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アナログ派の愉しみ/映画◎宮崎 駿 監督『風の谷のナウシカ』
あしたはたくさん飛ばなきゃ――
少女が政治を変革するとき
宮崎駿監督のアニメ映画『風の谷のナウシカ』(1984年)が目の前に新しい扉を開いたときの衝撃は、いまも鮮やかに記憶している。ごく簡単にストーリーに触れておこう。人類の文明社会を焼き払った最終戦争「火の7日間」から1000年後、世界は環境汚染がもたらした「腐海」の侵食に脅かされながら、なおも覇権をめぐって争いが絶えず、ふたつの列強国にはさま
アナログ派の愉しみ/音楽◎ベルリオーズ作曲『幻想交響曲』
芸術家とは
一体、何者だろうか?
芸術家とは一体、何者だろうか? 詩人、画家、音楽家……といった職種の呼称とは別に、そこにはもっと根本的な創作態度への問いかけが含まれているようだ。おそらく近代日本でこのテーマに最も鋭敏な問題意識を持っていた芥川龍之介は、アフォリズム風のエッセイ『芸術その他』(1919年)をこう書き出している。
「芸術家は何よりも作品の完成を期せねばならぬ。さもなければ、芸
アナログ派の愉しみ/音楽◎ワーグナー作曲『トリスタンとイゾルデ』
その音楽には
魔性が棲みついている
クラシック音楽において、男と女の性愛の闇に最も奥深くまで分け入ったのはリヒャルト・ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』(1865年初演)だろう。この白日夢のような楽劇に、わたしはただならぬ魔性が棲みついているとしか思えない。
そもそも、ワーグナーがこの作品をつくりあげたのは、ドイツ国内での革命運動に失敗してスイスへの亡命を余儀なくされ、新たな地で庇護の手
アナログ派の愉しみ/本◎ソルジェニーツィン著『マトリョーナの家』
野蛮な社会に
ひとりの義人ありて
まったくの私見ながら、第二次大戦後の世界文学で決して目を逸らすわけにいかない三人の作家を挙げるとすれば、アレクサンドル・ソルジェニーツィン(1918年、ソ連・キスロヴォツク生まれ)、三島由紀夫(1925年、日本・東京生まれ)、ガブリエル・ガルシア=マルケス(1928年、コロンビア・アラカタカ生まれ)ではないか。それぞれに20世紀後半の人類社会が抱え込んだ抜き差し
アナログ派の愉しみ/音楽◎ベートーヴェン作曲『交響曲第4&7番』
天才指揮者は
楽聖の情念に呪縛されたのか
カルロス・クライバーがアムステルダム・コンセルトヘボウ管を指揮したベートーヴェンの『交響曲第4&7番』のライヴ映像(1983年10月20日)をこれまで何度観たろう。そのたびにわれを忘れて、めくるめくリズムとハーモニーの奔流に呑み込まれる思いを味わってきた。
クラシック音楽の演奏が録音だけでなく、映像としても記録されるようになって70年以上が経ち、ピ
アナログ派の愉しみ/映画◎スコット・クーパー監督『荒野の誓い』
名作『駅馬車』の
続編にあたるロードムービー
ジョン・フォード監督の『駅馬車』(1939年)は、それまでのドンパチの活劇に本格的な人間ドラマを持ち込んで、西部劇の新たなページを開いた映画とされている。インディアンとのあいだで抗争が繰り広げられていた1880年代、脱獄囚リンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)や娼婦ダラス(クレア・トレヴァー)ら9人を乗せた駅馬車が、アメリカ大陸南西部のアリゾナ州からニュ
アナログ派の愉しみ/映画◎今村昌平 監督『復讐するは我にあり』
かつて野球選手が
血と汗にまみれていたように
連日テレビが流すドジャース・大谷翔平の映像を眺めながら、その容姿がいかにも清潔感にあふれ、まるで映画俳優のように垢抜けているのに感嘆するのはわたしだけではないはずだ。
遠い記憶をたぐり寄せれば、かつて少年のころに熱狂した巨人(読売ジャイアンツ)V9時代の野球選手たちは長嶋や王、ライヴァルの村山や江夏をはじめ、だれもが血と涙と汗と泥にまみれ、陰部
アナログ派の愉しみ/音楽◎マリア・カラス歌唱『アット・コヴェント・ガーデン』
ディーヴァは
ナイフの刃を突きつけた
やはり20世紀最高のディーヴァ(歌姫)はこのひとだった、と天を仰がずにはいられない。マリア・カラスが1962年と64年、英国ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスに出演した映像記録『アット・コヴェント・ガーデン』だ。このときの年齢は38歳と40歳で、すでに全盛期を過ぎていたものの、その眼光は猛禽類のように爛々として表情を千変万化させながらうたいあげる姿には圧倒さ
アナログ派の愉しみ/音楽◎武満 徹 作曲『ノヴェンバー・ステップス』
邦楽器とオーケストラを
対決させる発想はどこから?
風変わりなプログラムと言うべきだろう。1989年9月12日に当時の西ドイツのフランクフルトで、サイトウ・キネン・オーケストラが行ったコンサートだ。
まず秋山和慶の指揮によってシューベルトの『交響曲第5番』(1816年)で幕を開け、ついで小澤征爾が指揮台にあがって武満徹の『ノヴェンバー・ステップス』(1967年)、ブラームスの『交響曲第4番