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K2登頂 探求者とともに見知らぬ世界に挑む

2019年9月に軽井沢で行われた、科学技術と経済の会 本会議に、私は写真家の石川直樹さん(1977〜)を招聘し、講演をしていただきました。その1ヶ月前、2019年8月に、石川さんは、世界で二番目に高い山、K2(8,611 m)登頂にチャレンジしていました。そのときは、8,000 mまで登ったものの、そこから上の雪の状態が悪く残念ながら引き返してきました。

そして、2022年7月22日、石川さんはついにK2登頂を果たしました!
おめでとうございます!
この嬉しい知らせを聞いて、2019年にしていただいた講演を思い出しています。

GPSもコンパスも使わずに移動する


講演のタイトルは、『地球を旅する』石川さんは世界中、海から山まであらゆるところを旅して、現地の人たちと交流し、写真を撮っています。その旅で得た人生観について話をしていただきました。

一番最初に海外を旅したのは高校生の時、17歳でした。夏休みに、学校には秘密にして一人でインドとネパールに行き、1ヶ月を過ごしたそうです。最初にインドとネパールに行ってしまうところが、只者ではない。

世界というのは本当に多様で自分が常識だと思っていることがいろいろな考え方のうちの一つでしかないというようなことを体で学んだ。それ以来、もっと自分の知らない世界を見てみたい、自分の体で世界を感じてみたいと考えるようになった。

石川直樹「地球を旅する」技術と経営 2020年1月

20歳から22歳にかけて、ミクロネシアの島々を巡り、星の航海術を学びます。古代の航海技術がいまも受け継がれています。地図もコンパスも、もちろんGPSもない時代、人はどうやって海を渡ったのでしょうか?
石川さんは、古老の一人に弟子入りして、星の航海術を学びました。しかし非常に難しく、必死になって勉強したと語っています。

星を見ながら海を渡る航海術である。もちろん星だけではなく太陽や鳥の動
き、海の色とかにおいとか、あらゆる自然現象を頼りに海を渡る航海術である。

石川直樹「地球を旅する」技術と経営 2020年1月

山形県でマタギのウサギ狩りに同行したときには、以下のように語っています。

普段からカーナビやGPSを使い、地図上の座標として目的地を把握する人間と、地形や動植物を頼りに自分のいる場所を立体的に察知する人間とでは、世界の見え方が劇的に異なる。緯度経度によって場所を特定するGPSの登場が、人類の空間認識の方法をまったく別のものに変えてしまったと言っていい。自然と近しい暮らしをおくる人々は、自分のいる位置を二次元の地図上で理解するようなマネはしない。地図はあくまで目安であって、視覚や聴覚を最大限に使って立体的に世界をとらえるのである。

石川直樹『地上に星座をつくる』新潮社

マタギだけでなく、北極圏の小さな村で狩猟を習ったり、犬ぞりに乗ったりしてきました山に登るときも、登頂は目標の一つですが、それに止まらず、シェルパの人たちや途中の村人たちの生活を学んでいるのです。

生きるための技術を突き詰めることこそ芸術


石川さんは、東京藝術大学の博士後期課程を修了していますが、大学院に入るときに、これまでの旅について話をしたそうです。そのときの先生のコメントがとても素晴らしい。

そのような生きるための技術というのは芸術そのものである。英語のアートという言葉はギリシャ語のアルスが語源で、アルスのもともとの意味は技術である。その生きるための技術というものを突き詰めていくと、それはもう芸術だ。石川が関心を持ってやっていることは芸術の根源とつながることだ。

石川直樹「地球を旅する」技術と経営 2020年1月

私たちは、テレビやインターネットによく出てくる物事が世界の全てと認識しがちです。しかし、インターネットに出てこない人々の暮らしが、地球上にはまだまだある、そのことに気づいていない、というか気づく機会が失われているのです。石川さんの話を聴くと、これらの人々の暮らしがいかに豊穣であるかがわかります。

