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読書のお部屋

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ふしぎなたけのこ

ふしぎなたけのこ

その日、ウサギは駅へと続くいつもの道を軽やかに歩いていた。道の両側には若葉がきらめく木々が立ち並び、風が穏やかに吹いていた。彼女はその風に長い髪を揺らしながら、こんもりと繁る竹林に差し掛かった。

ウサギはふと足を止めて、竹林を見つめた。彼女の目の前のたけのこは、数日前に見た時よりもずっと大きくなっていた。「こんなに早く大きくなるものだったかしら?」と彼女は心の中で問いかけた。その小さな疑問は、静

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協力か それとも犠牲か

協力か それとも犠牲か

その日、ウサギとカメはロードバイクに乗って名栗湖周辺を疾走していた。カメは前を走りながら、時折振り返ってウサギの様子を確認した。彼女は遅れることなく、しっかりとカメの後ろをついてきていた。風の抵抗を少なくするために、二人は20センチの間隔を保ちながら、先頭を交代しながら走っていた。

「近藤史恵さんの『サクリファイス』を読んでいたら、久しぶりにロードバイクに乗りたくなったの」と、誘ったのはウサギだ

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しずくのぼうけん

しずくのぼうけん

今朝は雨が降っている。ウサギは部屋の窓辺に座り、じっと雨の音に耳を傾けていた。彼女の目の前で窓ガラスを伝う水滴は、それぞれが小さな旅をしているかのようにゆっくりと動いていく。窓から見えるいつもの景色は、雨の日は少し特別に見える。彼女は、そんな雨の日が好きだった。

ウサギはふと思い出したように、本棚から一冊の本を取り出した。「雨の日に読むなら、この本だね」と彼女は呟いた。その本の表紙には、一輪の赤

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おおきな木

おおきな木

その日、ウサギは足元に視線を落としながらカフェに辿り着いた。ひとつ小さく息を吐くと、何かを吹っ切るようにドアを開けた。店の奥で本に視線を送っているカメの姿を見つけると、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。

カメの前に座ったウサギは、しばらくの間、ページをめくるカメの指を見ていた。やがて「優しい気持ちになれる絵本が読みたいわ」と独り言のように呟いた。彼はゆっくりと視線を上げると、ウサギの瞳を見つめた。

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未知者との交差

未知者との交差

映画館のシアター7のスクリーンで「ゴーストバスターズ/フローズン・サマー」のエンドロールが終わり、ゆっくりと出口に向かっていたウサギがぽつりと言った。「最後に流れた『新しい学校のリーダーズ』のMV、すごく斬新だったと思わない?」

映画館を背にして、夜の空気を感じながら、ウサギは隣を歩くカメに話を続けた。「未知の存在と冷静に向き合うのは、私には難しいと感じたわ。だからかしら、15歳のゴーストバスタ

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サピエンス全史

サピエンス全史

寒さが続き、桜がなかなか咲こうとしないその日、ウサギは図書館の閲覧席で画集のページをめくっていた。彼女のお相手をする本は10分おきにくるくると変わっていた。

一方、その隣でカメは身体を微動だにせず、一冊の本に視線を送り続けていた。 「カメくんったら、さっきから銅像のように固まっているけれど、何を読んでいるの?」とウサギは彼の手元を覗き込んだ。

カメはゆっくりと緊張を解き、読んでいた本の表紙をウ

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パパの電話を待ちながら

パパの電話を待ちながら

少しばかり強い南風が、カフェのテラス席でカメの読む本のページをカサカサと揺らしていた。彼がふと視線をあげると、アールグレイを二つトレイに乗せたウサギが、微笑みながら静かに近づいてきた。

彼の隣に座り、「どうぞ」と、紅茶を差し出したウサギは、小さなリュックから一冊の本を取り出した。「この本、とても面白かったわ。私に新しい世界線を見せてくれたの。前に歩くエビとか、猫を食べるネズミとか……」

