くまがい

社会への怯えを書いてます。 https://twitter.com/SeaOfLove…

くまがい

社会への怯えを書いてます。 https://twitter.com/SeaOfLove8817

マガジン

  • よく書けたと思うもの

    こちらを読んでいただくとはやいです。

記事一覧

潜入! リアル・キッザニア新橋

二〇二〇年九月、オリンピックの昂奮冷めやらぬ東京に〈キッザニア新橋〉がオープンした。年々早まる就職活動を受けて、より幼ない頃から本格的な労働体験をさせたいという…

くまがい
3年前
52

元カノが婚約した夜、じいちゃんが死んだけれど

それらはすべて、去年の暮れごろに起こった。僕は残業終わりの満員電車でなにげなくひらいたインスタグラムによって、その夜、高校時代の元カノが婚約したのを知った。 と…

くまがい
3年前
21

リモートワークは「帰れない」

サラリーマンになって約一年が経つが、仕事中に帰りたいと願わなかった日は一日たりともない。その思いは会社に着いた途端、いや、前日に退勤した時点で既にはじまっている…

くまがい
4年前
50

職場とゾンビ

オフィスをゾンビの群れが徘徊している。かれらはカタカナことばを好み、枕詞のように「逆に」「とはいえ」「それで言うと」を多用し、尻上がりのイントネーションで「御社…

くまがい
4年前
20

社畜を買う、社畜を飼う。

 年末のセールで社畜が値下げされていたから、ものは試しと買ってみた。ペットショップの狭いゲージに押しこめられたそれらは人間と獣を足し合わせたような風貌で、大きさ…

くまがい
4年前
16

サラリーマン・メロス

 メロスは承服しかねた。必ず、かのパワハラ部長に懲戒処分を行なわねばならぬと決意した。メロスにはビジネスがわからぬ。メロスは、第一営業局のプロパーである。夜な夜…

くまがい
4年前
45

元号が変わったぐらいじゃ、日々の単調さもお前の退屈さも変わらない。

ぼくたち6年4組は、あしたから6年5組になるそうです。 校長先生がかわって、4は不吉な数字だから使わないようにしようといったからです。 前の校長先生はやさしそう…

くまがい
5年前
14

大学が終わった、青春が終わった。

青春は、過去を二度と戻れないものとして振りかえったときに立ち現れる。あれが青春だった、と今更のように気づかされる。そしてそのとき、青春が終わる。 旅行や合宿を懐…

くまがい
5年前
40

男がショッピングモールの下着屋の前を通るときの、懐旧。

小学生のときママチャリを買ってもらったのが嬉しくて、ちょっと遠くまで漕いでみたことがある。あっという間に知らない町に出た。町というより、田園だった。埼玉県は10分…

くまがい
5年前
12

ロジカルシンキングでひとを殺す方法

世には流行りすたりというものがあるけれども、ロジカルシンキングの人気はなかなか根強くて、いまだに熱烈な支持を集めている。そろそろ飽きてもいい頃だと思うが、これば…

くまがい
5年前
41

内定と死

おれはまだ死んだことがない。だから死ぬのがこわい。けどひとにはいずれ死が訪れるということは知っている。 頭ではわかっていながら実感がないのだ。人間にはひとしく死…

くまがい
5年前
21

[掌編]独裁国家=セブンイレブン

どこまでいってもセブンイレブンしかなかった、この町には!  いったいファミリーマート(テレレレテレン・テレレレレンのメロディが頭のなかを渦巻いて、とまらない!)…

くまがい
5年前
8

0歳からはじめる就職活動

平成42年7月24日 朝日新聞 朝刊 29面[教育] 分娩室に産声が響きわたった。太田憲一さん(31)は複雑な面持ちで我が子の誕生を見守っていた。 「元気に泣いていますよ…

くまがい
5年前
24

[掌編]御國の爲のボランテイア地獄

猛暑にすつかり參つて居間でスマアト・フオンを弄つてゐると、インタア・フオンが鳴りました。私は戀人との連絡に忙しく、母親の應ずる聲を背中に聽いて居りました。最初は…

くまがい
5年前
37

[掌編]エントリーシートの男

夕方になると私が帰ってきた。高校生のときにサッカーで全国大会に進み、大学に入ってからは海外ボランティアにも取り組んだ私は、黒いスーツの埃を払いながらただいまとい…

くまがい
6年前
21

就活のやり方で恋愛をやってみた。

実は就活って、恋愛と似てるんです――。 就活生時代に腐るほど聞いた言葉だ。腐るほど聞いたので「実は」もクソもない。就活と恋愛。好みの相手にいかに自分の想いを伝え…

