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欲望は突き詰めると、「生きていたい」になると思うんだ

欲望は突き詰めると、「生きていたい」になると思うんだ

ガレットを食べたい。大学生のときからずっとそう思っている。美味しいクレープも食べたいな。テイクアウトして紙をビリビリ破いて食べるタイプのクレープじゃなくて、ナイフとフォークを使って食べるちょっと上品なやつ。それから、福岡旅行に行ったときに食べたとあるお店の水炊き。あれは、人生のベスト10に入るぐらい美味しかったからもう一度食べたい。

海外旅行は少し苦手だけど、タイには行きたい。頭がとろとろになる

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日記を趣味にする。

日記を趣味にする。

日記というのは、とてもおもしろい容れものだ。

たとえば日記に、日々の「気持ち」を書く。仕事が忙しくてまいったとか、最近あまり本を読んでいないとか、きのうの飲み会はおもしろかったとか、そういう日々の「気持ち」を書く。

書いているあいだは、おもしろい。書いた翌日あたりも、まだおもしろい。ところが、たとえば一年後に読み返してみたときにそれがどこまでおもしろいのか。ここはかなり微妙なものがある。それよ

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書けば書くだけ報われる。私が日の目を見せてあげる

書けば書くだけ報われる。私が日の目を見せてあげる

まだ何も書かれていない、何を書いてもいい、書かれる前の真っ白なnoteを目の前にすると、今でも少し怖気づいてしまう。

「今日は書けるだろうか……」

なんだか、毎日そんなことを思っている気がする。そんなことを思い続けて2年半ほどが経っているのだけれど、それでもまだ「今日こそは書けないかもしれない……」と思うことがある。

でも、なぜか書ける。

すごすぎる自分。天才か?

最近、書く前に前日以前

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ページの裏側を読むように。

ページの裏側を読むように。

ゴールデンウィークと書いてはいけない。

そう教わったのは、週刊誌で仕事をしていたときのことだった。なんの記事で、どういう文脈だったかは忘れたもののぼくは、原稿のなかに「ゴールデンウィークは〜」とか「ゴールデンウィークの〜」と書いていた。すると編集のおじさんから「大型連休」と直しが入った。いやいや、いまどきみんなゴールデンウィークって言ってますよ、と思ったものの、これは映画業界がつくったキャンペー

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私の知らないところで、彼女たちが身につけてきたものを知ること

私の知らないところで、彼女たちが身につけてきたものを知ること

どんなに仲の良い友達にも見せたことがない、見せられない私の姿がある。

それは、恋愛中の私の姿だ。好きな人といる私の姿は、どんなに仲の良い友達でも知らない。知ることはできない。そしてそれは逆も然りで、私も、どんなに仲の良い友達でも、彼女が好きな人と一緒にいるときにどんな様子なのか、どんな声のトーンで話すのか、どんな言葉を使うのか、どんな目を好きな人に向けるのかを、私は一生知ることはない。

恋愛と

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それが、私の日常だから。

それが、私の日常だから。

眠い。
全身だるくて眠いけど、どうにもしょうがない日もある。

夏のような日差しだったけど、日陰はひんやりしていて。
木陰にイスを置いて座っていると、まさにそよそよ、と音が聞こえてきそうな気持ちのよい風、ふわふわとろとろ…眠くなる。

(連休ってほんと嫌。)
いつもそう思っていたけれど…
このGWは、自分が心穏やかに過ごせること、を第一に、あまり考えすぎずに過ごしている。

私たちが外に行っている

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すしのこのポテンシャルを侮っていた

朝から晩まで書店に入り浸り、寝食を忘れて読み耽るほど本が好きで書店勤めを始めたはずなのに、全く本を読めていません。こんなに読めないのは人生初。遂に積読のいちばん上に三体の文庫が3冊乗りました。いつになったら読めるんだろう。このまま眺めて楽しむだけにならないといいのですが。

