しまのかみ@地域×歴史

大学3年生、日本史学(近世)専攻。 〈目標〉 ・好奇心の力で楽しく生きる人を増やす ・…

しまのかみ@地域×歴史

大学3年生、日本史学(近世)専攻。 〈目標〉 ・好奇心の力で楽しく生きる人を増やす ・歴史の知恵で悩んでいる人を救う ・自分で自分を責めたり、傷つける人をゼロにする 主に、歴史や古典の話になると思いますが、目標にかないそうなことはどんどん発信していきたいです

記事一覧

固定された記事

自分の目標について(自己紹介になっているかも)

プロフィールのところにも目標は書いていますが、これについてもう少し詳しく。 (下に行くにつれて重要です) 「好奇心で楽しく生きる人を増やす」  まず1つ目、「好奇…

あけましておめでとうございます

皆様、あけましておめでとうございます。  日本では悲しいことに大地震や飛行機事故が起こり、大変な幕開けとなってしまった2024年。 みなさんは今年をどんな1年にしたい…

「しまのかみ」に込めた思い

 僕がnoteで使ってる名前ですが、他のところでも使っています。北海道内の高校にお邪魔して生徒たちと話す「カタリバ北海道」という団体(母体はNPO法人いきたす)があっ…

雪の降る夜に松前城にいきました

今回松前は観光の目的で来たのではありませんが、時間があったのでつい

冬は天守の中には入れませんが、ライトアップしてくれるのとはありがたいです

春の桜の時期もいいですが、白銀の松前城も厳かでいいですよ!

みなさんもぜひ「志摩守」ゆかりの地へ

なぜ歴史にはまったか④ 〜郷土史について〜

 みなさんは、小学生のとき、地元の歴史について学校で習いましたかね?僕は他の町の事情はよく知りませんが、僕がいた北海道小樽市では、『わたしたちの小樽』なる教科書…

NHKオンデマンドで
「八重の桜」を再び見ています

十年前の大河ドラマですが、いまだに多くの回で泣いてしまいます。これほど僕を泣かせるドラマはありません

伝えたい名シ一ンが多く、今度そのことを記事にしてみようかとも思っています

僕はかなり傑作の大河だと思ってますよ

なぜ歴史にはまったか③

 前回の最後に、僕が歴史にはまった原因を5つ挙げましたが、今回は2番目の理由について述べていきましょう。この部分も僕にとってはかなり大切です ・曽祖父の戦争体験 …

最近泣いたこと

大河ドラマ「八重の桜」より

会津藩家老西郷頼母の妻千恵子が、戊辰戦争で
自決した時にによんだ歌

なよ竹の 風にまかする 身ながらも

たわまぬ節は ありとこそ聞け

この自決シ一ンは本当に悲惨。
けれど命に代えても譲れなかった会津魂

あなたのたわまぬ節は?

なぜ歴史にはまったか②

前回は、和食がすきになった等の話をしましたが、今回はその続きです ・小5〜給食の献立への不満 これは別に、味に不満だったというわけではありません。僕が疑問に思っ…

なぜ歴史にはまったか①

今までいくつか古典の話などをしてまいりましたが、大事な点を忘れておりました。そもそも何で僕は歴史や古典を好きになったのか、ここを話さない限り、読者のみなさんも僕…

島津いろは歌⑭
学問は あしたの潮の ひるまにも
なみのよるこそ なほ静かなれ

昼間忙しくて、夜はもう疲れて早く寝たいかもしれない
そんなとき、5分でもいいので新しい学びに挑戦してみてはどうでしょう。静かな夜の読書はストレス解消、安眠効果も期待できますよ。
一月やれば150分

「吉良邸討ち入りの日に思うこと」についての訂正

元禄14年3月14日に朝廷からの勅使が江戸城にやってきたといいましたが、勅使は3月12日にすでに江戸城に登城し、天皇や上皇のお言葉を将軍に伝えていました
14日は、将軍が勅使に返答をする日で、この日で勅使の接待は最終日でした

吉良邸討ち入りの日に思うこと

今日、12月14日は赤穂浪士が吉良邸に討ち入りをした日であります(元禄15年、つまり1702年) とはいえ、僕のまわりではこのことについて何か話している人は特におらず、唯…