くまがい
6年前
89
潜入! リアル・キッザニア新橋

潜入! リアル・キッザニア新橋

二〇二〇年九月、オリンピックの昂奮冷めやらぬ東京に〈キッザニア新橋〉がオープンした。年々早まる就職活動を受けて、より幼ない頃から本格的な労働体験をさせたいという保護者らのニーズに応えている。

この日、筆者は六歳になる息子を連れて〈キッザニア新橋〉を訪れていた。建て替えのあったニュー新橋ビルの地下二階に、それはある。

階段を降りると早速、駅の改札口を模したエントランスが待ち構えていた。予約番号を

もっとみる
元カノが婚約した夜、じいちゃんが死んだけれど

元カノが婚約した夜、じいちゃんが死んだけれど

それらはすべて、去年の暮れごろに起こった。僕は残業終わりの満員電車でなにげなくひらいたインスタグラムによって、その夜、高校時代の元カノが婚約したのを知った。

とんでもないことが起こった、という災害時の不謹慎な昂奮にも似た感情が湧きあがってきた。いまさら未練など感じるわけでもないが、かつて交際のあった女性が婚約をするのははじめてだったから、どうすればよいのか全然わからなかった。

僕は帰りの電車を

もっとみる
リモートワークは「帰れない」

リモートワークは「帰れない」

サラリーマンになって約一年が経つが、仕事中に帰りたいと願わなかった日は一日たりともない。その思いは会社に着いた途端、いや、前日に退勤した時点で既にはじまっている。土曜日の昼にすら月曜日の退勤を願う僕の生活は、もはや帰りたいという祈りを中心にまわっている。

だからこういう情勢になって、リモートワークが導入されると聞いたとき、正直にいうと喜びを禁じえなかった。会社に行かない。それは無上の祝福であり、

もっとみる
職場とゾンビ

職場とゾンビ

オフィスをゾンビの群れが徘徊している。かれらはカタカナことばを好み、枕詞のように「逆に」「とはいえ」「それで言うと」を多用し、尻上がりのイントネーションで「御社」と言う。定時を迎えてもそれが定時だと気づかないで、夜の十時ごろにぞろぞろと会社を出てゆく。見ためは人間と変わらない。それでもかれらはれっきとしたゾンビである。なぜならかれらは一度死んでいるからだ。

企業カルチャーとはウイルスだ。ひとたび

もっとみる
社畜を買う、社畜を飼う。

社畜を買う、社畜を飼う。

 年末のセールで社畜が値下げされていたから、ものは試しと買ってみた。ペットショップの狭いゲージに押しこめられたそれらは人間と獣を足し合わせたような風貌で、大きさもまちまちだった。

 開発の過程にあらゆる試行錯誤があったせいで、肥えた山犬のようなものからほとんど人間の姿をしたものまで、様ざまな社畜が世に出まわっているという。私が飼うことにしたのは羊ほどの大きさで、街なかを歩くあいだもぴょんぴょんと

もっとみる
サラリーマン・メロス

サラリーマン・メロス

 メロスは承服しかねた。必ず、かのパワハラ部長に懲戒処分を行なわねばならぬと決意した。メロスにはビジネスがわからぬ。メロスは、第一営業局のプロパーである。夜な夜な接待をし、資料作成ばかりして暮らしてきた。けれどもハラスメントに対しては、人一倍に敏感であった。

 テッペンをまわった頃にメロスはフロアを出発し、エレベーターのボタンを新卒に代わられながら、六階はなれた此の第三クリエイティブ局にやって来

もっとみる
元号が変わったぐらいじゃ、日々の単調さもお前の退屈さも変わらない。

元号が変わったぐらいじゃ、日々の単調さもお前の退屈さも変わらない。

ぼくたち6年4組は、あしたから6年5組になるそうです。

校長先生がかわって、4は不吉な数字だから使わないようにしようといったからです。

前の校長先生はやさしそうなひとでした。でもたまに集会でしゃべるくらいで、ふだんどんなことをしているのかはよく知りません。

あたらしい校長先生がどんなひとなのかも、よく知りません。

今日は6年4組としてすごす最後の日です。でも数字がかわるだけなので、あしたに

もっとみる
大学が終わった、青春が終わった。

大学が終わった、青春が終わった。

青春は、過去を二度と戻れないものとして振りかえったときに立ち現れる。あれが青春だった、と今更のように気づかされる。そしてそのとき、青春が終わる。

旅行や合宿を懐かしむことはこれまでに何度もあった。サークルのイベントや学園祭も、ひとつが終わるたびに淋しい心地がして写真を見返した。でも大学での四年間を、あるいは小学校からはじまって連綿と続いた「学生」の日々を、二度と戻れないものとして思いかえすことは