昔は生きるために必要なエネルギーを本から吸収していたわたしが、本を読むために気力と体力が必要とするようになってしまいました。

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子どもたちへのみくびりを払拭して。

子どもたちへのみくびりを払拭して。

思うところあって最近、むかしのディズニー映画を観ている。

むかしのディズニー映画と言っても『アラジン』とか『美女と野獣』とかのレベルではなく、たとえば戦前(1937年)の『白雪姫』までさかのぼって、観ている。なるほど、むかしのディズニー映画ってのはジブリ映画みたいに「テレビでたまたま観る」がないものなので、みずから積極的に観に行かないと永遠に触れないまま終わりかねないのだ。はじめての『白雪姫』の

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ちゃんとできるようになるよ。ちゃんと人間やれるよ。

ちゃんとできるようになるよ。ちゃんと人間やれるよ。

みんな、すごいよほんと。映えを気にしたり、楽しそうなストーリーをあげたり、SNSを更新してる後ろで、みんなちゃんと暮らしてるんだもん。平日は早起きして、満員電車に揺られて会社に向かって、社員証をピッとかってして。美味しいランチなのかお弁当なのかを食べて、また満員電車に揺られて家に帰る。ほんとうにすごい。

不特定多数の人の目の前に出す自分の後ろで恋愛して、趣味に没頭して、プロポーズして、傷ついて、

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読まないと、書けない。

読まないと、書けない。

文章は、いつだって書ける。

考えれば書ける。思ったことを書ける。人と会えば書ける。体験を書ける。過去を書ける。今を書ける。未来を書ける。別に読まなくても書ける。

でも、やっぱり読まないと書けないと思うんだ。

文章をたくさんたくさん読んで、初めて書ける文章があるからだ。

”読む”ということは、書ける領域を広げてくれる。

たとえば”転職”についての文章や記事を読む。そこには転職のノウハウや、

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丁寧な暮らしが出来ないのは、性格のせいではなかった

丁寧な暮らしが出来ないのは、性格のせいではなかった

何年か前に友人たちと鎌倉の森に遊びに行った際、コーヒーを豆から淹れてもらって飲んだことがある。

コーヒー豆を粉にする機械のミルも最近は小さくて軽いものが売っていて、友人は持ってきてくれたのだった。
キャンプ用のコンロでお湯を沸かし、1人分ずつ丁寧に淹れてもらった。元々コーヒーは好きだったが、森の中で飲む淹れたては格別の味だった。

友人は「淹れる直前に挽いた豆が一番美味しいよ。そりゃあ5分くらい

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「がんばる」の前に意識すること。

「がんばる」の前に意識すること。

昨夜、サッカーの試合を観ながら考えた。

観たのはイングランドプレミアリーグ、フラム vs. リヴァプールだ。そして今季のリヴァプールを観るということは当然、遠藤航選手を中心に観ることになる。もうずっと、ほとんど毎試合観ているけれどほんとうに遠藤選手はよくやっている。

彼にかぎらず、だけれども、活躍している選手を観るときのぼくらは「がんばってるなあ」ということばを漏らす。最近のヨーロッパでいえば

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あこがれの「おばちゃん」。

あこがれの「おばちゃん」。

幼馴染のお母さんが好きだった。
「おばちゃん」と呼んでいた。

保育士をしていて、やんわりとウェーブした髪を結び、キツネみたいに細い目はいつもニッコリ弧を描いていた。
小さなかわいい口で「◯◯ちゃん」とわたしを呼んでくれた。

「おばちゃん」は、わたしの憧れの母親像だ。
子どもの頃から好きだったが、親になった今はもっと素敵に感じる。
おばちゃんみたいな、お母さんになりたい。
わたしの目指す母親像は

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作家になる日。

作家になる日。

本の締め切りがじりじりと迫ってきているのに、いまいち調子が上がらなくて、もしやこれはスランプでは?今話題のイップス?と、一丁前のプロのようなことを思ってみるが、そもそも調子がいいときがなくシンプルに実力不足であって、ただ焦っている。

夫が「宿とかにこもってみたらいいんじゃない?俺もついて行くしさ!」と雰囲気から入る提案をしてくれて、あんた旅行に行きたいだけやんか、とツッコミながら温泉宿に来てみた

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