『東海道中膝栗毛』累解

ここの「累解」は、重ねてこの作品の登場人物である弥治郎、喜多八に関する説明をする、くらいのニュアンスだと思われます 最初の文は、「或人問う、弥治郎兵衛、喜多八は…

島津いろは歌⑬
私を 捨てて君にしむかはねば うらみも起こり 述懐もあり

現代では、文字通りの「誰かのために命を捨てる」なんてことは普通ないでしょう
しかし、恨みや述懐(不平不満)が出てきたときは、「自分って今目の前のことに集中できてないのかも」と考えることは意味がありそうです

島津いろは歌⑫
小車の 我悪業に ひかれてや つとむる道を
うしと見るらむ

現代も戦国時代も、ついつい自分のやることを面倒くさく思ってしまうのは変わらないのでしょう
けれど、目の前の仕事をどう楽しむか、そこは工夫次第でなんとでもなります。僕は家事を歌いながらやり楽しもうとします

自分の目標について(自己紹介になっているかも)

自分の目標について(自己紹介になっているかも)

プロフィールのところにも目標は書いていますが、これについてもう少し詳しく。
(下に行くにつれて重要です)

「好奇心で楽しく生きる人を増やす」
 まず1つ目、「好奇心で楽しく生きる人を増やす」ですが、やっぱり自分が好きなものに突き動かされている時は何より楽しい!それは読者のみなさんもわかってくれるのではなかろうかと思います。人生、楽しく生きるのが一番だと思います。それに、好奇心を持って取り組み続け

もっとみる
あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

皆様、あけましておめでとうございます。 
日本では悲しいことに大地震や飛行機事故が起こり、大変な幕開けとなってしまった2024年。
みなさんは今年をどんな1年にしたいでしょうか。
僕としてはやはり

「健康第一」

ですね。とくに「心の健康」。
時間がたてばたつほど、心の健康の重要性に気づいています
去年始めて、自分の中でもいい習慣だなとおもっているのが

メモ帳に自分の行動指針を箇条書きにしてお

もっとみる
「しまのかみ」に込めた思い

「しまのかみ」に込めた思い

 僕がnoteで使ってる名前ですが、他のところでも使っています。北海道内の高校にお邪魔して生徒たちと話す「カタリバ北海道」という団体(母体はNPO法人いきたす)があって、大学の知人に誘われて僕はそこに入りました。そこでは、大学生側は本名を出しちゃいけないみたいで、ニックネームを名乗ります。そこで僕はこの「しまのかみ」という名前にすることにしました。そうすると、大学生やそして高校生からも由来を聞かれ

もっとみる

雪の降る夜に松前城にいきました

今回松前は観光の目的で来たのではありませんが、時間があったのでつい

冬は天守の中には入れませんが、ライトアップしてくれるのとはありがたいです

春の桜の時期もいいですが、白銀の松前城も厳かでいいですよ!

みなさんもぜひ「志摩守」ゆかりの地へ

なぜ歴史にはまったか④ 〜郷土史について〜

なぜ歴史にはまったか④ 〜郷土史について〜

 みなさんは、小学生のとき、地元の歴史について学校で習いましたかね?僕は他の町の事情はよく知りませんが、僕がいた北海道小樽市では、『わたしたちの小樽』なる教科書が小学3年生の時に渡され、小樽についての地理や歴史について少しずつふれていくことになりました。

・小3 小樽、北海道の歴史についての授業

 『わたしたちの小樽』はたしか社会科の一環だったと記憶しています。ただし、小6以降の社会科における

もっとみる

NHKオンデマンドで
「八重の桜」を再び見ています

十年前の大河ドラマですが、いまだに多くの回で泣いてしまいます。これほど僕を泣かせるドラマはありません

伝えたい名シ一ンが多く、今度そのことを記事にしてみようかとも思っています

僕はかなり傑作の大河だと思ってますよ

なぜ歴史にはまったか③

なぜ歴史にはまったか③

 前回の最後に、僕が歴史にはまった原因を5つ挙げましたが、今回は2番目の理由について述べていきましょう。この部分も僕にとってはかなり大切です

・曽祖父の戦争体験

 僕の曽祖父は1923年の9月の生まれで、関東大震災の直後に生まれました。生まれは北海道の高島町で、これは1940年に小樽市に合併しましたから、小樽出身と言っていいでしょう。なので幸い、震災の被害は受けていません。亡くなったのは200

もっとみる

最近泣いたこと

大河ドラマ「八重の桜」より

会津藩家老西郷頼母の妻千恵子が、戊辰戦争で
自決した時にによんだ歌

なよ竹の 風にまかする 身ながらも

たわまぬ節は ありとこそ聞け

この自決シ一ンは本当に悲惨。
けれど命に代えても譲れなかった会津魂

あなたのたわまぬ節は?