自分の目で見て、耳で聞いて、体で感じながら世界のことを理解したい


ところが、石川さんの話を聴いても、正直、自分でそこに行ってみようという気にはならないのです。この違いはいったいなんなんでしょうか?
石川さんの言葉から探ってみましょう。

インターネットで調べて、こういうことかってわかったつもりになっちゃうと、途端にその物事に対して興味を失ってしまいます。だけど、その「わかった」は錯覚というか、きっとわかってない。ぼくは、自分の目で見て、耳で聞いて、体で感じながら世界のことを理解したいっていう気持ちが強いんです。例えば、K2という山は、なかなか登るのが難しいとされています。もちろん山の名前は知られていますが、じゃあ6000メートル地点と7000メートル地点、8000メートル地点に何があってどんな風景が見えるのか。本当はどれだけ難しいのか。それは、文献を調べてもネットで検索しても、よくわからないじゃないですか。その場所に行って、自分がどういう状態になるのか、何を見て何を見ないのか、そういうことも含めて、その場所を知るためには、行くしかないって思うんです。

ぼくの作品はすべてが例外なく繋がっています。北極圏を撮っているうちに古い壁画に出会い、壁画を撮り始めたらそれぞれの場所にある建物に興味が湧いて、それを撮り続けていたら、国境を越えたネットワークの存在に気付いて調べ始めて、というように連鎖していきました。ひとつの旅が、思いもよらない別の旅を呼び寄せて、世界が広がっていくような、そんな感じです。

8000メートルの山なんかに登っていると「俺、いま何やってるんだろう」ってときどき思うこともあるんです。人間が勝手に名付けた地球の出っ張りに、苦しい思いをしながら命懸けで登ったりすることに、なんの意味があるのかな、とか。いったい人間ってなんなんだ、とかって考えるわけです。そうするうちに、人間の内面にも興味を持ったりして、未知は外にあるのではなく、内にもあるんじゃないかって思って。それを具体的に考えるために仮面の祭祀儀礼を撮りにいったりする。そうやって、繋がっていくというか。

石川直樹 〈未知なる驚き〉の追求と〈世界の相対化〉という矛盾が同居する写真表現

知らないものは自分の目で確かめようとする「探究心」、一歩踏み出す勇気、これがあれば、後は見知らぬ世界にどんどん引き寄せられるという感じですね。でも最初の一歩を踏み出すことは難しい。

新たな一歩を踏み出せない日本企業


話は変わりますが、2022年7月28日の日本経済新聞に、コメンテーターの梶原誠さんが、「企業は安倍氏に応えたか」という記事を書いています。

アベノミクスで、大規模金融緩和というチャンスが与えられたのに、企業はアクセルを踏まなかったと指摘しています。

「稼ぐ力」を日本企業全体で見ると、自己資本利益率(ROE)や営業利益率は確かに改善した。だが他の地域の企業も改善しており、米欧アジアに比べた日本の見劣りは変わらない。

原因は「アニマルスピリッツ」の弱さにある。日本の上場企業による設備投資や研究開発投資が世界に占める割合は、どちらも12年以降低下してきた。

「日本企業には動かないリスクがある」。米投資会社コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)を率いるヘンリー・クラビス氏は13年9月、ニューヨークで「バイ・マイ・アベノミクス」と語った安倍氏に直言したという。

経営者が失敗を恐れて構造改革を先送りしていると懸念していた。同じ月の訪日時には、インタビューで提案した。「日本で世論調査をして欲しい。まず『夢がありますか?』。次に『夢を実行しますか?』」。行動しないと意味が無いといういらだちだった。

梶原誠「企業は安倍氏に応えたか」日本経済新聞

石川さんの話と妙に呼応していますが、そう簡単に解決しそうもない課題です。

探求者とともに見知らぬ世界に挑む



石川直樹さんのような探求者・チャレンジャー、楠瀬さんはトリックスターと呼んでいますが、このような人が身近にいていつも刺激を与えてくれることで、探究心や勇気を獲得していくこと(アーティスティック・インターベンション)が一つの手だろうなと思っています。


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