宙から地球を見た宇宙飛行士の言葉という文脈を背にして、壮大で深淵に響く。
しかしその言葉だけ冷静に見れば、実は詩情もなにもない実際的な響きだ。
なるほど、マーキュリー、アポロ、ソユーズなど、1960年代から始まった宇宙飛行の計画では、宇宙飛行士に抜擢される大部分は軍人だったという。軍人かつ技術系インテリである宇宙飛行士は、人文系の文化とは縁

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『牧師、閉鎖病棟に入る。』 沼田和也

『牧師、閉鎖病棟に入る。』 沼田和也

本書は、牧師の沼田和也氏が、3ヶ月の精神病棟への入院を通して見知ったこと、学んだことを綴ったエッセイ/ノンフィクションである。

幼稚園の理事長兼園長としての仕事に忙殺されストレスが爆発してしまった氏は、妻のすすめに従って精神科の病院に入院する。

自分自身が入院患者となったことで、今までの自分が牧師としての役割とはいえ、その溝を自覚せずに「わたしたちは一つになって祈っている」と思い込んでいたこと

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『時間の終わりまで』 ブライアン・グリーン

『時間の終わりまで』 ブライアン・グリーン

「我思う、故に我在り」とは言うが、そんな我とは何ぞや?
太陽の周りを周る地球の上に存在する人間という生命体、分子の集合体である有機物が、思う、その思いとは何から作れどこに存在するのか。
そんな、考えてみたら不思議なことについて、改めてじっくり考えるための、こっくりと濃密な手引き書がここにある。

壮大なテーマを扱う本書は、次のような筋立てで書かれている。

・エントロピーの法則
・宇宙の誕生と生命

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『ウクライナの夜 革命と侵攻の現代史』 マーシ・ショア

『ウクライナの夜 革命と侵攻の現代史』 マーシ・ショア

ロシアやオーストリアという大国の間に位置していたという地理的理由、また、土壌が肥沃で農作物がよく育つという土地としての魅力から、歴史上常に各国間での取り合いの対象とされてきたウクライナ。
そんな国の近代から現在までの歴史、とりわけ2014年のマイダン革命からウクライナ東部での紛争とロシアの介入に至るまでを、渦中に身を置き、目で見て肌で感じてきた個人たちの心の動きを通して伝える。

学者や学生、ビジ

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『生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方』 高橋宏知

『生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方』 高橋宏知

デジタル・ネイティブ世代が苦手とする三つのことがあるという。
その三つとは、

・考えること、質問すること
・想定外
・電話

考えることが苦手というのは少し失礼な言い方に感じるが、質問、想定外、電話あたりは、なんとなくそうかもしれないなと想像できる。
面白いのはその続きで、著者は、これら三つが苦手というのは、人工知能(AI)の特徴と同じだと言う。確かに。
スマホやインターネット検索と共に育ったデ

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『宇宙の終わりに何が起こるのか』 ケイティ・マック

『宇宙の終わりに何が起こるのか』 ケイティ・マック

物理学、宇宙学が好きな一般人のための、素晴らしい娯楽書だ。

宇宙は将来いかにして終焉するか。
現在研究者たちによって可能性として提唱されている、宇宙の消滅のいくつかのパターンを解説する。
例えば、宇宙が膨張から収縮に転じて、ビッグバン前の超高密度となって消滅するというビッグクランチ、またその逆で、宇宙が永遠に膨張を続け、やがて完全なる無の世界になる、宇宙の熱的死と呼ばれるもの、など。

わざわざ

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『チェルノブイリ 「平和の原子力」の闇』 アダム・ヒギンボタム

『チェルノブイリ 「平和の原子力」の闇』 アダム・ヒギンボタム

威嚇するようなその厚さ、毒々しい黒・赤・黄の表紙。手に取るのを躊躇するような本だが、一度読み始めると抜け出せなくなる。

ずっしりと重いこの一冊に詰まっているのは、核施設の恐ろしい爆発事故について取材調査した、緻密で克明な記述である。
著者は本書で、チェルノブイリ原子力発電所建設までの背景と道のりから、未曾有の大事故に至った経過、事故後の技術的及び政治的な対処、放射線を浴びた人々の身に起きたこと、

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『暇と退屈の倫理学』 國分功一郎

『暇と退屈の倫理学』 國分功一郎

現代人の社会は豊かである。豊かな社会では人々は好きなことをする余裕=暇がある。
しかし、いざすべき「好きなこと」がわからず、人は文化産業によって用意、提供された楽しみを買って享受する。
つまり、「労働者の暇が搾取されている」。
なぜ搾取されるのかというと、人は暇の中で退屈し、そして、退屈することを恐れるからである。

なぜ人は暇の中で退屈するのか。
そもそも退屈とは一体何なのか。
暇の中でどう生き

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