なぜ歴史にはまったか②

なぜ歴史にはまったか②

前回は、和食がすきになった等の話をしましたが、今回はその続きです

・小5〜給食の献立への不満

これは別に、味に不満だったというわけではありません。僕が疑問に思っていたのは、僕がいた小樽市では週五日のうち3日がパン、2日が米というものでした。(今はどうなっているのだろう?)つまり、和食の占める割合が低いのです。小学校低学年の頃は何も気になりませんでしたが、高学年になるとここに憤りを感じるようにな

もっとみる
なぜ歴史にはまったか①

なぜ歴史にはまったか①

今までいくつか古典の話などをしてまいりましたが、大事な点を忘れておりました。そもそも何で僕は歴史や古典を好きになったのか、ここを話さない限り、読者のみなさんも僕の素性がわからないままだと思います

・小1以前

まず、僕の出身から紹介しましょう。僕の出身は北海道の小樽市です。「小樽運河」はみなさんもご存知なのではないでしょうか。下の写真は2月に撮影したもので、この時期には「雪あかりの路」が開催され

もっとみる

島津いろは歌⑭
学問は あしたの潮の ひるまにも
なみのよるこそ なほ静かなれ

昼間忙しくて、夜はもう疲れて早く寝たいかもしれない
そんなとき、5分でもいいので新しい学びに挑戦してみてはどうでしょう。静かな夜の読書はストレス解消、安眠効果も期待できますよ。
一月やれば150分

「吉良邸討ち入りの日に思うこと」についての訂正

元禄14年3月14日に朝廷からの勅使が江戸城にやってきたといいましたが、勅使は3月12日にすでに江戸城に登城し、天皇や上皇のお言葉を将軍に伝えていました
14日は、将軍が勅使に返答をする日で、この日で勅使の接待は最終日でした

吉良邸討ち入りの日に思うこと

吉良邸討ち入りの日に思うこと

今日、12月14日は赤穂浪士が吉良邸に討ち入りをした日であります(元禄15年、つまり1702年)
とはいえ、僕のまわりではこのことについて何か話している人は特におらず、唯一僕の受けていた授業の先生が少し話していたくらいですかね。
最近ではテレビでも忠臣蔵のドラマはなかなか放送されていないのでしょうか、忠臣蔵について知っている若者は減っているように思います。
それを特段責めるつもりはありませんが、世

もっとみる

『東海道中膝栗毛』累解

ここの「累解」は、重ねてこの作品の登場人物である弥治郎、喜多八に関する説明をする、くらいのニュアンスだと思われます
最初の文は、「或人問う、弥治郎兵衛、喜多八はもとと何者ぞや」
から始まっていて、彼らの経歴を説明する箇所であることがわかります
その答えですが、
・弥治郎→ただの親父(笑)、なんとも適当すぎませんかね(笑)ただし、累解の次の部分で経歴などが述べられます
・喜多八
こちらが少し面白いと

もっとみる

島津いろは歌⑬
私を 捨てて君にしむかはねば うらみも起こり 述懐もあり

現代では、文字通りの「誰かのために命を捨てる」なんてことは普通ないでしょう
しかし、恨みや述懐(不平不満)が出てきたときは、「自分って今目の前のことに集中できてないのかも」と考えることは意味がありそうです

島津いろは歌⑫
小車の 我悪業に ひかれてや つとむる道を
うしと見るらむ

現代も戦国時代も、ついつい自分のやることを面倒くさく思ってしまうのは変わらないのでしょう
けれど、目の前の仕事をどう楽しむか、そこは工夫次第でなんとでもなります。僕は家事を歌いながらやり楽しもうとします