記事一覧
短編小説『「こちらは犬猫回収車です」』
1梅雨の後の蒸し暑い午後のことだった。
使い込まれた一台の軽トラックが、大通りから路地を曲がって、住宅街にゆっくり入って来た。
「毎度お騒がせいたしております、こちらは犬猫回収車です。ご不要になりました犬、猫、その他どんな動物でも無料で回収いたしております。ご利用の方は、お声を掛けて頂ければ回収車がお伺いいたします」
男の声で録音された文句が、繰り返し軽トラックのスピーカーから流れている。
短編小説『実録ウサギとカメの競争』
1森の喫茶店で、二人の若いウサギが暇そうにコーヒーを飲みながら話をしている。髪に剃り込みを入れて革ジャンを着ているところを見ると、この辺りの不良らしい。
「カメオの奴すごいじゃねえか!のろまで、冴えない奴なのにあのウサジロウに勝つとは大したもんだ」
「そうだな、ウサジロウの野郎は格好つけやがって、途中で寝てたって話だぜ、余裕こきやがってあの野郎」
「何だよ、お前ウサジロウに恨みでもあんのか?
短編小説『誓(ちかい)の血』
1敗戦を告げる玉音放送があった昭和二十年八月十五日の夜、陸軍少尉藤田省吾は切腹した。
床の間を背にして座ったまま、前のめりに倒れた省吾の下腹から血が流れ落ちて畳に広がっていく。水平一文字に切られた腹から生暖かい血が溢れ出ている。
省吾は荒い息をしながら、横に正座して見守る妻の百合子を見上げた。
「百合子、先に行って待ってる・・・幸せだったぞ・・・」
省吾は最後の力を振り絞ると、刺さったまま
短編小説『地獄ラジオ』
捨てられていたラジオ現在無職の私の楽しみは、深夜に近所を徘徊すること。唯一の楽しみになっている。
いい年をした男が、一日中アパートの部屋にくすぶっているのは世間体が悪い。だから昼間は物音を立てないようにしているが、息がつまる。
ある春の初めの夜、私はぶらりとアパートを出た。いつものように、猫一匹見かけない住宅街を散策する。たまたま通りかかったゴミ置き場で、私は捨てられていたラジオに足が止まった