カメは

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じいじのさくら山

じいじのさくら山

図書館の児童コーナーで、ウサギはゆっくりとその絵本を閉じた。瞳に押し寄せてきた涙のせいで、彼女の視界はぼんやりと滲んで見えた。「カメくん、ずるいわ。こんなに私を泣かすなんて」彼女は以前カメに拾ってもらったハンカチで、静かに涙を拭った。

「桜の季節にピッタリの絵本を読みたいの」そう言ったのはウサギだった。カメはしばらく考えた後「これがいいと思うよ」と彼女に一冊の絵本を紹介した。それが、松成真理子さ

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モンテロッソのピンクの壁

モンテロッソのピンクの壁

暖かさがやってくると、人はふと旅をしたくなる。旅立つのにちゃんとした理由など要らない。でも何処へ行く? 猫のハスカップにはなんの迷いもなかった。「モンテロッソへいかなくちゃ」

「不思議な旅をする本が読みたいわ」と願ったのはウサギだった。そんな彼女にカメが薦めたのは、江國香織さんの「モンテロッソのピンクの壁」という絵本。その表紙には、まるで「白ワインで蒸した鮭みたいな」ピンクの壁が大きく描かれてい

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暗幕のゲルニカ

暗幕のゲルニカ

ウサギとカメが図書館に入ると、正面のフリースペースに東京大空襲の資料が展示されていた。資料に目を留めたウサギの手には、原田マハさんの「暗幕のゲルニカ」があった。

閲覧席に移動すると、ウサギはその本の表紙を、ゆっくりと指でなぞった。「この本を読むまで、アートと戦争がこんなに深くつながっているとは知らなかったわ」と彼女は言った。

パブロ・ピカソの絵を観るのが好きなウサギだったが、ピカソが生きた時代

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ぼくの小鳥ちゃん

ぼくの小鳥ちゃん

映画「マダム・ウェブ」の上映が始まって、さほど時間は経っていなかった。主人公のキャシーの部屋の窓ガラスに鳩がぶつかるシーンで、彼女は未来を視る能力に目覚めた。「このシーンは…」映画館のシートにひとり座るカメの記憶の底から一冊の本が甦った。江國香織さんの「ぼくの小鳥ちゃん」だ。

「ぼくの小鳥ちゃん」の主人公である「僕」と小鳥ちゃんの出会いは、雪の降る朝の部屋の窓辺だった。そこに小鳥ちゃんが不時着し

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終わりのない物語

終わりのない物語

静かな夜に星が瞬く中、カメはいつものように本を開いた。ページは無数にあり、言葉は宇宙の広がりのように果てしなかった。そこには遥か彼方の銀河系が描かれ、運命に翻弄される主人公たちの物語が、果てしなく繰り広げられていた。

カメにはしばらく前から読み続けている物語がある。世界最長のSF小説と言われる「宇宙英雄ローダン」シリーズだ。1961年に始まったドイツ語の原作は既に3000巻を超えいる。翻訳にはタ

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はじめてに揺れる純心

はじめてに揺れる純心

その日、ウサギは小さなカフェのテラス席で音楽の中にいた。周りの世界から少し離れた心地で、流れるリズムに身を委ねるうちに、視線の先で、歩いてくるカメの姿を捉えた。彼女は待っていたかのように、カメに優しく手を振った。

彼が隣の席に着くと、ウサギは店員にアールグレイを二つ注文し、一冊の本をテーブルに置いた。「今聴いているのは、YOASOBIの『ミスター』。島本理生さんの『私だけの所有者』が原作だって知

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パニックは進化の証?

パニックは進化の証?

深いため息をついて図書館に足を踏み入れたウサギは、今日のラジオのお仕事「ウサギのティースプーン」を思い出していた。静かな閲覧室でゆっくりとページをめくっていたカメは、彼女の姿に気づくと、椅子を引いて「お疲れさま」と声をかけた。

「ラジオで話すとき、こんなに緊張するのは私だけかしら。イメージトレーニングもしているのに、スタジオに入るともうパニックなの。私、この仕事向いていないのかな」彼女は、自分に

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