もっとみる
男がショッピングモールの下着屋の前を通るときの、懐旧。

男がショッピングモールの下着屋の前を通るときの、懐旧。

小学生のときママチャリを買ってもらったのが嬉しくて、ちょっと遠くまで漕いでみたことがある。あっという間に知らない町に出た。町というより、田園だった。埼玉県は10分も自転車を漕げば田んぼに出られるようになっているのだ。

さわやかな風を浴びながら一面の緑を見渡していると、あぜ道を歩く中学生の三人組が目にはいった。揃いもそろって腰パンをしていた。あわてて目を逸らした。おれはなにも見ていない、と内心で唱

もっとみる
ロジカルシンキングでひとを殺す方法

ロジカルシンキングでひとを殺す方法

世には流行りすたりというものがあるけれども、ロジカルシンキングの人気はなかなか根強くて、いまだに熱烈な支持を集めている。そろそろ飽きてもいい頃だと思うが、こればっかりは珍しく勢いが衰えない。

元来が飽きっぽい上に信仰をもたない日本人であるのに、ここまで熱中するとは何ごとか。

ここに、石川論理(46)という男を呼んだ。名前の通りみずからの命よりもロジカルシンキングを大切にするような男で、「ロジカ

もっとみる
内定と死

内定と死

おれはまだ死んだことがない。だから死ぬのがこわい。けどひとにはいずれ死が訪れるということは知っている。

頭ではわかっていながら実感がないのだ。人間にはひとしく死が訪れるが、もしかしたらおれにだけは訪れないかもしれない。そんなことはあり得ないのだが、あまりにも想像がつかないのでそんな感じがしてしまう。

おれは眠るのがすごく下手で、授業中と電車に坐っているあいだはぐっすり眠れるのだが、ベッドに入る

もっとみる
[掌編]独裁国家=セブンイレブン

[掌編]独裁国家=セブンイレブン

どこまでいってもセブンイレブンしかなかった、この町には! 
いったいファミリーマート(テレレレテレン・テレレレレンのメロディが頭のなかを渦巻いて、とまらない!)はどこへいったか?=おれはもう二度とファミチキを食えないということだろうか?

家々の玄関にはちいさな旗が掲げられていた、赤とオレンジで描かれた神聖なる【7】の字が!
食卓にならぶ揚げ鶏、揚げ鶏、揚げ鶏――。
そうだ、ファミリーマート(テレ

もっとみる
0歳からはじめる就職活動

0歳からはじめる就職活動

平成42年7月24日
朝日新聞 朝刊 29面[教育]

分娩室に産声が響きわたった。太田憲一さん(31)は複雑な面持ちで我が子の誕生を見守っていた。

「元気に泣いていますよ、と看護師さんはおっしゃってくれました」と太田さんは振り返る。「でもあの子が泣いたのは悲しかったからなんです」

太田さんは高校を卒業すると、練馬の食品工場に就職した。二十七歳のときに知人の紹介で妻の文江さんと知り合い、一昨年

もっとみる
[掌編]御國の爲のボランテイア地獄

[掌編]御國の爲のボランテイア地獄

猛暑にすつかり參つて居間でスマアト・フオンを弄つてゐると、インタア・フオンが鳴りました。私は戀人との連絡に忙しく、母親の應ずる聲を背中に聽いて居りました。最初は全然穩やかな樣子で居りましたが、不意に泣き聲が聽こえてくるので愈愈此は只事ぢやないらしいと思はれたのです。

母親は私を呼んで玄關に向かふやう云ひました。くすんだ緑色の制服を着た男が、御目出度うございますと云つて一葉の赤い紙を差し出しました

もっとみる
[掌編]エントリーシートの男

[掌編]エントリーシートの男

夕方になると私が帰ってきた。高校生のときにサッカーで全国大会に進み、大学に入ってからは海外ボランティアにも取り組んだ私は、黒いスーツの埃を払いながらただいまといった。

「今日は三社もはしごしたから、さすがに疲れたな」

鏡の前で着替えながら私がいう。大学に併設されたジムに毎日かよっているだけあって、二の腕がたくましい。

「今日は森ビルだっけ?」
「そう、森ビルのグルディス。そのあと旭化成とトヨ

もっとみる
就活のやり方で恋愛をやってみた。

就活のやり方で恋愛をやってみた。

実は就活って、恋愛と似てるんです――。

就活生時代に腐るほど聞いた言葉だ。腐るほど聞いたので「実は」もクソもない。就活と恋愛。好みの相手にいかに自分の想いを伝えるか、という点で近いものがあるのだという。

まあ、いいたいことはわかる。いいたいことはわかるが、これは至って中身のない薄っぺらいアドバイスだ。いまどき話したこともない異性にいきなりラブレターを送るような人間などなかなかいない。

結局そ

もっとみる